宮都炎上篇

第35話 変事(ミカミ)

「イツキは帰ってしまったのだな…」

 イツキが帰ってアキラコちゃんが戻った事で参皇子が訪ねて来ていた。

「お兄さんはアキラコちゃんの身体が戻ってきて安心でしょう」

それはそうなのだがと参皇子は口籠る。宮城もアキラコちゃんの元婚約者が帰還したことで色々あるらしく、神人を失った皇女などは後回しになっているのだという。いや、元婚約者カブラギが無事に帰って来たせいでイツキは帰っちゃったんだけどね。何でもそいつは隣国の使節を引き連れて帰ったのだとか。イツキが上手く立ち回るよう唆した経緯があるというが、かなりヤリ手。

 僕的にはお貴族様の政治的立ち回りだとか権力争いとか、僕らの所為とか言われている珍現象にもキョーミねぇ(無双&ハーレム展開のみ可)んだけど政情不安は困る。僕が元の世界へ戻る条件はコレトウが村の代表として宮都で上手くやっていくこと(だと思う)。「型式」とか言われてもそんな物語あったか?という内容なのだ。そしてそれには政治経済的に社会が安定してなければ難しいだろう。つまり世の中ごたついてると、僕がいつ元の世界へ帰ることが出来るのか分からなくなるのよ。ってかさ、行ったり来たりしてるイツキと違って僕の方はハードル高すぎない?僕だって向こうに戻れれば…天ぷら喰ったり焼肉食ったり唐揚げ食ったりトンカツ食ったり寿司食ったりしてるよ!ぐぞーっ!何で連れて帰ってくれないんだよぅ(泣)。


「イツキは神世でどのような暮らしを?」

 兄妹でひとしきり再会を喜び合った後問われた。

「あー、僕より全然いい立場ですね」

自宅警備員候補生の僕と違って、イツキは安定の職業についていらっしゃるのだ。「求む!出会い」等と喚いていても独男と独女では死に至る不治の病とちょっと風邪気味ぐらいの差があるんじゃ。兄妹は神世で幸せに暮らしているといいですね等と頷きあっているけれど、あんた、イツキがアキラコちゃんの身体で何するか分からないからメッチャ怒ってたじゃないの。その参皇子が床に目を落として呟く。

「万が一帰れなければ一生面倒をみるつもりであったのだ」

一生!大きく出たなと驚く。神人である上に、妹の身体、その前にアレでは嫁に出せない、と。キヨカがくつくつ笑う。

「まあ、珍しい御人でありましたな」

花の意味などお気づきにならずの言に被せるように「うるさいわ」兄皇子が声をあげる。え?僕が知らないやり取りが何かあったの?

「お兄様はイツキ様が大層お気に入りでしたのです」

僕の怪訝顔にアキラコちゃんも笑う。

「ミカミ殿のようにそのお身体のまま此の世にいらしていれば、帰したくない程に」

「え?妹の顔で身体なのに?いや、それはちょっとドン引き…」「違うわっ!」参皇子の泡を食う様子に皆で笑う。イツキがもう召喚ばれる必要ないくらい平穏ならばそれでいいのだが。

「…あのさ、政治的立場について判らないからどうかと思うんだけど」

 伝えておかねばならない事があった。


 約束した通り勧進するお堂について無量坊らと打ち合わせる。現地で土地を見ながら井戸や排水のための溝の位置と併せて場所を決めるのだ。相撲興行の行われた土地の一画がお堂の建設予定地ですでに官許も出ている。壊されずにまだ残る土俵には人々が居て、相撲をとったり、座り込んでいたりする。しばらく前は荒れ地だったが、この分ならお堂を建てた後も人が集まりそうだ。今日は皇女様の代理として僕。従者はキヨカ。キヨカはイツキ兄の参皇子がつけてくれた。造営というほどの規模ではないが大工も連れている。

「南領にございます仏寺のようには参りませんが」

 異国の船も来るという南領には七堂伽藍の立派な寺があるそうだ。異国から寺大工まで連れた僧が渡って来て、大陸風の壮麗な寺を建て人々の帰依を集めているという。

「元より河原住まい。草庵でよろしかったのですよ」

 覚えてますよ。草の庵ね。『方丈記』のやつな。草で葺いたあばら屋の方が脱世俗の意味で出家にはふさわしいのだ。が、寄付を集めてるのだからそこまで格を落としはしない。持仏堂に生活スペースになる居間、竈のある台所、ちゃんと瓦も葺きますよ~と言ったところだ。指示に従い大工が縄を張ってゆく。

「相撲興行の盛況ぶりには驚かされました」

 盛況も盛況。設営、人件費まで全部無王持ちで、配当を支払った後の利益だけではなく、当日の雰囲気にのまれた奴が寄付した分も結構な額になっているのである。温泉リゾート&アキラコちゃん隠遁計画も順調だ。イツキはこれで足りないならば「今度は地域振興くじやってもいいしね」とか言っていた。あの姐さんオニだわ。そこはおくびにも出さず

「貴も賎も後の往生を果たすのが皇女の願いでございます」

とか言っておく。ふっふっふ。ちゃんと台詞覚えてきた甲斐あって中々の身分に見えるでしょう。これに答えるのは前回同様無量坊ではなく弟子のシオニである。

「その御志、後生は約束されたようなものでございましょう」

極楽行き間違いなしって話ね。シオニが微笑む。これがくそイイ面してんのよ。背筋の良さ、物腰、言葉遣い。シオニは間違いなく平民賎民の類ではない。これはコイツに接した全員の意見が一致した点である。しかもこうやって並んで立つとシオニのヤツ、僕より背が高いのな。ぐぬう。だけどな、盛者必衰は理なのよ。驕れる者は久しくないの。何のことかって?端的に言うと、僕は参皇子にシオニの事をチクった。


「私は仏というものが良く解りません。異国の大御神のようなものでございましょうか?」

 相撲興行の折、シオニが車曳か牛追いかと見紛うほど寄っていたのは最北の領を持っている下級貴族の男車だった。車内に居たのは家中の誰であったかは不明だが、言葉を交わす仲であるのは間違いない。その牛車が女車なら僕も単に帰依者(ファン)か恋人だと思ったろう。だが、それは男車だった。しかもシオニはその日暮らしに近い河原の者なのに、貴族に近づいても不審ではないまっとうな衣装を身に付けていたのだ。そしてずっと感じていたコイツの如何わしさの正体。こうして並んで会話しているとそれは明白だ。

 シオニは臭くないのだ。

 僕がこの世界に来てからずっと身近だった強烈な体臭がこの男は薄い。貴族のように香で誤魔化しているのではない。頻繁に体を洗っているのだ。洗わずにはいられないのは本来体臭を気にせずに済む環境で生きてきたからに違いない。そして水浴びをしてまっとうな衣装を貰うその寄る辺があるならば、そもそも河原などに住まずにそこを頼ればいい。何故そうしないのか。そうしない理由は何か。参皇子、キヨカと辿り着いた推論がある。

「仏は神ではございません。元は人でございますよ。仏道は人の為に説かれた法でございます」

シオニと接点があったのは最北領のチタ家。最北領は隣国に接しているのだ。隣国とは二年前に戦があったばかり。

恐らくシオニは隣国の間者諜者の類だ。

 河原に異国の者が流れて来ても不自然ではないが、河原では宮城の内情など分からない。そこを補うのが最北領のチタ家。シオニ等は平民街で説法を行っているから連絡は取りやすい。逆に庇護などすれば関わりが表に出てしまうので、それはしないだろう。

 では、この師弟が共に隣国の手先であるのかどうか。シオニは厄除け聖の御業に感銘を受けて師事したと言っていた。時系列では疫病が広まり、無量坊がそれを鎮め、隣国の侵攻と戦があって、シオニが異国から流れて来て無量坊に師事した事になる。可能性は捨てきれないが二人共が隣国との連絡員ではないだろう。なれば無量坊は隠れ蓑か。事実無量坊は僕が無王の屋敷で行き会った普通の河原者と同じく強烈な臭いがする。


 この時点で事は僕の手には負えなくなった。だって外交問題ですよ?僕らの申告によってゴジョウ坊やその仲間がすでにチタ家を調べ始めているというが、スキルも何もない僕に何が出来るわけでもない。更にはもっと不穏な話まで出てきた。何でも異国の神様が神託を下した(何してくれてんの?)とかで、「隣国では戦の機運が高まっているとの事ですぞ」カブラギと共に来た外交使節はそれを回避する目的で派遣されたのだとか。は?戦?諜報だとか政治だとかそんなの無理なのである。そもそも僕的にはアキラコちゃんやイツキらに胡散臭い奴を近づけたくなかっただけなんですよ。しかも僕にはもう一つ誤算があった。

「遠い異国の教えと聞きます。幾度も言葉を超えて伝わったのでしょうな」

 身分制度だ。隣国の貴族が河原者に身を窶してこの国の動向を伺っているとして、実のところシオニを捕らえるのは容易い。ただの河原の者という体なのだから本当に間者ではなくとも師弟共々切って捨てればいいと言われた時、僕はこの世界の人々との決定的な差を思い知った。現代日本ならばスパイでもせいぜい国外退去だ。審議もない。法律もない。単にシオニが泳がされているのは最北領主のチタ家の関与を立証するのが難しいからなのだ。

(ヤバい)

 これはヤバい。確かにモテ男は敵だ。河原に住まってなお失われないカッコよさに曝されて、モブの立場は消滅の危機にある。だが、僕の言葉でシオニが命を失うとしたらそれは…いかんだろう。いただけない。罪悪感ヒシヒシ。イツキにバレたらと思うと悪寒が走る。じゃあどうすればいい?そもそも僕になんかできる訳?ああ、もうっ!何で僕がモテ男ごときのために無い知恵を絞らにゃならんのよ。だからその話がシオニの方から出た時、僕はしめたと思った。


「…あの御方は神人だったのでしょうか?」

 話の接ぎ穂にか聞いてきたのはシオニの方だった。あの御方とはイツキの事だ。こいつは何故イツキが神人であるのかどうかを気にする?この国が国力をつけるのを恐れているのかも。やっぱりスパイなんですかね?スパイなんでしょうね。

「そのような話はどちらで?」

「市中の噂でございます。珍しきものを宮へ献上されたとか」

これは嘘。イツキがアキラコちゃんの身体を借りた神人である事はそもそも秘匿されていない。が、貴族と平民は分断されているのだ。その件は無王も吹聴してはいないので、市中の噂にはなりようがないのだ。何より無王の所に出入りし、一市民として市中を徘徊していたこの僕が耳にしていないのだから、噂などないのは知っている。存在感ウスウスだけど僕も神人なんですけどねっ!こっ、ここは上手く偽装できてるって事にしておくぞ。主人公オーラがねえとかモブいとか言うなよ!屈辱的なので作戦決行です。

「確かに皇女様は神人でございました」

「…ございました、と言われるのですね。私も神人は神世にお戻りになったと耳にしております」

「御坊らへの勧進は以前言い仕りました通りに」

その点は心配はいらないと。師弟が頭を垂れる。

「イツキ様は神世へお戻りになられましたが、」

神人であることで変に関心を持たれてイツキの去ったアキラコちゃんに近づかれても面倒なのでそこは正直に応えておく。でも、数十年ぶりの神人が直ぐに帰って何の知識も利益も齎さなかったとなればこの国が舐められるんじゃない?とは思うのだ。侮られて「勝てそうじゃん?」と戦になるのは困るのだ。

「こちらにはイツキ様がお遺しになった物が数多ございます故さほど変わりはございませんでしょう」

 そこで信憑性を持たせるために少しは手札を見せておく。

「例えばこちら」

じゃーん!現代光学機器の登場ですわ! 電力確保のためにカンムロには見せなかったスマホを懐から引っ張り出す。スゴイだろ?神人。こんな技術力を齎しちゃうのよ。あ、僕のスキルではなかったね、はい。

「珍しゅうございましょう?」

虹色に輝くリンゴが認証画面へ変わる。バッテリー残量は結構際どい。呆気にとられる二人の前でカメラを起動。深山の村でも大いにウケた写真を撮って見せましょう。

「時を止める神世の道具でございますよ」

 仮にシオニに後ろ暗いところがあるのならば、顔や姿を記録される事の意味が分かるだろう。似てる絵姿なんてもんじゃない。本人そのままなのだから。身分やこの国の貴族との関わりが立証されるのならばそれは死を意味する。

 だからさ、自分から逃げて頂戴よ。これが僕の策。僕の注進の所為で殺されてしまうのは幾らリア充シオニでも寝覚めが悪い。この国で色々画策されるのも都合が悪いし、もう自国に帰ってください。イツキは文句を言うかもしれないが、これなら僕の所為じゃない。

「時を止める等とは…」

手に取ってみるよう勧める形でスマホを差し出し、

(おどろけよ~)

予告なしにシャッターを切る。

「え?」

写真は、撮れた。が、シャッター音と同時かそれより早く

「な、何の音でございますか?時など止まっては…」

驚き苛立ちを隠しきれていないシオニの横で、顔の前に手を翳したのは

「ええ?」

 無量坊の方だった。


 僕の手の中に残ったままのスマホの画面には顔が写らぬように手で顔を隠した無量坊と目を見開き覗き込むばかりのシオニの姿が残る。つまり、無量坊は僕が手に持っている物がスマホで、写真を撮影することが出来るのを知っているのだ。何故、河原の乞食僧がそんな事を知っているのか。答えは一つしかない。

「あ、あんた、神人なの?」

目を瞬く。シオニがハッと師を振り返る。

「か、神人?」

言葉にならぬのか唇をわななかせて僕らを見て、そしてまた師を振り返る。さらにどうしていいのか分からない僕の手のスマホの画面に目を見張る。

「…神人?」

その脳裏を何が過っているのかシオニの顔がゆがむ。

「よ…よもや」

飛び退るように立ち上がるや否や帯に差し込んだ右手が光る。

「!!!」

いきなり襟首を掴まれてぶっこ抜かれた。上下反転する視界をキヨカの袴が飛び越えてゆく。

「!!!?」

どべしゃっと音がする勢いで顔から地面へ。

「ィ痛だたたっ!」

 キヨカが走り出していた。「待たれいっ!」シオニが逃げたのだ。やっぱり荒事は苦手だ。だが、どうやら本来の目的は達成したみたい。結果オーライかとようやく体を起こせば

「!」

無量坊が首だか肩だかを押さえて地面に伏していた。

「あ…」

見る間に血が地面に広がってゆく。

「ああ…」

 人がこんなに血を流すのを僕は見たことがない。何で?どうしてこうなった?無量坊に切りかかったのはシオニだと思う。急に何かを取り出していた。でも何で師匠を?どうして?

「あ、あんた大丈夫?ねえ、ちょっと!」

大丈夫な筈がない。肩を押さえる指の隙間から血が噴き出し続けている。何もなくて、自分の袖を引きちぎって丸めて押し当てる。血が流れ出てしまわないように傷口を押す。それなのに布切れはすぐにびしょびしょになって指の隙間から命が流れ出してゆく。

「しっかりしてよ!」

 こんな事になる筈はなかった。諜者であろうシオニの写真を撮るだけ、シオニに自国へ逃げ帰って貰うだけだった。こんな小汚い坊さんが神人であると発覚するなんて、しかも神人だとばれたせいで害されるなんて、どうして…?無量坊が傷口を押さえたまま薄っすらと目を開ける。その顔は白く唇は紫になってきていた。

「異世界転移してきたの?神人なんでしょ、あんた?」

 こんな時なのに、あの時の王の言葉がよみがえった。神人が召喚者の願いを叶えられない状況。神人自身が死んだ時と召喚者が死んだ時だ。

「神人だからってなんでこんな…」

 異世界転移すればハッピーエンドが待っているのがお約束。そう思っていた。寧ろそうならない僕自身に気落ちしていたぐらい。なのに…。

「…あれは…隣国の者だったのだ」

「何か知ってたの?でも神人が戦の役に立つとは限らないじゃん!邪魔になるって限らないでしょう!」

 無量坊が細い声で言った。

「神人は因果に干渉するから」


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