第40話 物語の乗っ取り

 ミカミと合流できたから安否確認はこれで三分の二。アキラコの願いはもう少しで叶いそうだが、叶った後までは保証できないのが難ではある。ニシナは私達の動向を確認すると一度ゴジョウ坊の館へ戻ると言う。「手貸してくれるの?」使ってやろうかと思ったが「主が宮都を離れております故」まだわからないとの事。ちぇ、イイ身体してるのにぃ。ここからはミカミと二手に分かれてことに当たる。

「無王、腕の立つ者を五人ほどミカミに付けてあげて」

「腕が立つ必要って何!」

目を剥くミカミはスルーして無王の手下から五名を選ぶ。兄様とその護衛もミカミの側。残りは衛士を含めて私の側だ。

「キヨカは兄様について行きたいのだろうけど…」

「いや、キヨカはイツキの側に。頼んだぞ」

兄様の言葉にキヨカが畏まる。ならばウサはミカミの側だ。お互いの状況を説明しきれていないところもあるだろうし、顔の分かる伝令が必要になるかもしれない。兄様が言う。

「そちらも気になるがこちらは私にしかできぬ。イツキ、危うい事には手を出してくれるなよ」

いつもの強い調子ではなく、静かにだがしっかりと念をおす。ああ、これは真面目な奴だ。ならば私もきちんとね。

「大丈夫。私は指図するだけだもの。兄様、タイミングによってはそのまま神世に帰ることになるかもしれないから言っておく。ありがとう。兄様もどうぞご無事で」

突然異世界に放り出されれば、水を飲むことすら難しいのはミカミを見ていれば分かる。私が何とかなったのは、アキラコを支えようとするここの人達のおかげ。だからこそアキラコも異世界からの助けを呼ぶほどに祈ったのだ。

「アキラコに怪我とかさせないのは、キヨカと無王が約束するわ」

「「!」」

生きて帰すぐらいは問題ないが、私はそんな約束できないので誠実に言っておく。

「お主のそう言う所がっ…」

兄様はいつものように喚きかけて、飲み込み、苦笑い。あれ?

「禍なく神世に戻って嫁に行け」

と言った。

「余計なお世話じゃ!」

即座に言い返せば、破顔。いい顔しやがって!覚えててろ!結婚式の招待状出してやる!あ、できないわ。

「こちらも礼を申しておこう。さようならば」

「じゃ、またがあれば」

袂を分かつ。また会う事があればいい。


 今「型式」として展開している『トロイアの木馬』の物語を止める、無効にする方法を考えていた。ヒントは厄除け聖のアレだ。本人が居ればもっとはっきりしたのだがろうが仕方がない。無量坊は疫病が流行してから扉に厄除けの印を描いて回った筈だ。私の「末子成功譚」(どの物語かは多すぎて特定できなかった)にしても、壱皇子の怪我が先で私がこちらに召喚されたのが後だ。無量坊が行動を起こさなければ、私が異世界転移しなければ、「型式」でも何でもなく単なる事故、単なる流行病だったろう。神人が動いていないのだから「型式」が働かなかった筈なのだ。つまり、神人の存在に加えて、「型式」を「型式」たらしめる重要な要素、キーワードが出てきた時点で、その方向性が決まるのだと思う。

(と、いう事はですよ)

『トロイアの木馬』ではない物語の要素を既成事実として確立させ、そのシナリオ展開を再現させて結末まで持っていってやればどうなる?物語は帰結し、召喚者の願いが成就すれば、神人は去ってそれは終わる、筈。その間に『トロイアの木馬』のキモ、神託の戦に勝利する条件を崩せば?さらには『トロイアの木馬』の物語の要素を異なる物語の要素として取り込んでしまえば

(両立しえないのではないか?)

要はどちらが先かという話。

スピードが勝負を決める。とある「型式」を打ち消すまさに上書き。そして、物語はもう一つある事が予測できているのだ。

ミカミの側で起こっている物語、「型式」。

それはミカミがこちらに転移してきて以来ずっと続いている。大国主神の物語だ。


 私達は火消しに当たる。目前の状況に対処してミカミが事を成す時間を稼ぐ。都大路から西街に入り、平民街を火元へ急ぐ。六条は西市の辺り。夜の筈の空はぼうやりと紅い。路上には多くの平民が出て火の方角を眺めている。起こされて泣いている子を背負った母がある。老いた父の手を引く壮年の姿も。避難の呼びかけなどはない。まだ多くの者が街に残っている。このような騒ぎ直ぐに終わると寝ている者すらあるかもしれない。急ごう。

「ね、二人乗りとかで良くない?」

私は無王の馬に乗せられ、その手綱を無王が曳く。

「…そのような事出来ようかい」

無王は身分が違うわと吐き捨てる。ちぇ、せっかくの機会だったのに。何だよ身分制度。

「じゃあキヨカなら良かったの?」

「ご命令とあらば」

ええ?じゃ、そっちにすれば良かった。が、馬で駆けては荷車が遅れると言われた。またこれだけ人が路上に出ていては撥ねる心配もあるから仕方がない。

 市の大路から南下。小さかったざわめきが焦燥を帯びた喧騒になり替わる。火元に近づくにつれ物が燃える臭いと煙が漂ってきた。あちらこちらで声をあげ小屋の中から住民を追い出しているようだ。家から出されたものの、持ち出せるものを求めて再び家に戻る姿もある。財を負って表に出たはいいがそこを離れられない者が立ち尽くし、一切に見切りをつけた者たちが嘆きと共に東へと流れてゆく。男等が毛を逆立てて消火のために駆けていく。逆にどこから湧いたか野次馬も出ていた。遠巻きに舞い上がる炎を眺め、木の爆ぜる音、燃え崩れた柱が倒れるのにどよめく。火花が空に舞い上がっては消える。人々が向く先を馬の背から睨む。

(結構燃えてる)

「道を開けろ!」

都大門にも近い西市の辺りから出火したという火の手は既に一区画を焼いて都大路側と貴族街側に燃え広がりつつある。

 火事場はすでに戦場となっていた。火消しに駆り出された者たちが必死に土を掻いては炎に掛ける。道具すらないのか手で土を掻く者がある。燃え上がりそうになっている壁を板切れで叩き消そうとしているが、手にした板切れにまで火が移り、投げ捨てては足で踏みつけている姿がある。水は、ほぼない。釣瓶を落として井戸からくみ上げ、桶に移し、火元へ運んでかける。その間に火はいよいよ盛るのだ。平民街は井戸と中庭を中心にした一つの区画をロの字型に小屋が囲う形が多い。水を汲む間に炎に囲まれてしまう。燃え盛ってしまえば逃げるよりない。そして水がないから消火には土を使うのだ。官も民もそれなりにいるが

(これではとても…)

咳こんだ。「あまり近付いては」無王が轡を引く。馬が怯えているのだ。炎が見えるどころかその熱が感じられる程になってきていた。この辺りでとキヨカに頷いて見せる。手下を散らせて

「将は何処!下知する者やあらん!」

指揮官を探せば、すぐに声が挙がった。

「ここじゃ!」

炎に照らされたその顔色は悪い。キヨカが喧噪にも火の勢いにも負けぬよう叫ぶ。

「宮城より加勢に参った」

「かたじけない…ああ、鋤鍬まで…」

荷車から土を掘り返し運ぶ道具を配れば両の手をすり合わせて感謝を述べる。有難がって貰っている所悪いんだけど、

「私の手勢には私が下知します。よろしいですね?」

一応許可はとる。指揮官は「あんた誰?」状態。あ、感謝はキヨカにしてたのね。じゃ、いいか。

「王太子のご息女、アキラコ様でございます」

キヨカが告げる。そう言われても王太子の娘?何故火事場に?下知とは?理解できていない様子。こいつは放っておいて皆に道具をとるように言った。

 キヨカだけを側に残すと、衛士も河原者も夫々に合ったものを手にしてゆく。斧に鉈、槍鉋、掛矢に鋸。土を掘り返すというよりは大工道具であるから荷車に残されていたそれだ。保の丸ごとが炎に包まれ手の施しようがない一画、あれは捨てると決めた。その隣の区画二軒程が燃え始めているそこを指す。

「あの一画から行きます。カンムロ、よく見ておきなさい。これが先の世のやり方です」

カンムロ、あんたこの場面で喜色満面ってマズいよ、それ。道具を手に取った男達がわらわら、燃え移りそうになっている小屋を囲むように散ってゆく。準備完了。やや傾いて煙る双の月を睨む。月よ、見ていろ。深く息を吸う。

「取りつけっ!野郎ども!」

大喝。

「おおっ!」

雄叫びを上げて男達が斧に鉈、鍬を木造小屋に叩きつけた。無王などは杭打ちに使う大きな掛矢(特大の木槌)を振り回し、一撃で壁を粉砕。屋根が傾ぐ。

「ま、待て!そこはまだ燃えておらんではないか!」

指揮官が悲鳴をあげる。

「いいのです。燃える前に壊します」

微笑み返す。ちょっとだけ時代を先取り。

「これが破壊消防です」

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