二人神人篇

第25話 出立(ミカミ)

 僕の変装用衣装などを用意してゴジョウ坊と大男(ニシナというそう)が再び村へ戻る頃にはコレトウも普通に歩けるようになっていた。ヤギシステムは主に子供らに引き継いだが、どうなってゆくのか見に戻ってきたいものだと思う。今後の商品展開についてはコレトウを都へ出して相談してゆく事になっている。当座の分として山印のバター脂薬に山印椿油を作れるだけ作って持ち込むこととなりその準備も忙しい。神人はあったり無かったりすると言われたように、僕は何かの拍子に元の世界に帰れちゃうのかもし、帰りたい(腹減ったし)から都を目指すのだが、サジやこの村の人達が上手くやっていける事を願っているのだ。

 ゴジョウ坊らが僕に用意してくれた旅装は結構草臥れた水干。身分的には平民のちょっと上という程度。袴と脛に巻く脛布に足首に紐を絡める旅草鞋も貰った。これで役人の従者ぐらいには見えるらしい。伸びた髪は一つに括る。この先の交易を担う事になるコレトウも似たような衣装を身に付けた。そしてコレトウのお古だという同じく水干に袴、長い髪をポニーテールにしているのはウサである。成人前の男児で通る程度の長さに切ったという。そう、このクソガキも共に都へ向かうのだ。

「え?どうしてウサなの?」

 身の回りの手伝いが必要ならばサジでいいじゃんって思うでしょ。国と交渉して天領化を狙う以上、先々お館様の一族は表舞台に戻る事になる。貴族としての振舞をを身に着けておかねば、将来困ることもあるとの事だ。ウサもサジもゆくゆくは都へ出す予定があったらしい。二人のどちらかといえば、婚期の近いウサが先になのだと。婚期…このクソガキが婚期……僕は彼女いない歴イコール年齢なのに?いや、それもですよ、ウサさんですよ?

「何か言いたげだな」

 何度目かの対策会議(晩飯)の席でコレチカが僕の顔を見て言う。そりゃ、あんたはクソガキのパパだからね。

「いえ、女性が長旅とか留学とかって困難もあるんじゃないかなーって」

 取り繕う。その程度の気遣いはあるのよ、僕。クソガキと違って大人ですから。

「確かに女子の長旅などそうは聞かぬ」

 地方領との行き来を除けば夫婦者の行商程度で女性の長旅などあまり聞かないという。

「やっぱり危険だからだよね?」

 女子の方が旅行とか好きそうだけどね。温泉とかパワースポット巡りとか。その答えは短かった。

「日数がかかる」

「足が遅いの?歩きなら男女差はそうないと思うけど?」

 歩幅の問題かと思いきや、女ゆえの話よと言葉を濁す。ピンときた。

「ああー、生理ね」

 確かに女の子の日に長距離歩くのは難しいだろう。そもそも物忌みとか称して生理休暇取るんだっけか?その日を避けようと思えば、出立の日を調整もしなければならないだろうし、道中にその日に当たれば旅程を変更して先へ進めぬこともあるだろう。余計な滞在費がかかるわけだから懐にも余裕が必要だ。あれ?でもさ、

「ん?じゃあウサは大丈夫じゃん」

 ウサの年齢と体格なら関係なくない?と、何とも言えない沈黙に気付いたが時すでに遅し。フルボッコでした。デリカシーのなさには自信があります。


 こちらの世界に転移してほぼ二か月。色々いろいろイロイロあったけど、ヤギ子達を含め村の全員に見送られて都へ立つ。

「ミカミぃ…」

サジの頭をごしごしと撫でておく。不衛生で不便で腹が減ってばかりだったけど、間違いなく一人では何もできなかった。もう会えないかもしれないと思えば込上げる物もある。

「俺の兄さん、また都に行くんだ」

良かったなあ、サジ。お前の願いちゃんと叶ったじゃないか。

「行くだけじゃないぞ。この村を豊かにしてゆくんだ。そりゃあ、すぐにって訳にはいかないだろうけど」

うんうんと頷く泣き笑いの誇らしげな顔に次はサジの番だぞと笑い返す。

「きっと全部上手くいくようになるから」

お館様にも頷いて背を向ける。神人だからね。イッチョやってきますわ。

 そんな別れから二時間もしないで、激しい後悔に襲われた僕でした。ゴジョウ坊らが通常とるのは峰渡の道。ってか道じゃねえし。岩場に崖に足場なんかないようなもの。死ぬから、これはほんのちょっとの差で死ぬから。腰を縄でつないでもらったけど本当に命綱じゃないですか。足なんか動くもんじゃないって。「遅え!」度々ウサに怒鳴られ靴だけは自前の物に替えたがそれでもきつい。村からの商品や水食糧、旅の必需品はコレトウとウサで分けて背負い、僕はもともと身に付けてきたものを背負っているだけなのに

「これなら街道に降りた方が早うございますよ」

常々慇懃なコレトウにまで言わしめた。

 早々に諦めて街道をとったけれども、これがね、何て言うのかもう、歩くんですよ。ひたすら歩くんですよ。歩き疲れて日暮れに寝ても(野宿!)日が昇る前に起きて朝日と共に歩き始めるんですよ?馬鹿じゃないの?って距離歩くのよ?松尾芭蕉も伊能忠敬もヘンタイでしょって思う訳。人の財布で旅行ってサイコーじゃんとかゲスいこと考えてたら甘かったです。


 街道には人や牛車、荷を積んだ馬の姿がある。主に都へ税としての物資を送るものだと言う。不思議と馬車は見ない。「馬車とかあるといいですね」異世界物では馬車多用してたのにと思う。「馬車もなくはないのですが」その早さゆえに危険なのだそうだ。ひっくり返ることも珍しくはないし、道を確かめながら行くよりもかえって歩きの方が早いのだと。あれは道を整備する国家がきちんと機能していて初めて可能なのだ。ここはまだそうでもないという事か。

 街道には成人男子にかかる税である労役のために出身地を出て都へ向かう者も居れば、行商と思われる者も居る。女性や子供連れの旅人もたまにいて村で聞かされた話とは少々違った。「女の人もいるんだね」というと「あれらは日数を考えずともよい者等ですから」との答えが返ってきて驚いた。定住地を持たずにその地その地で糧を得て暮らしているのだそう。ボロボロと呼ばれるその人達は大抵模様が描かれた紙子を着ていて一目で身分が分かるらしい。ホームレスのフリーターってところかな。

 街道はそれなりの道だけれども、街道沿いにずっと人家が続いてはいない。館を中心とした集落と田畑がぽつりとあって山野、またぽつりと集落というように人の住む世界は狭く限られている。集落につくたびに水や食料を補充し、宿(村の中で寝かせてもらうだけ!)をとりながらの旅だ。確かに集落ではないところで野宿なんかしたら何があるか分からない。人攫いや山賊、獣だけではなく夜そのものが怖い。夜明け前にコンビニに行くとか考えられないわけよね。

 感慨にふけっていると旅杖で「遅れんな」尻を突かれる。勿論ウサさんですわ。牛並みの扱いは相変わらずで、ゴジョウ坊らにも我々の関係性がバレてしまったようです。それでも罵倒されながら三週間歩き切りましたわ。僕エライ!誰か褒めてくれ。


「明日はニコに着きまするぞ」

 ニコと言うのは都まであと二日ほどの集落で御用牧があるのだという。ヤギや羊ではなく牛と馬を飼っているというから商売敵ではなさそうだ。その方角、彼方の空に

「あっ!煙が上がってる!」

白昼にもかかわらず分かるほどの煙があがり棚引いていた。

「おお、あの辺りがニコで、あれが雲立つ山でございますよ」

火事かと思えばそうではなく

「え?火山?」

「火を噴くことはございません。山の頂には地の底まで続いているような穴があり煙が上がっているのでございますよ」

休火山なのだろうか。火は噴かないというが、それは人間の時間でだから地質的には分からない。麓に住んでるのは危なくないの?と思うが、桜島も鹿児島市街から結構近いのを思い出す。

「頂の穴には熱うてとても近寄れません」

いやいや、危ないから。

「それに何とも言えぬ臭いがいたしましてな」

火山だからね。ハッとした。もしかして…

「そこ、温泉あったりする?」

「おや、ご存じでしたか。ええ。ニコには湯が出る泉がございますよ」

ヤッホーッ!風呂ですよ、風呂!

 都まで二日の距離というニコに辿り着いたのは深山の村を出てから二七日目のことだ。ほぼ一か月だって?もう、聞くも涙(草とか言うな)語るも涙の苦難の旅路でしたわ。ごつごつとした茶色の山肌を曝した、さほど高くない山の麓を街道が掠めてゆく。頂から揺蕩う煙も長閑な山は裾に近づくにつれて緑が増え、人の世に辿り着けば一面の草原で牛が放牧されていた。牛舎らしい建物に集落と田畑。地質のせいか水田は数えるほどだ。

 そのニコの村は槌音で賑わっていた。新しく館を建てているところで、屋根、柱はあるが壁はちらほら、建具等は全くない建物が見える。完成にはまだかかるらしい。「顔見知りでございますから」地方との行き来が多いゴジョウ坊らが言うように挨拶の後は湯屋へ案内される。水浴びじゃないんですよ。風呂ですよ、風呂!異世界転移して以来最高にアガるわ。洗濯もしちゃおっと。


「温泉じゃーん!」

 男湯は片屋根と脱衣スペースがついた半露天。積上げられた木材を見るにこちらも建築途中なのかもしれない。その雄大な景色を欲しいままに疲れを湯に溶かす。たっぷりのお湯なんて贅沢すぎる。もともと湯が湧いていたのだろう場所に石を敷き囲って、さらに高さのある木枠で縁を設けて湯量を確保してあるのだ。湯は湧き出し続けているのだろう、贅沢にも縁を超えて流れてゆく。湯温を調節するためか脇には竈が設えられており、さし湯をすることができるようになっていた。いいじゃんいいじゃん!

「もう、ここで一生終えてもいいィ~」

 元々こだわりは薄いほうだ。こんな不便で不衛生な異世界でも暮らせてしまうくらい。ヤギ飼うのも牛飼うのも大差ないと思うし、帰れないならもうここで良くね?と思うのだ。じんわりと体が温まる。掛かり湯をして、頭体を洗ってから湯につかる僕を皆は奇異な目で見ていたが、下着である単衣の帷子を着たまんま、或いはコレトウのように褌のままで湯に浸かるあんたたちの方が変よ。湯に浸かりながらゴジョウ坊が首を捻る。

「このような建物はなかったのですが……」

 半年ほど前にゴジョウ坊らが都を出た折には湯屋や差し湯の竈はなく、集落の者は腰までつかる程度で汗を流す物だったらしい。まあ半年も経てば様変わりするって。館も普請中だったしね。

「いやしかし…この変わりようは……」

「何が変なの?温泉ってこんなもんでしょ?」

訝しむゴジョウ坊の方が僕には不思議。

 村長の話を聞かねばとゴジョウ坊が独り言ちたその時、女湯の方角から悲鳴が上がった。ウサだ。ゴジョウら、コレトウと顔を見合わせる。風呂なんか入ったことない(マジか)というウサにはニコの村長に人を付けて貰っていた。温泉の使い方を説明して貰っていたはずなのに何事だろう。ウサとは言え一応は女だ。農奴にするための人攫いもいるというし…。体も拭かずパンツを履いて単衣だけを羽織って女湯に向かう。

「ウサぁ、大丈夫ー?」

 男湯と違って女湯は板塀で囲われているのだ。脱衣所の外から声をかけるが、返事はない。

「何か困ってるのかー?」

反応なし。コレトウと顔を見合わせる。「人呼んできた方が良くない?」コレトウが首を傾げて

「開けるぞ」

ナチュラルに扉を開けた。マジか!一応女湯だぞ、そこ。

「んがっ!」

瞬間、眉間への衝撃と共に僕の意識は途絶えた。


 意識がなかったのはほんの十数秒だったらしい。脇に転がる湯桶をみて僕の意識を奪った衝撃の正体を知った。単衣の前を手で押さえていたためにモロに顔に食らったらしい。その状態で仰向けに倒れるとどうなるか分かりますね?しかも女湯の入り口ですよ、ここ。

「み、ミカミ殿…」

むくりと体を起こす。このシチュエーション、覗きで捕まったヘンシツその物ではありませんか。ってか、痛えし!クソガキなんか全裸もヌードもすっぽんぽんもどうでもいいんじゃ。

「ウサっ!大丈夫かって聞いてんじゃんよ!」

 流石にこれは怒っていいのではないでしょうか。って、あれ?視線の先にはクソガキではなく、ウサと同じ年頃の女子が一人。その色も鮮やかな衣装や脇に控えた成人女性を見るに身分が相当高そうな女児である。彼女が身に付けているのは小袖に袴の卒業式スタイル。いや小袖の下に着こんだブラウスのせいで大正時代の女学生みたいだと思う。扇で顔の半分を隠しているが、顔やその手のボコボコとした痕が目についた。どうしたんだろう。病気だろうか。ニキビの痕なんてものじゃない。僕も水疱瘡になった事はあるが、それがそのまま残ってしまったような痛々しさにちょっと毒気を抜かれる。その痘痕があってさえ大きな目や形の良い唇、その魅力は失われていない。結構美人なんじゃないの、この子?いやいや、そうじゃない。ウサはどうしたよ。女子は僕を一瞥すると

「ここの所に衝立が欲しいね」

等と言っている。あ、ウサみっけ。女児の向こうで帷子を引き寄せて蹲っているではないか。あぁと納得。知らない人に裸を見られたと言うところかな。温泉だからね。ともかくも緊急事態ではなさそうで一安心だ。女子が何やら声をかけると大人の方が動いて、単衣の着物を蹲るウサに掛けた。そこへ

「何事だ」

騒ぎを聞きつけたのだろう、供を連れた身形の良い男までが現れる。

「あー大丈夫大丈夫。男の人は散って散って」

女子が手を振りながら脱衣所の引き戸を閉めて出てくる。

「私達が入って来たせいで、彼女が驚いただけ」

「それは?」

尻を払って立ち上がった僕を指す。チカンじゃねえぞ。被害者だからな。「あの子の連れかな?」女子は首を傾げる。クソガキが何て言うのかわからんが事実はそうなんですよ。憮然としたままの僕ではなく、声をあげたのはゴジョウ坊だった。

「参皇子様、参皇子様でございますな」

「おや、其方……」

男の方はゴジョウ坊の名前は出てこぬが顔は分かるようだ。ゴジョウ坊さん、都の役人ですものね、貴族繋がりですか。

「チハラに連なる耳にございますよ。」

参皇子と呼ばれた男はああ、そうだったと言うように鷹揚に頷く。男の背後の供らしい男も力を抜いた。「では、こちらは妹君ですな」と女子にも一礼。やはりお貴族様で、この二人は兄妹か。兄ちゃんが妹を心配して駆けつけたの図ね。ゴジョウ坊が言う。

「こちらは私が都へお連れした方でございます」

中の女子もと付け加える。

「貴族か?」

そこ重要なんだと目を瞬く。直接口をきいてもいい相手かどうかってことよね?身分制度ってこういうものかと感心しちゃう。男の問いにゴジョウ坊は一瞬だけ躊躇って告げた。

「神人でございます」

 異世界転移から苦節三ヵ月。「えっ!ここじゃない世界から?異世界から来たの!」このやり取りを待ってました!さりげなく帯なしの単衣の前を袷て押さえる。中、パンイチだからな。さあ言え。「何ぃ!神人だと?」言ってもいいんだぞ。兄妹が顔を見合わせる。これも少しの間をおいて女子が口を開いた。

「そういう事ってあるんだねぇ」

あれ?何その反応。驚き畏れ入ってくれないの?

「私もそうなんだ」

はい?

「神人らしいよ、私も」

はあぁ?

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