第36話 三度神人見参(イツキ)

  燃えるような恋という奴をしてみたい。その熱に我を忘れる程、胸を焦がす切なさに悶える程に誰かを恋い慕ってみたい。その姿が目に入っただけで沸き立つような想いを、側に居るだけで溶けるように甘い気持ちを味わってみたい。会えない時間に焦れ、嫉妬に身を焦がす、そんな恋が冬の熾火のような愛になるまで大事にしてみたい。乙女と呼ばれる年頃にそう思えなかったからこそ、今思う。そう、燃えるような恋を。燃えるような…ん?彼方から有事を知らせる鐘が響く。有事…え?宮都燃えてね?

「おいおいおいおい!本当に燃えてるじゃん!」

 ような、であって本当に燃えたらダメだから!しかも恋愛関係ないし。

「「「イツキ様!」」」

 フジノエ、マツカゼ、ウサが声をあげる。異世界第三次遠征成し遂げました!って、私の手柄じゃないけどね。痘痕の残る手を見ればまたアキラコに召喚されたのが分かる。私が呼ばれたという事は、ですよ。案の定また困った事になっているらしい。私としては願ったり叶ったりだが、アキラコ他力本願過ぎだわよ。ウサは煙の方角を伺っていたのだろう、縁から戻ってきて私の前に座り込む。こらこら、所作に気をつけないとまたフジノエに指導されるよ。ああそうか。フジノエ、マツカゼは私がこちらに召喚されるのを度々見ているが、ウサはそうではない。「イツキ様…」涙ぐんで再会を喜んでくれていた。私がもう戻っては来れないと思っていたのかもしれない。ふむ。可愛いじゃない。それは兎も角、まずは状況確認。

「何があったのか話してちょうだい」

宮都の火事は気になるが、そこは元々予想していたのだ。


 前回から半月ほどしか経っていないらしい。

 まずカブラギが宮都に戻ってきている。カブラギが無事に戻った事で私が元の世界に戻っているのだから、当たり前か。問題は、カブラギが隣国の外交使節を引き連れて戻っている事だ。再びの戦を避けるための外交というが、政治に関しては何とも言えない。

 それからシオニ様に隣国のスパイ疑惑が浮上している。はい?シオニ様だよ?これは青天の霹靂。モブミカミのやっかみじゃないと思ったが、シスコン兄様(こいつも話半分でイイ)とキヨカ、フジノエらも同意見なので考慮はすべきか。その仲間と思しき北領のチタ家にも極秘で調査が入っているようなので、まあ保留だ。

 今日はそのシオニ様と無量坊に勧進するお堂の打ち合わせにミカミが出向いているらしい。スパイ疑惑があるのでキヨカも護衛についている。万が一の場合に備えて兄様は宮城で待機。考えすぎじゃない?とは思うけど、用心は必要か。

 で、火事である。火事の様子見に出した爺によると、火の手は二坊ほど先の屋敷だと言う。現代感覚で言えば一キロメートルぐらい。大き目の道を挟んでいるので類焼はないと思う。貴族様のお屋敷は敷地が広いのだ。燃えている館には悪いが、燃えても一邸だけで収まる。

「アキラコ様は参皇子様、カブラギ様、ミカミ様の身を案じられて」

 これだけ木の建物が密集している場所での火災。大事にはならないとしても警戒は必要だ。が、現状兄様は新都の宮城、カブラギは新都の平民街(迎賓館が宮都の門に近い場所にあるのだ)、ミカミとキヨカが旧都の平民街にいるのだ。アキラコは皆の身を心配したのだろう。え?ミカミも心配なの?アキラコ、イイ子過ぎるわ。

 火事は兎も角、その要請で私が呼ばれたって事はですよ。今回「型式」としてどんな物語が展開されようとも、三人の無事が確認されればお役御免な訳で、タイミングによっては火事の混乱の最中に強制送還されてしまう可能性もある。今度こそ結末まで読ませてもらいたいもの。ここは順番が大事になる。攻略手順は慎重に、ですわ!


 警戒しようにもどうにも状況が判然としない。消火活動中なのだろうが、私が様子見を出したように野次馬も相当出ているそう。ウサが「目には自信がございます」高い所からならばもっとよく見えるというので、先だっての白拍子衣装(あれって元々男装なのよ)に着替えさせて屋根に上げた。枝を伸ばした松の木に取りつくとするすると上り屋根に飛び移る。フジノエは渋い顔をしているが、返す返すもこの娘はお買い得だった。屋根のウサを見上げながら同じく庭に出ていたマツカゼが言う。

「ほんに木馬の使者が来ておる時にこのような」

 どきり。

「今、なんて言った?」

「隣国の使節の事でございますよ」

 先程聞いたばかりのカブラギと共に来た外交使節だ。その使節は献上品の一つとして木で造られた馬の像を運んできたのだという。

「木馬は肉の付きようや鬣まで、生きて今にも動き出さんばかりの出来で、人々の口に上っておるのでございますよ」

それで木馬の使者と。うわぁ、イヤーな予感。

「…そ、それは馬の中に何人もの人が入ることが出来る程大きな木馬なのかしら?宮都の門を壊さなければ潜れない程に」

まさかとマツカゼは笑う。

「大きさは門を潜れぬほどではありません。生きている馬と同じほどだと聞いております。まあ、門は壊さずとも今時は見目が悪うございますけれど」

そうだ。門は改修工事中だ。

(ヤバい。これはヤバい)

 大事にならないと高をくくっていた私は間違っていた。アキラコの不安は大当たりだ。

「ミっ、ミカミのヤツ!」

何故私が急に慌てだしたのか分からずフジノエマツカゼは目を瞬く。

「どうして気付かないのよ!『トロイアの木馬』じゃん、これ!」

 確かギリシア神話だったと思う。木馬の中に潜んだ兵らによってトロイアは陥落する。これに因んで隠れ潜んで巧妙に相手を陥れる罠の事をトロイの木馬と呼ぶ。今や古典ともいえる有名なPCウィルスの名前になってるアレだよ!絶対ミカミも知っているだろうに。

 神人の誰のせいで起こった(タイミング的には私?)か判断できないが、

これは「型式」だと思う。

既に物語は動き出している。しかも今燃えているのもチタ家。シオニ様と一緒にスパイ疑惑がもたれている家だ。関わりがない訳がない。このまま「型式」に乗っ取れば、どうなるか。それを私は知っている。

(ヤバいって!)

 ここから戦になる。


 ん?皆が顔を見合わせた。有事を知らせる鐘の音が重なって聞こえるのだ。二か所で鳴ってる?ウサが声をあげた。

「旧都の平民街と新都でも煙が上がっております!」

 方角からして新都の平民街から三箇所以上煙が上がっている。消火に手間取っているのか、衰える様子はないという。旧都は貴族街の一か所(チタ家)のほかに平民街にも一か所こちらは微かに炎が見えるらしい。貴族街と平民街を隔てる堀切があるから、貴族街から平民街へ或いは平民街から貴族街へ飛び火する心配はないが、双方で火災は発生している。橋が落ちれば逃げ場を失うかもしれない。そしてそれよりも離れた場所で火の手が上がっていることが問題だ。

 これは失火ではない。

 消防が居る現代とは違う。自らが焼け出されるだけでなく、都市火災は万の人々が命を含めて多くを失い路頭に迷う。テロレベル、もはや戦争の話なのだ。

 と、屋根のウサが短く叫ぶ。

「尾根の先端に灯が!」

 見上げたウサは新都ではなく宮都の背にあたる山を指している。宮都の山とそれに連なる峰、さらに続く山脈は片身を残照に照らされ、もう半分を影に沈めている。その陰の中、丘陵の突端だったと思われる辺りに灯が一つ。更にその奥にも一つ。またその奥にも微かに見えるのだという。暗闇に瞬く光のリレー。常々ある事でも偶然でもない。

(どこかに何かを伝えようとしている)

 灯火の通信手段だ。予め符丁を定めてあれば伝えられることも多い。このタイミングでのそれは間違いなく宮都の変事だ。「あの灯の方角、その先は?」「最北領。チタ家のものでございます」青ざめたフジノエが胸を押さえる。最北領の先は隣国。

 再び宮都の側を警戒し始めたウサが声を張り上げた。

「旧都はチタ家の火消しに当たる者の中にゴジョウ坊の従者の姿がありまする」

 ゴジョウ坊の従者?あの山伏姿の大男か。それが下男の装束を纏っているという。ゴジョウ坊が国の耳目の役を担っているのならば、その従者が疑惑の持たれているチタ家に家人として潜入している可能性はある。考えた。いずれにしても宮城と連絡を取らねばならない。

「その者をここへ召せ」

 ウサを走らせる。来てくれるといいけれど。もはや日が暮れる。


 墨染め袴に小袖は襷をかける。髪を高く結い上げてもらう。

「うなじが見えてしまいますが」

 立ち襟で隠れているものの痘痕が隠しきれていない。だが、そうも言ってはいられないのだ。

「火が付くよりいいでしょうから」

 これから火元に近づく。

 向こうの世界でミカミが大国主神の物語を辿っているのに気づいてから、調べてきた。今回はちゃんと下準備をしてきたのだ。

 根の国で須佐之男命の元を訪れた大国主神は蛇や百足、蜂の三晩の試練を乗り越える。次に須佐之男命は大国主神を狩りに誘い、放った矢を取りに行かせてからその野に火を放つのだ(娘可愛さとは言え、パパチェック厳しすぎだ)。だから、これほどの事態になるとは思わなかったが、転移する前から火事は予測していたのだ。そして、この先どうなるのか、私達に何ができるのか、そこが重要。

(ミカミが大国主神の役割をしているのなら)

ミカミは燃え盛る火の中へ矢を取りに行かねばならない。それを助け、「型式」を成就させようとするのならば、私にも身支度は必要だ。

 身支度を整えながら口述。フジノエに筆を執ってもらう。一通は兄様に。隣国の侵攻が迫っている事とカブラギの確保を頼む。これからそちらへ向かうと締めて爺に托す。

 もう一通は無王へ。旧都は平民街に居るミカミとキヨカを回収して、新都の城門まで手勢を引き連れて来て欲しいと依頼。こちらは無王の所から派遣されている侍女に托す。ほかにも万が一火の手が館に及んだ場合に備えて貴重品や食料を纏めさせる。

「ここが危なくなれば、宮城ではなく無王の館を頼りなさい」

 フジノエとマツカゼに言い聞かせる。

「宮都で暮らせぬようになっても、新しい館もじきに出来ます。あちらへ移動するなら道中は兄様に護衛をお願いすること」

マツカゼははらはらと涙を流し、フジノエは目を吊り上げた。

「私はイツキ様、アキラコ様と共に参ります。お一人で行かせるわけには参りません」

二人共ありがとう。が、これから起こるであろう展開「型式」を考えると一般的な女性では難しい。

「ウサを連れてゆきます。あの娘程でなければ難しいでしょう。大丈夫。アキラコはちゃんと帰すと約束します」

「イツキ様…」


 あれこれと指示を出すうちにウサがゴジョウ坊の従者であるニシナを連れて戻った。

「よく来てくれました。国の一大事なのです」

 ニシナからも状況を報告させる。チタ家では火の手が上がる数刻前にシオニが立ち寄ったのを確認したという。その後、正室や娘の女等が慌ただしく車を仕立て館を離れ、男等も馬を牽き新都の方角へ向かったとか。仔細は使用人には知らされなかった。何事かと探るうちに火の手が上がった。まだ陽が落ちきっておらず、皿に灯を灯すには早い。本来燃える物などない所から火の手が上がったというから「妙な臭いがいたしました」可燃性の物質が使われた可能性もある。

(計画的に火をつけたのかも)

 状況は良くない。ニシナに頼んだ。

「私を新都の宮城へ連れて行ってください」

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