第26話 これ「出会い」じゃねぇーから(イツキ)

 お金がない。温泉リゾート、こんな風にしたいね的な話はした。ざっくり。確かに着手金の一部と建材を現物で国から出させる交渉に成功している兄様は偉いよ。でもさ、大工の日当とか工期とか「冬までに」ぐらいの決め方でスタートしちゃう訳?現物引き渡しの出来高払いというのもあるけれど、建築の発注もそれでいいのか悩む。金閣寺とかもこんな調子で建てちまったんだろうか。再び私がこちらの世界に戻って来れたから良いが、前より金に困ってないかい?兎に角金が足らんのははっきりしている。早急に何とかしなければならない。サツマイモも乳製品も各種試みているもののまだ出荷には至らない。ちょこちょこ建築現場に顔を出して指示を出しながら思案中。『一攫千金のアイデア一〇〇』読了してくるんだった…。ロマンチックな出会いどころか生活感が漂ってない?ミカミと遭遇したのはそんな時だった。


「ええー?そのまんまでこっちに来ちゃったの?」

 貴族女性的にはハシタナイのだろう兄様が眉を顰める。この神人=異世界転移者だという男…男の子だよね。こちらでこの位の体格だと成人男性なのだが、大人の落ち着きが感じられないのだ。元の世界でならば特に目立つ容貌ではなくフツーにどこにでもいる学生さんの雰囲気。ぬうん。

「って事はあんた高校生くらい?」

「……よ、予備校生です」

「浪人か」

あ、「な、泣かされてねぇから…」ショックを受けたらしい。弱っちいな、こいつ。

「あ、あんたの方はどうなのよ。こっちだけリアル情報出すのズルくない?」

むっ。それはその通りである。何しろこちらは姿まで違うのだから。先のやり取りでお互い異世界からの転移者であることは確認できたが、むむむ。

「……ぼ、某市職員、二五歳、女」

 これはノーカンだ。こいつは数に入れない。これをカウントするならば、コンビニの店員も道を聞かれた人も「出会い」の数に入れなければならなくなる。だって六歳も年下だよ!私が高校生やってた時にランドセル背負って鼻垂らしてたんだよ?私が成人式の時に「左目が…」とかやってた訳よ?子供に近いアキラコの身体を借りてる私が言うのもなんだが、子供じゃん、これ。ハーレムまでは期待しないけれど、どの異世界物もヒロインに適齢でステキ(ここ大事)異性が必ず出てきたのに、何でそういう事にならないの?しかも

「…年上なの?」

ぐぬっ…。

「……イツキさんと呼びなさい」

ノーカンどころか記憶消去案件だ。


 湯屋の脇、普請中の館の一角に場所を移して神人同士向きあう。温泉での衝撃(半裸だからね)の廻合からお互いに状況確認をしようという運びである。ミカミと名乗った男子は随分田舎から出てきたのだという。湯屋に居た女子は身支度中で、ミカミを宮都に連れてきたというゴジョウ坊は貴族らしいので遠慮して貰った。ニコの村長の館を借りないのも同じ理由だ。貴族間の人間関係を把握するまでは用心に越したことはない。

「彼は?」

コレトウと名乗った青年は以前に少し都に居たことがあるそうだけど、商売のために田舎から出てきたばかりで、貴族と言えるのかどうかも怪しいと言う。ミカミが彼を信頼しているのは彼らのやり取りで判る。ふむ。神人同士とは言えお互い味方は必要よね。こちらは武人の体つきも洋装をさせてみたくなる顔立ちもポイント高いしね。

「何でこんな事になっちゃったんでしょうね?」

 私と同じくミカミが異世界から転移してきたのは間違いなかった。ミカミは苦労したらしい。一か月近く旅をしてきたというから随分と辺境に転移したのだろう。それも私とは違いこちらの世界の人の身体を借りてではなく、着の身着のままで。便利な道具も卓越した知識や技術を持っているわけでもない。見ず知らずの土地でヤギを飼い、食糧増産と商品開発を図った経緯を聞き、実際の商品を見せてもらった。

(…なかなかやるじゃない)

 毛織物の手触りを確かめ、椿油をつけてみる。彼らは村のために都へこれを売り込みに来たのだ。着眼点は良い。

「やっぱ魔力とか無いんですよね…」

ちょこっと見直したのに中二かよ。自分は棚に上げておく。

 ミカミは神人同士ということでこちらを警戒する素振りもない。さらには深山の村が抱える問題にも話が及び、兄様と顔を見合わせた。この国への帰属を考えている村。確かに辺境なのだろうが、その再生計画は悪くない。計画がなった暁にはと考える。何よりこの商品だ。椿油は温泉リゾートに欲しいし、乳製品の美容品展開はこちらでも導入したい。

「もうね、帰りたいんですよ、僕。何が辛いって飯ですわ!」

本人はそれらの価値を完全には理解していないようだ。ふむ。


「イツキさんは元の世界への帰り方を知ってるんですか?」

ミカミが言う。

「多分だけれど、私はこの身体の持ち主、アキラコに呼ばれたんだと思うのね」

 何故、こちらに来たのか。何故、向こうへ戻ったのか。一度帰ってから色々考えていた。結論として、私の側の都合ではないと思う。私が何かをしたから/しなかったからこちらの世界へ召喚されたのではないという事だ。憑依や巫女について齧っただけだが、あれはその身に自分ではないものを降ろす「術」なのだ。つまり召喚した側の問題である。何故私が呼ばれたのかという問題は残るが、二五年間モブを貫いた私に特別な能力が隠されていたというよりは、こちらの世界の人にそういう能力があるのだとする方が頷ける。私は召喚者がいるのではないかという持論を述べた。

「私を助けたいと願っていたらしいからな」

兄様も言う。一度目はアキラコが願った状況になった所で帰還した事からもそう推察しているのだ。

「ええ?じゃあ元の世界に戻るには呼び出した奴の願いをかなえなきゃなんないの?」

「そういう人物は居る?」

同じことがミカミにも言えるのならば、その蓋然性は高まる。例証2という訳だ。ミカミは少し考えて言った。

「…サジだ」

「私の弟でございます」

コレトウが山中で足を負傷した時に助けを求めたのだろうと。

「ミカミ殿のお蔭で足は良うなりましたが…」

ミカミはまだここに居る。これはどういう事だろう。私の推測は間違っているのだろうか。

「…サジが言ってた。コレトウは本当ならば都で良い暮らしをしてた筈だって」

それも含めての召喚者の願いならば随分と条件のハードルが高い。

「…時間がかかりそうな目標だね」

「いや、でもっ、都に着けばいいだけかもしれないしっ、えええ?まだ帰れないの?」

半泣きで狼狽えている。

「現実を見た方がいいのではないかい?」

「イ、イツキさんは二回目ですよねっ?今回はどうなんですかっ、すぐ帰っちゃうんじゃないでしょうね?僕も連れて帰ってくださいよ!」

「私は今回、元婚約者が無事に都に帰って来れるように…」

言いかけて気付いた。よくよく考えれば、私の方も結構リスキーじゃない?カブラギは命を脅かされる立場にある。万が一死んでしまったらアキラコの願いは永遠に叶う事はない。つまり…帰れない?ぅうぉい!ちょっと、私!あの時もっと確実に身の安全を図る方策を練るべきだったんじゃないの?。素敵な出会いシュミレーションはしてみたいが、シュミレーションが実は本番、或いは永遠に本番無しとか言わないよね?あっちの身体どうするの?

「マズいわね」

「マズいっス」

同じところから来たという親近感はある。やるべきことをやった上で元の世界へ帰るという目標も同じ。他所の勢力にとりこまれるよりも協力できるならした方がいい。

「お互い協力してやっていった方が良くない?」

 コクコクとミカミが頷く。


(協力ね…協力)

 元の世界に帰るための条件ではないとはいえ、私が抱えてる状況と目標、必要としている金額を考えるとミカミよりもかなり困難な気はする。カンムロにミカミを持っていかれる前に私が使いたいが、ならばお得要素もプラスせねばならないだろう。

「ミカミは帰れるようなら帰りたい、よね」

まずは相手の希望を伺う。

「勿論スよ!帰れるまで住むところも飯も仕事もないんすよ!」

これは難しくない。

「コレトウは村の後ろ盾が欲しいのよね?兄様何とかなる?」

それと彼が都で地歩を気付く築くための後ろ盾、

「口添えすることは出来る」

私は村の商品が欲しいので寧ろ自領として取り込みたい。と、そこへ身支度を終えた女子と、食事の用意ができたことを知らせにゴジョウが歩み寄ってきた。ウサというのだそうだ。ああ、この女子も居たな。ふむ。フジノエに耳打ちしてウサが跪こうとするのを止め、立礼で構わないと伝える。

「先程は失礼いたしました。ウサと申します。このような神人もおられるとは」

首を垂れるウサにコレトウが言い添える。

「参皇子様、妹御様と申されますと前の一宮様の御実家、ハタ家と御血縁でございましょう。畏れ多いことでございますが私もウサもそうでございます。薄くはありますが血の繋がりがございます」

本当にそうなのか。都へ出てくるためのそういう設定なのかは不明だが「ミカミの連れよね…」結構可愛いだけじゃなく男装する位の行動力はある娘だ。ふむ。ぱちりと音を立てて扇を閉じる。

「都へは?」

何故都へ来たのかという問いだ。直答を許す。ウサが畏まる。

「行儀見習いでございます」

いいね。いずれにしても手駒は増やしたい。

「行儀見習いって事は都で官女の見習いをやるのか、どこかのお宅で侍女をやる予定なのよね?」

これにはゴジョウ坊が答える。

「我が家でお預かりしようかと」

「そっちじゃなくてウチに来ない?ね、いいわよね、フジノエ。お付きを増やしたいって言ってたし」

フジノエが頷く。

「神人の眷属でハタの御血縁でございましたら。勿論、都様の躾はおいおい」

これにはコレトウとウサが驚きの声をあげた。

「よ、よろしいのでしょうか?」

伝手もないのにいきなり王太子の皇女の侍女だものね。

「ミカミの連れなら神人が貴族に相応しくない振舞いをするのにも慣れているのでしょう。私もここの行儀作法も身に付けなくてはならないの。一緒にやってくれる人がいるのはありがたいわ」

ウチ、ボロでお金はあんまりないんだけど、頑張ってお小遣いぐらい稼ぐからと付け加える。

「な、なんと有難き……」

「で、あんたはどうするの、ミカミ?ウチ、部屋は余ってるけど?」

急展開に付いてこれていないミカミに畳みかける。

「衣食住は何とかなるよ。私の方はこの身体の持ち主アキラコが安心して暮らしていける環境を作るために活動中なの」

暮らすには困らない程度のちょっとした財産とを持ち、政治や権力争いとは距離を取る。そのための温泉リゾートだ。「兄様も助けてくれるし。兄様、重度のシスコンなのよ。結構ツン入ってるけど」と注釈を入れておく。ミカミは「…僕に言葉の意味を説明させないでくださいよ」と嫌な顔をしていたが、

「僕的には有り難い話ですね…どうぞよろしくお願いします」

と言った。言ったな?良し。

 その計画、現状は資金面で問題を抱えていると言うとミカミは呆れた。

「ぅええ?温泉宿建設ってメガビックレベルのお金がかかるんじゃないの?」

「だから何かいい案があったら出して欲しいのよね。協力するって言ったよね?」

「それ、ヤギで何とかなる話じゃないスよね!」

 …ん?少し考える。いけ…る、か?ヤギじゃないよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る