第22話 新規事業策定

「温泉サイコー!」

 温泉です!案の定「雲立つ山」の山中にはいくつか湯の湧く場所があり、地元民が利用していた。山の湧水が流れる川の一部に水温が高い場所があるのだ。そこに川原石を積み上げて膝ほどの深さにまで湯が溜まるようにしてあった。地元では男女時間帯を分けてはいるんだって。

「私も入りたい!」

と言ったところ一悶着あった。「尊い御方が?」「下々が使う場所など」「野外でございますよ?」そもそも貴族は風呂に入らないのである(マジか!)。水を運び湯を沸かし座って腰まで湯に浸かり汗を流す。そんな贅沢宮都ではそうそうできない。禊の意味でのサウナはあるが禊というくらいだから頻繁には利用しない。こちらに来てから身体を拭くぐらいしかしていないのだ。それすら無理を言って用意して貰っていた。

「ヤダ、絶対入る。私貴族じゃないもん。神人だもん」

ここは譲れないと駄々をこねた。だって温泉だよ?

 渋るフジノエとの攻防の末、地元民を遠ざけて、筵と杭で囲いを立てることで譲歩を得た。手間掛けさせてごめんなさいだが、牧人達はサツマイモの栽培に興味津々だったから喜んで手を貸してくれた。髪は濡らさないという約束で湯帷子を着こむ。下着のまま風呂とか変な感じだが、箱根にだって水着で入る温泉あるもんね。そう。頭は洗わせてもらえないのよ。「そのような準備はしておりません」真っ直ぐで長く艶やかな髪が美人の第一条件なので、洗うと手入れをする必要が出てくるのだ。頭は数か月に一度くらいしか洗わないんだって。アリえん!

 湯上りには搾りたての牛乳を飲んで縁側で夕涼み。おやつは何とミルクケーキですよ!ねっとりと甘くミルクの風味が口いっぱいに広がる。乳蘇ね。牛乳を煮詰めて作るんだって。この御用牧からは税の一部としてこれを治めている。「悪くないな」相変わらずツンが入っている兄様とキヨカ、護衛の者たちも汗を流してきたらしく皆さっぱりとした顔をしている。

「フジノエもお湯を貰うといいですよ」

はいはいと返事をしているが、フジノエは入らないんだろうな。下々と一緒のお湯なんか嫌なのだろう。身分制度って面倒くさ…ん?

(貴族専用のお風呂があったら入るんじゃない?)

 これって商機じゃない?


 フジノエにマツカゼ、兄様にキヨカ、そして神祇寮のカンムロ。グループミーティングです。

「温泉リゾートを作ります」

うふふ。ようやく異世界ものっぽくなってきましたよ。そうそう。温泉宿云々というストーリーが幾つかあった。日本人温泉好きだからね。あれ、私もやる!そして単純に私が毎日風呂に入りたい。

「「「「?」」」」

 現代日本人にとって風呂は重要で災害時に自衛隊が支援してくれちゃう程のものだけど、海外旅行に行けば分かるように実は湯に浸かる、頻繁に体を洗う習慣は珍しい。

「庶民が汗を流すために利用している温泉ですが、これを貴族も利用できるようにしたいと思います」

「はあ…?」

 気のない返事が返ってくる。今回の視察、まさかサツマイモの普及だけで満足したんじゃないだろうな。そもそも興味のないカンムロには神世のお風呂事情など説明しておく。「温度設定ができるシャワーとお湯張り機能が付いた浴槽。いい匂いのするシャンプーとリンスで髪もサラサラ」「毎日入るのですか!」驚くとこそこ?

「離宮を建てるという事か?」

 兄様が首を傾げる。温泉は良いものかもしれないが、国家の繁栄とは関わりがないだろうと言う。為政者としては好感が持てるが、そうではないだろう。

「違います。王家の別宅を建てるのではありません」

アキラコの身上をどうするのか、そちらの問題である。

「この世の極楽!これをお一人様一泊二食付きいくらで提供いたします。これはビジネスチャンスです」

「「「「……」」」」

またも全員が疑わしい顔。旅は道中の知人宅や伝手を通してその館に泊めて頂くもので、野宿も珍しくはないのだ。この館にだって泊めて頂く為に幾ばくかの銀子を包み、食材を持ち込み調理をしてもらっているのである。でもそれって最低限の必要経費な訳ですよ。そこに付加価値をつける。快適さと贅沢と珍しい経験、サービスだ。

「その分を料金として頂く」

物を売るのではなくサービスを売るという発想から説明しなくてはならない。

「ここで宿をとる必要のある貴族など幾らも居らんぞ」

地方の領と行き来する者がせいぜい。宮都から馬車で半日ということは、馬車や馬を使う者は宿泊せずに通り過ぎてしまうのだ。商売として成り立つとは思えないと言う。

「違います。温泉に入る事を目的にこの地へ足を運んでもらうのです」

その場合、この距離は有利だ。だからそんな顔しないって。

「身体をキレイにするの気持ちがいいよね?こんなに香を焚きしめなくても不快な臭いがしないのですよ」

これは西欧でも同じだが香、香水は臭い消しのために発展してきた歴史がある。「…うーん」「…臭い」まずは主の懐事情を心許なく思っているキヨカとマツカゼが揺らぐ。香は貴族にとってマナーだが値が張るのだ。手始めに湯壺の整備を行おう。庶民が利用している川原にはほかにも湯が湧いている場所があった。それを整備する。肩まで浸かれるように石で組む。石材加工は近場で出来る。洗い場も欲しい。湯温からすると足し湯が必要だろう。

「清潔にすれば病気にもかからない。不衛生にすると病原菌が体内に入る機会が増えるのです」

「穢れが落ちるという事でしょうか?」「そんなもんです」その辺はイージー。人目に触れないように囲いは必要だが、露天の雰囲気も残したいよね。脱衣スペースを含めた建物ね。

「健康にもいい。血行促進。血の巡りが良くなればそもそも病気をしにくい。肩こり腰痛には筋肉をほぐすのが良いのです」

あー、マッサージもいいな。座りっぱだから足が浮腫むのよ。

「美しくなるのも素敵でしょう」

髪を洗って乾かせるようにしたい。髪は簀子に広げて乾かしてもらう。ここでは生理休暇どころ洗髪休暇がある。つまり髪を洗うのはそれくらい手間という事なのだ。

「髪を洗うために温泉に足を運んでもらってもいい筈。洗髪のプロフェッショナルにマッサージ。椿油も用意して艶々に」

「「!」」

フジノエマツカゼが目を輝かせていますぞ。ドライヤーとかヘアアイロンも欲しいな。

「美味しい物も食べて。神世のお料理もご用意しようじゃありませんか」

牧場なんだしさ牛乳とか肉とか…四つ足はあんまり食べないんだっけ?ならば、養鶏場も作るといいな。新鮮な卵と鶏肉ね。サツマイモもじきに増える。

「…掛かりは?」

 兄様が落ちた。だからこその費用の話である。当然参皇子やアキラコに出せる物ではない。が、費用の全額を国庫から出すと国に保養施設を丸ごと持って行かれる可能性もある。国営化して国庫を潤したい訳ではないのだ。

「そこが問題なのよね…」

最低ラインとしてアキラコをリゾートのオーナーにして収益を得たい。

「とりあえず着手して、その間にお金になりそうなアイデアを出すってのはどう?」

まずは着手金。そこでカンムロにこちらで取り入れる事が出来そうなバランス釜を紹介する。「水って火にかけると温度が上がるけれど、対流を起こすでしょ?」「ふむ?」「熱せられて温度が上がった部分が上に上がってくる」図説して見せる。「だから浴槽に管を通して管の部分を加熱する。と、下から熱するのではなく温かいお湯が巡る訳」「ほほう!」完成すれば当然この温泉施設でも使う。

「作って、見たいと思わないかい?」

ほかにもこの程度のものならば幾つか案は出せそうだ。勿論タダではありません。

「…イツキ様、悪いお顔になっております」

兄様はまだ思案顔「財部とも協議が必要になる」だが、凡その絵図はかけた。後は資金調達だ。

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