第34話 帰宅(二次・イツキ)

 嵌められた感がスゴイ。居酒屋チェーンの個室に集まったのは九人と微妙な数。一日の仕事を終えて疲れと共に退庁、職員出入口の側で同期の女子の一人に捕まったのだ。

「あ!五木さん!もう帰るところ?」

そうだよ。早く帰って私は第三次遠征のプランを練らなければならないのです。こちらに戻って三日。向こうの世界へ行って帰って来たのは水曜の晩だった。前回同様こちらでは時間の経過はなかったが、体感時間は二か月以上なので長い夢どころの話ではない。二か月も前のことなど思い出すのも難しい。ってか祭日の後にもう一日出勤しなきゃ土日にならないとか嫌がらせ?常ならざる努力で何事もなかった顔をしながら何とか金曜を乗り切った。

(物語ね…「型式」…)

 平静をよそいながらも、去り際に聞かされた訳分らん話もずっと気になってはいるのだ。異世界転移の代償で妙な事件が起きるとか。あの末子成功の物語を引き寄せたのが私だと言う。ならばカブラギの件はどうなるのか、同じ異世界転移者であるミカミの方は何が起こっているのか。はたまた同じことが繰り返すという「型式」とやらが単なる偶然で何の意味もないのか。色々考えてしまっているのだ。これって何なの?大体私は召喚と帰還を繰り返しているだけで結果はいつも伝聞なのだ。お試し版異世界?無料立ち読み増量中までで続きが分らないなんて酷すぎる!課金?課金が必要なの?等とは言えないから

「そうだよ。お疲れ様」

普通に応えておく。

「良かった!同期の桜井さんが結婚するんだって。で、皆でお祝い考えようってこれから集まるの。五木さんも来てよ」

え?桜井さん?同期の一人だったかな位で面前の彼女とも親しい訳ではない。

「…お祝いはいいんだけど」

 いやいや私、食事だとか飲み会に行ってる場合じゃないのよ。何をするのかって?ふふふ。二度ある事は三度ある。また召喚される公算は高い。で、異世界における妙な現象を考察?勿論それもありますけれど、そこに課金は致しません。じゃあ、どこに?って、ふふ。ついに逸材を発見してしまったのですよ!シオニ様です!温泉リゾート計画はちゃんと資金投入して引き継いできたので次に行く頃には完成している筈。その温泉でシオニ様のカッコよさに誰もが一目で気付くように磨き上げたら、まずはあのボロだった衣装を何とかするの。イケ風カジュアルもいいけれど、ハトリベに相談してあちらの世界風でもイイ。素材の良さとセンスで魅力を存分に引き出す。ええ。多少の出費は当然ですよね。多少は中国語の意味の方で。あ、そうだ!温泉リゾートの敷地にシオニ様の御堂を立ててあげるってのはどう?温泉アイドルもアリじゃない?有難いお話も聞けて、集客効果も抜群だわ!え?「出会い」じゃなく推し活になってる?…「出会い」…「出会い」…うぅ…ん、いやでも、今推さなきゃ何時…。

「じゃ、ちょっとだけ顔出してよ?みんな喜ぶし。予定無いんだよね?」

しまった…。意識が明後日(異世界)を向いているせいで反応が遅れた。で、これが罠だった訳よ。


 何の話題でか盛り上がっているのはテーブルの反対側の端、男2女3の輪だ。女子三人は八時間働いた後の化粧のノリではない。ヘアアレンジも服装も役所仕事には向かない程オシャレ度が高いから着替えを持参してきたのだろう。しかも美容院に行ったばかりとみた。要するに彼女らは前々から入念に準備をしていたのだ。疲れ切って腹を減らしトイレでメイク直しをすることもなくさっさと帰宅しようとしていた私とは雲泥の差である。元から大した造りではない私と並べれば彼女たちの可愛さは三割増しなこと請け合いだ。流石に私でも誘い文句の同期の結婚祝いが口実である事はわかる。要するに、だ。私はまんまと彼女達の策に乗っかってしまった訳だ。こんな事してる場合じゃないんだよ。私にはイケメン育成計画が…あれ?「出会い」が遠のいた気がする?合コンと慰労会に二分されたテーブルで私がどちらに属しているかは言わずもがな。

「五木さんはまだ結婚とか考えないの?」

 余計な事聞いてくれてるのは図書館勤務の熊某。こいつもほかにも参加者いますよ要員だ。動員されてないで自分の結婚祝いの企画は誰も立ててくれてないのに気づいた方がいい。

「熊田君~、それって相手が必要だからね」

「そもそも視野を広げるっていうかさ…」

カッチーン!視野広げただけで何処で!誰と!出会うんじゃい!うちの部署は既婚者ばっかりで家の近所はジジババオンリーなんじゃ!

「あとは新しい環境に身を置くとかがセオリー…」     

「自分がリア充だからって好き勝手言ってんじゃねえぞ!熊川!」

「音声漏れてますよ。熊本です」

おっと失礼。

 だが、この男が言う事も一理あるのだ。セオリー、順当な展開としてまずは「出会い」が起こりえない生活圏から出る。そこでトキメキイベントが発生するのがお約束、テンプレなのだ。例えば異世界とか。そもそも私自身ではなくなってしまったが確かに向こうでは新たな人間関係、交流があった。あとはその分母を大きくすれば一人くらい私で良いって人に遭遇する、かもしれないという話なのだ。

(でもさー)

 異世界転移の方は全くの不随意だった。じゃあ、リアルではどこから始めればいいの?異世界に放り込まれる程の、他人に憑依するくらいの新しい環境って何?枝豆を齧る。


「…全然関係ないんだけどさー」

 向こうの世界に考えが及んだせいなので全く関係ない訳ではないが、異世界転移しましたなんて言えないから前振りは必要だろう。勿論、結婚話から光の速さで遠ざからねばならないからでもある。

「セオリーっていうか、お約束の展開っていうのに三兄弟で下の弟が成功するって話あるじゃない?ほかにも「型式」っていうのかな、似た物語の枠組みみたいなのってあるの?」

口も滑らかになっているのか、考えなしで例の話題を接ぎ穂に振った。大丈夫。ほろ酔いとは言え異世界での話だなんて言わない。言っちまったら秒で醒める。

「物語論?AT番号までは今わからないよ」

が、こんな曖昧な話題振られて困るかと思いきや、意外にも答えが返って来た。こちらで聞いておいて「何だそりゃ?」の答えだけど。

「神話の構造解析とか昔話の形態学とかあるのね。神話民話を収集して分類してゆく」

ほーほー。熊某はスマホで何かを探し始める。

「構造、モチーフね。ある役割を果たす人物や鍵となる道具、宝物や剣、魔法の道具とかね、物語の展開シナリオそれ自体を抽出して比較する。物語というのは幾つかの決まった形をとることが多いんだ」

よく似た言葉を最近聞いた。「物事が起こる契機、カギとなる人物の立場、人間関係。その後の展開と結果」決まった形をとる。つまりは「型式」。

(ある、んだ…)

ミカミが「手ヌキじゃない?」「似た感じのをコピペして誤魔化すとか?」と言ったように似通ったそれ。

「…なぜ似た物語があちこちに?」

 文化も歴史も違うのに。

「何故って…生活、人生、社会、僕ら人間が何処にいたって同じような存在だからなのかな」

 異世界でさえ。人が在る限り同じような物語が生まれるのだとするならば、異世界であっても同じように生まれるのだろう。

 熊某が「あー、これこれ」スマホを見せてくれる。

「今言ったやつ、三兄弟に限らず末子がというのが末子成功譚ね」

 私が引き起こしたとされる兄参皇子の件。

「『三匹の子ブタ』とか『長靴をはいた猫』とかとかは分かるけど」

「日本神話ならば大国主の神話がそうだし、海幸山幸もそうでしょう。大枠で捉えれば旧約聖書のヨセフの話も同じ枠組みだと思うよ。遊牧民なんかにみられる末子相続の慣習が影響してるって言われているけど」

そんなに良くある話、形の物語なのか。

「ほかにもそう言ったものがあるの?」

「継子虐めなんかもよくある話だね」

ああ、そうだ。『シンデレラ』や『白雪姫』もそのタイプ。日本版シンデレラは『落窪』「お姫様は王子様と結婚して幸せに暮らしました」は王道の展開だ。

「貴種流離譚は他所からやって来た高貴な人の話で、異類婚姻譚は人間ではないものと結婚する話。鶴女房とか蛇、天女もある。何故人間が生まれたのかや何故死ぬのか、なぜこの世界はこうであるのかという種々の起源譚もある」

物語の形ってそんなにたくさんあるんだと感心する。

「じゃあさ、こんな話知ってる?」

「猪に襲われた怪我人を助ける。蛇やムカデで虐げられながらも成果を上げて人に認められるみたいな」

「もうちょっと詳しく」

「うーん、毎日罵倒されるとか、蹴り倒されるとか、ご飯無いとか、蛇百足で脅されるとか、家に帰れないとか…」

「…虐待?」

それはないと請け負っておく。多分ね。

「猪、蛇、ムカデのキーワードででパッと思い出すのは大国主の話だけど。助けるのはケガ人じゃなくて皮を剥がれて丸裸にされた兎ね」

そうなのか?

「それって『因幡の白兎』の話だよね」

(皮を剥がれた兎…。兎、ウサギ…ウサ…)

そう言えば女湯のぞき疑惑(濡れ衣)があったっけ。ミカミは一応助けに来たのだった。

「そう。大国主神、芦原醜男。白兎は一計を案じ、鰐の背を飛び伝って島を渡る。謀がバレて皮を剥がれた兎を大国主神が助ける。同じく通りかかった兄神達は困っている兎に噓を教えて揶揄っただけだったのにね」

ウサ達が渡ってきたのは鰐の背ではなく山の背。峰渡りの道。

(…似てるって、摸すって…)

「白兎は八上比賣の化身で兄神達ではなく大国主神と結ばれる」

(姫…化身…役回りってそういう?)

ウサとアキラコの背格好は近い。無王の所へは同じ白拍子の格好で出向いたこともある。

(ミカミには知らされていなかったけれど)

 実のところウサは家長である村長からは神人であるミカミの妻に収まるように命じられていた。私には理解できないが、貴人(?)の子を産むというのは一族の発展に寄与するのだそう。突然過ぎてウサは嫌がり、それもあってのあの態度なのだ。

「…でも、蛇も猪も出て来てないよ?」

「うん、出てくるのはもっと後。『因幡の白兎』の話は大国主神の物語の一部なんだよね。大国主神はたくさんの兄神、八十神から虐げられて何度も死ぬ目に遭う。火に包まれた大岩を猪だと偽られ立ち向かったりするんだよ」

(猪…大岩ほどの赤猪…)

「兄たちの嫉妬から逃れるために根の国を訪れた大国主神は須勢理毘売命と出会う。須勢理毘売命が大国主神を気に入ったのが面白くない父神、須佐之男命は大国主神を蛇の部屋や百足の部屋に泊める。これは課題や試しみたいなものだけど、蛇や百足ってここね。須勢理毘売命の助けでその課題をこなした大国主命は…」

(…そういうことか)

 ミカミの役回りは大国主神だ。

 大国主命の物語が「型式」がミカミの周りで展開されている。

「…それだよ、熊本」

「あ、正解」

 ではこの後どうなるんだ?

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