第23話 帰宅(一次)

 馬車に乗り込んだところまでは覚えている。

「この分ならば暗くなる前に都へ着くだろう」

 兄の言葉がまだ耳に残っている。竹簡をばらまいては大騒ぎしているカンムロの奴が帰路まで一緒の馬車ではウザいから、捨て置いて行ってしまおうか、歩いても二日だしね等と考えていたのまで覚えている程だ。それなのに

(!)

 伏せた本から目を上げたままの格好でベットに座っていた。携帯の日付と時間を確認すると同時に首筋に顔にと触れ、さらには袖を捲る。痘痕が、ない。音を立ててベットから飛び出し、机の上の鏡を引っ掴む。

「…私だ」

 階下から「何暴れてるの?」母の声。私はアキラコではなかった。

「………夢?」

 まさかあんなに濃密で現実感を伴った、時間だって流れていたあれが?だが、時間は一分も経っていない。

 そうやって帰ってきてからずっと考えこんでいる。


 何故、私はあちらへ行ったのか。

 何故、私はこちらへ戻って来たのか。


 私は知らず知らずのうちに何かをしていたのだろうか。考えても分からない。そうだ!神人はこれまでにも居たと言っていた。神世より来て神世へ帰るのだと。そうだよ!私が行って帰って来たのだからほかにも私と同じ経験をしている人がいるんじゃないの?SNSやネットを手当たり次第に検索をかけて驚いた。こんなにも異世界行ってきた奴がいるってどういう事?ラノベアニメ情報だけじゃないんだよ。ネタだよね?世の中トンデモさんがこんなにいるとは思いたくないし、万が一この中に本物が居ても分からない。モウソウの人だとヤバいから書き込みなんかとてもできない。じゃあ、どうする?このまま再びこちらで自分のモブさ加減にうんざりしながら日常に埋もれてゆくの?

 イーヤーでーすぅっ!

 だいたい「出会い」もなかったし、こちらの知識で作った商品、ダウンベストとスイートポテトの利益も手にしてないんだよ?結果を一切確認できないっておかしいでしょ。一度目があったのならば、二度目があってもいいじゃない。何かがきっかけで、何らかの法則があるんじゃないの?よく考えて私!そしてもう一点、前回は準備不足だった感は否めない。中世的世界で私の知識はほとんど役に立たなかったのだ。今度こそこれを持ち込めばウハウハ富豪生活の知識か技術が必要でしょ!


 家に近い分館で予約した本を受け取るようにしているので、図書館の本館へ行くのは久しぶり。小学生に帰宅を促すチャイムはもう鳴ったから館内は大人ばかりだ。人が疎らで落ち着いた感じがいい。市立図書館は火曜と金曜だけ夕方七時まで空いていて、仕事帰りに寄ることが出来る。勿論ネットでも情報検索は出来るけれど、幾つもの資料を広げて検討したり、キーワード検索では出てこないような資料を発見するには図書館の方がいい。「彩り自然派生活」「立体裁断の基礎」「近代工業化 初期の技術」等々を抱えてフロアをうろつく。

「五木さん?」

 ふいに声を掛けられて足を止めた。振り返ると図書館スタッフ。イイ身体と言うのとはかなり違う、チビの私から見れば小山のような男が通路に詰まっていた。

「あぁ…」

 同期で市に奉職した子だ。デカいというか太いというか、相対的に顔は小さい筈なのに小顔の印象が全くないのは摩訶不思議。こちらから名前が出てこないのを察して名乗ってくれた。

「熊本です」

 同期の子達とは初年度の顔合わせで食事や飲み会が何度かあった。気の合う子達は別にグループを作っていったのだろうし、それぞれが配属先に散っていったからグループSNSにもう動きはない。クッソ、あの頃同期グループの重要性に気付いていればもっと動きようがあったのにィ~。名前も忘れていたことはおくびにも出さず聞いてみた。

「図書館配属だっけ?」

「資格持ってたし、希望してたから」

嬉しそうに頷く。はて?こいつこんなキャラだっけ?と、オートモードでセンサーが発動。ズーム&ピンと調整でクリアーに左手をクローズアップ。

(な、何ィ!)

左手薬指に指輪、だと?いや、ちょっと待て。新卒二年目だぞ。しかも、こいつが?無言の叫びと眼圧(本来の意味ではない)で当人に気付かれた。

「あ、これ?近く結婚するんだよ。彼女シングルマザーなんだけどさ」

いや、そこまで聞いてねえし。

「ふふ。この僕に彼女とかって驚いたでしょう?ハゲデブメガネの三重苦だもんね」

「い、いやそんな事ないよ、熊木君」

図星だ。

「動揺して間違えてるよ。熊本ね。僕ね、ずっと思ってたんだ。世の女どもはみんなイケメン好きで、三高の男に群がるって」

 ムッ!

「熊沢君さぁ、それ言ったら男だってそうじゃん!寧ろ見た目さえよけりゃあ、え?って言う女をちやほやするし選ぶよね?」

「より取り見取りみたいな男そんなにいないよ。大半はフツーかブサメンでしょ?でもさ、違うんだね。ああ名前も違うから、熊本ね」

反論する私に「予定アリ」の男は余裕綽々だった。

「彼女が教えてくれたんだ。私でいいって、自分を気に入って一緒に居てもいいって思ってくれる相手がいいんだって」

ぐぬっ!「彼女」!その単語に打ちのめされながら思った。その通りだよ。見た目なんかそれほど重要ではない。きゃあきゃあいう相手とお付き合いする相手は違うのだ。見た目は着る物選んだり生活習慣を一緒に見直せばいいのだから。

「男だってそうだよね。フツーの男はさ」

 では、現状この外見とこのスペックの私でいいって人は一体どこに居るんだろう。どうやってそんな相手を探すのよ。が、「予定アリ」男は自分が喋りたい事だけ喋って元の話題に戻った。

「僕がどうでもイイのは十分わかったんだけど、何探しに来たの?資料ならお探ししますよ」

「さ、最近、発展途上地域の開発に興味がわきまして…」

いや、かなり苦しいぞ、私。抱えた本の一番上は『一攫千金のアイデア一〇〇』。

「あとは神様に身体を貸すっていうのかな?憑依現象?って調べられる?」

 言ってから気付いた。慌てて付け足す。

「あ!オカルトとかカルト宗教にハマってる訳じゃないからね!そういうんじゃないから!」

彼氏いなさ過ぎてカルトとかサイアク設定だわ。

「病気の方?文化的な話?それとも歴史?」

「え?そんなに色々あるの?」

「多重人格なら精神疾患。恐山のイタコって聞いたことあるでしょう?口寄せとか巫術ならば民俗学的なものも宗教史的なものもありますよ」

 異世界行くヤツ。そんな事は言えない。

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