第33話 お姫様と神人と(ミカミ)

 ムツカシイハナシヲシマスタ…。宮城での謁見は狐に抓まれたような状態のまま終わった。僕達も

「よくよく考えておくように」

だって。神人は神様の代理で願いを叶える、或いは知識によって富をもたらすだけでなく、「型式」という負の側面もある。要するにお前ら何してくれちゃってるの?そういうことだよね。ってか、そんなこと言われましても。

「「型式」ねぇ~」

 こちらの意図に関わらずオートモードで事が起こるならば、帰れないという事は殆どないのが救いではあるが、意図するしないに関わらずというのならば、そもそも僕らには何もしようがないのである。異世界転移自体意図してねぇし、帰宅と食事事情の改善は意図してるのに叶わないのである。「型式」とやらが起こるとして勝手にプラスの方向で動くことを期待するよりない。って、「トレース」なんでしょ?元ネタがある訳よ。世に物語は数多ある。その中で皆にとって喜ばしい展開、めでたしめでたしになるのなら何の問題もないのだ。問題は、ですよ、

 何で異世界転移してるのに僕が主役じゃないの?

 世界を救うとか、ダンジョン攻略するとか、神話だっていうのなら英雄譚が定番でしょう?八岐大蛇を退治して嫁をゲットしてもいいじゃんよ。嫁どころか女子出て来てないし(クソガキと姐さん共に子供だし)。イツキの方は末子が成功する物語が展開されているらしいけれど、僕の分は?あの後もイツキとカンムロとであれこれ考えたが、カブラギの分と僕が転移したことで起こった変異、「型式」は不明のままだ。ちょっと!物語にオチがつかなきゃ帰れないのよ?僕!カンムロが

「かつて起こった型式にも類するものは見分けがたく」

と言う程。モブだから?僕が特記事項ない所為?なにスーパーモブ認定されちゃってるのよ。僕神人なんだよね?異世界転移してるよね?これほど目立たないならば国の大事にはならないと判断されて放置されそう(事実)。慰めてんじゃねーぞ、ま、まだ決まってないだけだ。

「…まだ決まってないんなら、僕だっていいヤツ選びたいっス」

無双&ハーレム展開絶賛希望中。

「同感。末弟独り勝ちの件とかアキラコの希望だけど、私にトキメキないし」

訳分らん話に愚痴もデルデル。

「そーそー大体何で元ネタが必要になるのよって思うよね。手ヌキじゃねえのってね」

「手抜き?」

「もしもだよ、この世界がすべてデジタルだとするじゃない?大御神の加護ってヤツもある種の情報だよね?それを僕とかイツキさんとして上書きしちゃうでしょ。神人ね。と、本来あるべき大御神の加護が足りなくなる。足りなくなったリソースをあっちこっちから持ってきて、内容は似た感じのをコピペして誤魔化すとか?」

あれ?何でそんなに驚いた顔するの。僕がそんなに理路整然と話すとは思っていなかったとか。

「一から構築するより断然コピペは楽っスよ?」

力説しておく。「それパクリ、犯罪だから…」小論文でやるとメッチャ怒られるんですけどね。

「…ミカミ殿」

 あ、カンムロの顔が輝いている。イカン。今のはこちらの人にとって新出単語アリアリだった。これ、話長くなる奴…。


 そしてそんな事よりも、イツキが帰ってしまうかもしれない方が重要で、急ぎ片付けておかねばならない事が幾つもあった。最低限行方不明は避けるべきで、でなければ世話になった兄妹が困ることになるだろう。いや、イツキに限らず僕だって何時コレトウが宮都に戻るか分からない。僕のもたらす「型式」なるものがどのようなタイプか分からなくても、不意に元の世界に帰れるかもしれないのだ。そんな訳でモブには勇者がやらねえ後始末とか手配とかが色々あるの。

 イツキは温泉リゾート計画の文書化と引継ぎ、現状の工程確認を進めているので、僕は勧進相撲の事後処理を担当する。勧進相撲だったのだから厄除け聖にお寺なりお堂なり建ててやらなければならないのだ。場所にはあの相撲大会のあった土地の一部を貰ったらしい。土地くれるってスゲーな、おい。超庶民的感覚で感慨を覚える。あとは世話になった人にも挨拶しておかなくちゃね。


「は?帰る?」

 常日頃冷静なこの男にしては珍しく無王が素っ頓狂な声をあげた。

「イツキさん、神人ですからね」

宿主のアキラコの願いが叶えばお役目完了なのである。神人の存在がこの世界にどんな影響を与えるのか気にならなくもないが、僕らに選択の余地はない。

「…ミカミよ、お主はどうなんじゃ」

「僕も条件が達成されれば帰れる筈です」

そうだよな?帰れるよな。僕だけ帰れないなんてなしだぞ。コレトウがまだ都につかないだけだ。帰り道で崖から落ちたりしてねえから。狼に食われたりしないでちゃんと村に戻ってるから。また足怪我したりしてないから!早く戻ってきてくれよぅ。

「…そうか…そうか……」

え?そんなに衝撃受ける事なの?もう賭博の仕組みは出来てるのだから僕らいらないでしょ?

「手に入れ損ねちまったもんは余計に惜しいの」

ゑ?手に入れ損ねたって、収益の話ではないよね?イツキさんを?うぅ…ん…。そりゃ、宿主は貴族のお姫様で、通常ならば庶民には関わりのない人だけどさ。

「あの、イツキさんは中身だけで、身体はアキラコ姫のものですからね?見た目で考えちゃダメですよ」

そりゃ、アキラコ姫は可愛いけどさ、どう見たって小学生よ。オジサンは手を出しちゃダメでしょう。

「あほう。見目好い女なぞ幾らでも居るわ」

…外見は関係なくですかい?うぅ…ん…。

「神世の女は皆ああか?」

「いやいや、あんなんばっかじゃないですよ!」

もしもそうならスゲエ世の中だ。未来永劫パシリとか勘弁してくれ。

「…そうか、帰るのか…」

えぇえええ?本気なの?うぅ…ん…。が、無王がイツキに興味があるから協力していてくれたとするとこの先はどうなるのだろう。心配になったので少しは期待を持たせておこうか。

「帰ってもまた来るかもしれませんよ。今回二回目だし」

ぬ?とかって食いつき良すぎ。

「あー、宿主のアキラコ姫は困り事があるとイツキさんに助けを求めるっぽいですね。で、解決すると帰る」

僕等と縁が切れるとしても、せめてお堂の勧進が済んでからにして欲しい。

「その時はまた助けてやってくださいよ」


 無王を通して勧進先の坊さんと約束を取り付けて館に戻る。坊さんはこの間の相撲大会の空き地に住み着いてしまっているらしい。無王からもらった鴨をぶら下げて帰ると台所師の女に褒められた。

「イツキさーん、居るー?」

 このところ館の内が賑やかである。温泉施設で働く女性たちの教育が行われているのだ。つまりはイツキ付きの侍女が沢山いるって事だ。女子がいっぱい居るのに何で僕と関わってこないのよ、とは思う。

 そのイツキが珍しく一人で座っていた。

「無王さんがさー、姐さんに気があるっぽいよ。嫁に欲しいとか言われちゃったら困っちゃうよねー」

 イツキの表情が強張る。あれ、そんなに嫌だった?無王さん可哀そう。フられるのが僕じゃないなら別にいいけどね。あの人身分によらずリア充っぽいし。

「で、お堂の方は今度打合せに行って来るから…」

喋りながらイツキの正面に腰を下ろす。イツキの顔が引き攣った。

「…だ」

(…あ、これ、違う)

思ったときは遅かった。

「だ、誰か!誰か!フジノエ!」

(イツキさんじゃない…)

イツキと同じ姿のその子は泣きそうな顔で座ったまま後退る。そして僕の記憶は廊下を走ってきたウサに蹴り倒されたところで途切れている。


「ごめんね。ビックリしたでしょう?」

 彼女は病後の痘痕を苦にしての引きこもりだと聞いていた。顔はイツキと同じなのに中身が変わるとここまでかというギャップがスゴイ。アキラコちゃんはお姫様なのにこの僕と目を合わせる事もできないのだ。ちまっとした背格好もだが、これは子供だと思う。イツキのように現代知識と年齢で加速した強引さも、ウサのクソガキぶりとも無縁な頼りなさは子供というよりない。小学生女子が知らない大人に馴れ馴れしく話しかけられたのだから怯えるのも無理はない(ヘンシツじゃねえからな)。可愛そうなことしたなという罪悪感はあるのよ、これでも。

 そこで台所師に「お客人、そのような事はなさらなくとも…」と言われながら無王のところで貰った鴨の骨で鶏がらスープをとった。ここでは薪集めも水汲みもヤギの世話もないので時間はある。時間あっても勉強はしてなかったんですけどね。それはさておき、アクをとりながら煮たスープを漉して塩と少しの味噌で味を調える。こちらでも鳥でも猪でも骨付きのぶつ切りを入れる鍋は人気のメニューだが、汁物にガラで出汁をとったりしないのよね。サツマイモがあったので賽の目に切って炊いた。優しくてほっとする旨味が広がる。今度はちゃんとフジノエさんに声をかける。

「これ作ったんだ。姫様にごめんねって伝えてくれる?」

 最初は迷惑顔だったフジノエさんだが、味見してもらったところオッケーが出た。


 アキラコちゃんはあまり喋らないからこちらから話しかけねばならない。そうでなければ二人して困ってしまうからだ。僕だって喋るのは上手い方じゃないが、相手は子供でどちらかと言うとこの子の方に気遣いが必要だろうと思う。僕の方が年上だしね。考えてみれば身体を勝手に使われて気が付いたら知らない人が自分の家にいっぱい住んでたのだ。それは結構キツイ。

「えっと、ミカミって言います。居候させてもらってるけど、もう暫くしたら僕も向こうに帰れる(筈!)から心配しないでね」

 隠しきれるものでもないのにアキラコちゃんは扇で痘痕を隠そうとする。この位の年齢で女子なのに見た目にコンプレックスがあるのは辛かろう。しかもこの世界では痘痕が伝染すると考えている人が少なくないのだ。汚ねぇとかキモいとか言われなくてもそう振舞われるだけでダメージを食うのを僕は知っている。嘗てそういう事があったのならば、初対面の僕も同じ手合だと考えるだろう。

「あのさ、イツキさんが色々やったけど、迷惑だったらそう言っていいんだよ。上手く言えないなら僕から言ってあげるから」

 この子に「社会と関わりを」とか言ったら泣きながら静かにイヤイヤするようなそんな少女なのだ。

「…ミカミ様も神人なのですね」

アキラコちゃんはようやく一言喋ってくれた。

「うん」

「私のような者にもお優しい。…私は神人にお会いするのは初めてなのです」

俯いたままアキラコちゃんは言う。何もできない僕みたいなのが神人代表では申し訳ないくらいだ。

「イツキ様には何から何まで…お兄様を助け、私共の暮らしがなる様に手を尽くしていただき、カブラギ様まで」

本音かどうかはわからぬが、身体をイツキに貸したことは嫌ではなく、結果にも感謝しているようで一安心だ。まあ、イツキを異世界召喚した本人だからね。でも、それにしてはこの頼りなさ。すぐ「私なんか」とか言いそう。

「せめてイツキ様の力になれるウサのようであれば」

ほら。

「それはやめた方がいいと思います」

即答しておく。分かってない。仮に年頃の娘だったとしても、クソガキとイツキ姐さんとアキラコちゃんなら、アキラコちゃん一択よ?そこでアキラコちゃんに比べてあいつらがどれほどか、僕が受けた仕打ちを滔々と語っておく。何を話せばいいのか迷っていたのが嘘みたい。いやもう、幾らでも語れますわ。特にクソガキは初対面蛇ですからね。結論として

「アキラコちゃんはアキラコちゃんのままがイイです」

万感の思いを込めて深く頷くと、毒気を抜かれたのかアキラコちゃんはクスリと笑った。うわ!カワエエ。これだよこれ!女子はこういうのがイイの!

「私はこの姿ですよ。イツキ様はこれが人に伝染らないと仰ってくださいましたが…」

 あらら、せっかく笑わせたのにまた卑屈モード。痘痕とかそういうものだと思ってしまえば気にならないんだけど。が、言っても信じないだろうなとは思う。

「伝染らないよ」

だから顔を隠す扇を取り上げて床に置き、手に触れた。引き攣れの残る小さな左手を僕の掌で包む。驚いて引っ込めようとした華奢な手を軽く力を入れて引き止め、

「ほら、伝染らないから安心して」

手首の引き攣れに触れる。もうちょっと力を入れたら音を立てて折れてしまいそうな細い手首だ。

「そ、それはミカミ様が神人だから…」

アキラコちゃんは僕に手を取られたままオロオロしている。

「違うよ。もう伝染しない。大丈夫。それにこの病気に一度罹れば免疫が出来る。次にこの病気が流行るような事があってもアキラコちゃんは大丈夫だから」

アキラコちゃんは困り果てた顔で僕を見上げた。僕がそう言ってもこの先も嫌な思いをすることはあるだろう。

「…めんえき?」

「体の中にこの病気をやっつける働きが出来るって事。アキラコちゃんはこれに守られてるの。神のご加護みたいなもの」

それでも事実を知っていればそれでその日を耐える事もできるだろうから。

「…これをご加護と言われますか」

 包んだ手をお膳に引き寄せて「冷めちゃったけど」お椀を持たせる。しっかり食えば元気出るから。ちゃんと育てよ~。特定部位は重要課題だ。

「…美味しい」

この日一番の笑顔。ほら、やっぱりこっちの方がイイじゃんね


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