第39話 展開『トロイアの木馬』(ミカミ)

 学校帰りの自転車二人乗りカプールにすれ違う度に、無表情のまま「爆発しろ!」「お巡りさん、こっちこっち!」と思っていた。べ、別に羨ましくなんかねぇし、自分に言い聞かせていたが、あれはウソでした。本当は彼女と自転車二人乗り(道交法違反)一度やってみたかった。僕が自転車を漕ぐ。後ろは立ってても座っていてもいい(どちらも道交法違反)。スピード出したりちょっと揺れたりできゃあきゃあ。肩に添えられた手に不意に力がこもる。敢えて触れないようにしているのに、思わず身体がぶつかるのに舞い上がってしまいそうだ。何よりも僕のペダルの一踏みが彼女を笑わせるのはきっと最高に楽しいに違いない。そんな二人乗り。

「ぅきゃぁああああああああ!」

 無理無理無理無理無理、これぇ!馬です。イツキの要請で新都に向かう無王が僕にも来るよう言ったのだ。イツキに何やら思惑があり、そう指示されたらしい。馬になんか乗れない。手綱を曳いてやるからと言われても一人で座っている事すらできなかった。キヨカぁ!イタイもの見る目で見てんじゃねぇ!お前だってバイク乗ったり新幹線乗ったり(?)したら腰抜かすに決まってんだから。で、二人乗りデビューですよ。あれって乗せてもらう側がタンデムってのは無しなのね。ナイスガイに後ろ抱き(泣)にされて乗ったはいいが怖すぎるっ!

「きゃああああああああああ!」

「…煩いのぅ」

 掴まるところって自分が跨っている鞍しかないのよ?自分が座る椅子にしがみつくのがどれほど難しいか一度やってみられたし。コアラが木に子猿が親猿の背に取りつくような形で御馬様にへばりついているのだ。動いてるブッ太い頸になんか掴まっていられる訳ないでしょう?筋肉の躍動と高めの体温、走るほどにしっとりと汗ばんでくる肌に密着してるのよ!馬ぁ!首振るし、足ガツガツ跳ね上げるし、汗で手が滑るし!落ちるって、落ちたら死ぬし!絶叫マシンはライド時間が定まっているが、新都までどれくらいかかるのよ、これぇ!常々腹減ったし帰りたいとは思っていたが、新都の大橋に辿り着いた頃にはこの世界を八割がた離脱していた。危うく違う所に旅立つところだったよ。

 貴族街と平民街を隔てる堀河には橋が幾つもかかっているが、中でも都大路から宮城へと連なる大橋は大路の幅をそのままとった宮都最大の美しい物だ。有事にはすぐに落とせるほかの橋と違って、大橋は木製だが堅牢なもので欄干は銅張り、柱には擬宝珠ではなく飾り瓦が乗っている。都大門や城門同様、夜間は通行の規制がされ橋番が立つ。当然これに止められた。

「何処へ参る者か」

 誰何。橋のその先、宮城の大門は閉ざされ、夜の中に沈んでいた。無王は僕を残して(!)馬からひらりと降り、懐から書状を取り出す。

「宮城へ。王族の求めに応じてまかり越し候」

同じく下馬したキヨカが進み出て、「こちらは…」と僕を一瞥。

「宮は参皇子様の内に連なる者、火急の件につき通せ」

と言った。今、僕のこと神人って言いかけて辞めたよね?それは兎も角、橋番との間で通せの通さないのやっていると、待ち合わせ場所の城門の方で動きがあった。

「あ!」

篝火の一つが小さく分かれ、その灯が大きく円を二度描いて戻される。合図?城門の影の中から幾つも人影が月明りの下に出て来ていた。

 イツキが、来る。


 荷車に乗っていたイツキは大橋のたもとに辿り着くとそれを降り、白拍子姿のウサに手を取られ、先頭に立って大橋をこちらへ渡ってきた。荷車に十人を超える衛士、兄参皇子までを供連れに橋を渡る。その上に煌と月が降る様は宮都の災禍を、今もわらわらと西から東へと逃げ行く人々を背にしながらでも息をのむような光景だった。城門の門衛からの合図に、松明を振って応えたばかりの橋番も同様で、僕らを見張るのも忘れて橋を渡る神人に目を奪われる。その肌に痘痕があってさえなお愁いを含んだ瞳や紅も鮮やかな唇は月の化身を思わせる程。我に返った無王がばっと音を立ててその場に跪くと、手下の者らが次々と従う。うぉおお!お姫様じゃん、イツキさん!橋を渡り切ったイツキは無王の前で立ち止まり、

(!)

 こちらまで胸を刺されるような嫣然とした笑みを浮かべた。絶対にアキラコちゃんではこんな顔できない。ヤベぇ。その正体(独女二五乙女脳)を知っている僕ですら一瞬危なかった。これは無王さん落ちるわ。

「良く間に合ってくれました」

一声。それに無王が顔を上げ、

「着到!名はモリタカ、恐れ多くも河原主と呼ばるる者に候。皇女の求めに応じて手下二〇牽き揃え只今馳せ参じ奉る。遅参の義、平にご容赦」

宣う。手下?今、手下って言った?無王含めて僕等二十二人なんだけど、キヨカは手下に入ってないよね。じゃ、僕は?そっちにコミコミ?

「このモリタカ、国無し名無し益体無し身に候えど、ご恩情に報いん働きを披露致す」

これにイツキ兄、参皇子が応える。

「歌無く状無くなれどその志承った」

 これはあとで教えてもらったのだが、参戦するときには参加者名簿みたいな着到状というものを提出して論功行賞に使うのだそう。無王はこれを音声し、参皇子は書類はないけど了承したよと公言したのね。因みに無王が言っていたご恩情は何やらイツキがそれを先払いしたらしい。ちょっと雰囲気違うけど「前払いしてもらったからその分働くわ」的な話かな?

「心強く思います」

イツキが柔らかく頷くと、おっさん等「大御神の使いぞ」「天女かや」どよめいちゃってるよ。目ぇ覚ませー。


 時は限られている。

「…イツキさんなの?」

僕は馬から降ろしてもらったものの、まだ体が上下に揺れる感覚が抜けなくてぐらんぐらんしながらの再会第一声。は、吐かねぇから…ぐふっ。

「…ただいま。ちょっと見ない間に何ぼろぼろになってんのよ?」

ドン引き。いや、イツキも馬乗ってみなって。そこからお互いの持つ情報をすり合わせる。

 シオニと最北領チタ家は隣国の諜者で、その発覚と同時に宮都の複数個所から出火。チタ家の館は焼亡。新都の二ヶ所は今も類焼中。しかもその宮都の混乱は戦の機会を狙っていた隣国にすでに伝達されてしまったらしい。「あの襤褸坊主が神人とは」やはりまとめて斬っておくべきだったと参皇子は苦い顔をしている。イツキはシオニに関してもっと抵抗するかと思いきや「ダメ男はいらない」あっさり切り捨てた。姐さんの推しってその程度なのね…それは兎も角、状況はかなりマズい。イツキが言った。

「おそらく「型式」が動いている」

「『トロイアの木馬』だよね?」

 これは質問ではない。確認だ。怪訝顔の皆に先程無量坊に聞いたばかりの物語を手短に語る。

 ギリシアが戦に勝つための条件が神託によって告げられる。神託の条件とはとある英雄の参戦と都城の門の破壊、宝物の亡失。ギリシア勢はトロイアの城門よりも大きな木馬を残して撤収したと見せかけ、トロイアの民自らが門を壊して木馬を市内へ持ち込んだ。木馬の中には複数のギリシア兵が潜んでおり、内側から都城を混乱に陥れる。これに乗じてギリシアは戦に勝利する。この物語のキモは神託とその成就による戦の勝利だ。

「それは…」

 固有名詞さえ排せばどこかで耳にしたような内容。この宮都においても都大門はすでに一部壊されて改築中であるし、宝物の亡失は「建国廟の盗難騒ぎには覚えがあるわ」都の噂にもあった。英雄ってのは分からないが(シオニ?)すでにどこかに配置されていそう。そして木馬はこちらでは等身大の木像。ただし宮都の内に隣国の者が使節として入ってきている。ざらりと肌を撫でられたような気味の悪さに顔を見合わせる。

「「型式」、ある型に嵌って物事が動く事。神人の存在が関わっているらしいわ」

 もしも書き残されたこの出来事を後の世で見たら、それに気付く神人もあるだろう。或いは僕らが知らないだけで、すでに似通った歴史がこちらにはあるのかもしれない。

「「型」は幾つも種類があってこれはその一つ。誰もが意図せずその配役を務め、繰り返し起こるらしい」

何時それが始まったのか分からない。イツキがカブラギに助言した時か、僕らがシオニを取り逃がした時か、はたまた宮都に木馬の使者が辿り着いた時か。どの神人の影響でそれが起こったのかもわからない。いずれにせよそれはすでに動き始めている。

「…大御神の機なのか?」

思うようにならない事、儘ならない事の謂い。

「ならば、この後は…」

宮都はすでに火災によって混乱の内にある。物語は終盤に差し掛かっているのだ。僕等は神人だから「型式」の物語のその続きを知っている。『トロイアの木馬』でならばギリシアの勝利。こちら側の立場で言えば、宮都の混乱と陥落、そして敗戦。

「誰がそのような事を信じ…」

信じてもらえなかった、いや、公に出来なかったからこそ、衛士を二〇ばかりしか割いて貰えなかった事を思い出したのか、参皇子は口籠る。

「これが大御神の機、「型式」だと言うのなら我らに何が…」

顔色の悪さを集められた手勢に見せぬようキヨカが横を向く。打合せしようにも言葉を無くした僕らの耳に大路の喧騒が蘇った。それがさらに焦燥を呼ぶ。何をどうすれば良い?そもそも何かできるのか?不安の上に月が降る。

 それを打ち破ったのはイツキの声だった。

「あのね。大御神の機だろうが、「型式」だろうが運命なんてのは「出会い」だけでいいの」

解ってないわね、とでも言いいそうな明快な一言。

「あんた達、黙って焼け出されたり戦に巻き込まれていいの?私は断罪もざまぁも真っ平御免だわ」

「…じゃ、どうすりゃいいのよ」

その場の男全員を代表して僕が聞く。

「『トロイアの木馬』そんな話はいらない。物語を乗っ取る。上書きする」

「「「は?」」」

きょっとーん?

「物語は「型式」はこっちで選ぶ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る