第21話 出会いと旅と(またも意味違)

 旅行ってのは良いよね。煩わしい事なんかスパッと忘れて、景色を堪能して、美味しいもの食べて。非日常が新しい発見をくれるの。ちょっとした出会いなんかもあったりね。何が縁になるか分からないじゃない?って万が一の期待感もいい。移動の手間、それもまた旅の醍醐味…って違うよね、これ。

「これ何とかならないの?おしりが痛いんだけどっ!」

 舌を噛まないように大口で喋る。馬車での長距離移動はきついんだわ。更にはガタつきが腰骨に響く。この年でぎっくりとか笑えない。非日常的苦行だろ、これ!

「車輪を改良しようとか思わない訳?サスペンションとか言わないからゴムタイヤかせめてスプリングで座席のクッション性高めるとか!」

「ちょっ!それもう一度!」

 御者席から神祇寮の叫び声と「わぁっ!」キヨカの悲鳴が上がり紐で綴られた竹簡が巻きを広げながらばらばらと落ちてゆく。カンムロがメモを取ろうと暴れているのだ。馬車に席がないって断ったのに、ついてきたんだよ、この男。あーあー、カオスだわ。


 王への謁見のあとから神祇寮の記録調書に付き合った。謁見時の続きで主に税制度と土地の所有について。これは私にも答えられる。納税者であり(取られてますよ~)税によって雇用される公僕なのだから。これらを検討してどう国を運営してゆくかは管轄外なので気安い。カンムロ等が欲しがったのは取り入れることが出来そうな技術。こちらは結構難しい。「電気とはそもそも何でしょう?灯というだけではないのですよね?」電気は大量に使っていたけど説明は出来ないよ。一般にそうだよね。あれ?私だけ?歯車や滑車は一部利用されているので、水力や風力は利用していそうだ。が、その次の段階と言えば蒸気機関かなと思うけれど、金属加工技術が追っついていないようで、石炭もない。それでは何が出来るだろうか?ああでもないこうでもないとの話を三四人に囲まれて記録される訳よ。「君の話を聞かせてほしい(イケメン)」ならばゥギャーッとなるが、キワモノのカンムロに当時代のフツ男ABCではテンションも上がらない。そもそもこいつら私ではなく神世の知識が欲しいだけなのでアキラコの可愛さも身分も痘痕も一切スルーなのだ。

 さらにはその間、巻いてある白い布(高価だけど紙よりリーズナブルらしい)を渡され「襟はこの形に裁断して縫い合わせるのよね?」「これは肌が露になりすぎ」ひたすらファッション画を描かされているのだ。もう一人のマニアさん、ハトリベである。私は洋裁もデザインもやってない。着る方専門なのよ(泣)。いやね、神世の知識、オーバーテクノロジーに魅せられるのは分からなくないのよ。技術の積み重ねや試行錯誤なくいきなり正解、成果を得られるのだから。例えば私の元の世界に未来人とか宇宙人とかが現れたら質問攻めにしたくなるだろうけど、まさにそんな感じ。でも連日八時間ってのはなくない?異世界転生者ってもっといい思いするはずではないのか。確かに宮城の暮らしは引籠っていた館でのそれよりも衣食住に豊かなもので、留守番していたマツカゼも呼び寄せた。だがしかし、これって出会いを求めるどころか拘禁されてるよね?警察の取り調べだってもっと優しいよ!

 労いの意味か兄様から白扇に乗ったクレマチスの花(仙人草っていうらしい)が届いて、今更ながら衝撃の事実に気付いた。

「出会い」の次はどう進めればいいんだ?

 マッチングアプリでは何度もSNSでやり取りしてから実際に会うかどうかを決める。こちらの世界では?フジノエとマツカゼに尋ねたところ、何度も手紙をやり取りする中で盛り上がるものだという。いきなり顔を合わせたりしないのは同じだ。マズい。手紙なんか書けない。書道は小学生の間しかやっていない。百人一首も覚えてない(パクリはさすがにマズい)のに和歌なんか作れない。そうこうするうちに宮城内で巧妙に痘痕を隠したアキラコの姿を見かけたらしい男から文が届き始める。くそ!美人はこれだよ。が、返事は出せない。カラオケ行ったのにアニソンしか歌えないのと同じだ。…どうする?

「私、参皇子様のお役目に同行することになっておりますので」

 要するに逃げた。


 兄が視察に向かう先は御用牧である。徒歩ならば健康な者でも二日はかかるという距離だが、馬車ならば半日もかからない。その辺りまでは道の整備もしっかりしているのだという。女性は普通牛車だというが、どれ程かかるか分からないからスピード重視の選択だったんだけどね。御用牧は車を牽かせる交通手段や農耕利用のための牛馬の飼育を行っている場所だ。乳や肉、皮はあくまでも副産物であるというから感覚が狂う。同行するのは兄と従者のキヨカ、護衛が騎馬で三名。私のお世話係でフジノエにマツカゼだ。神祇寮のカンムロは振切り損ねただけなので同行者とは言えないだろう。馬車は四人掛けなのでキヨカを御者にしてもフジノエとマツカゼを同行すると満席の筈だったのに。御者席は一般に使用人席だからね?カンムロの場合は貴族であること(結構な身分らしい)を鼻に掛けないのではなく、この男興味がない事に関しては一切どうでもイイのだ。興味の対象?私だよ。そんな興味の持たれ方有難くも何ともないわ!

 御用牧の近くには石材採掘と加工場もあるからそちらにも立ち寄る予定。これら事業の改善、効率化提言が今回の視察の目的だ。壱皇子弐皇子が派遣された鉱山や金属精錬事業に比べると国家としての重要度は劣る気がするが、その辺りが兄の立場や地位といったものなのかもしれない。その「雲立つ山」の名のままに頂を白く煙らせた山の麓に石材の露頭がある。謁見の間の石敷きの床や柱の台座、宮城で使われている石材は主にここから運ばれているのだそうだ。その山の名を聞いた時から予想はしていたが火山だ。麓に広がる草原と放牧された牛馬が点在する様はよく似た風景を思い出す。「阿蘇山みたい~」「存じておりますよ。キュウシュウ地方を代表する火山の…」先の神人がこの地を訪れた際に同じ事を言ったらしいが、もはや誰一人カンムロの言に耳を貸さないのに案内の者が目を白黒させている。勿論当人はそんな事は一切気にしていない。

「良い所だね~」

 が、どうにもアキラコが心配するような事は起こりそうになかった。そう、本来私が兄の視察に同行しているのはこの国の技術発展のためではない。兄様が視察を無事に終えることが出来ないのではとアキラコが恐れていたからだ。

「アキラコ心配し過ぎだったんじゃない?壱皇子弐皇子の怪我ってのも犯人がいるわけじゃないんでしょ?視察なんて失敗しないよ、普通」

 アキラコの不安はこの長閑な風景を眺めているとどうにも首を捻らざるを得ない。

「そうでもない。私も何かはあると思うておった」

「織り手の意のままに、でございますよ」

 妙な言い回しだが、こちらの慣用句か。

「そっかなぁ?火山の火口を見に行くとかしなきゃ別に危なくないんだけどね」

「…その予定はある」

「は?」

 おいおい死ぬ気かよ。カンムロから補足が入る。「神人から伝え聞いた地中の資源を利用するというのがありまして」火山で?天然ガス?地熱発電とか?いや、無理だから。中世だよ?どう考えても無理でしょうよ。

「現状の技術力で利用は難しいから行かなくていい!」

 断言して予定を変更させる。カンムロ、メモとるな。

「まさか兄皇子達の視察もその手の?」

 上二人が怪我したのもそういう理由だったんじゃないの?「ぼうりんぐという事は出来ませんから鉱山資源の分布を追うには掘るしかありませんし、精錬事業はより大規模化を目指しておりまして…」思わずカンムロをガン見してしまう。皇子等に夫々振られた視察って神世の知識の検証か!聞きかじった中途半端な知識なんか役に立たないどころか有害じゃないか。眉間を揉む。

「火山や地熱利用じゃなくて火山地域の特性を生かす開発提言にしなさい」

「しかし、弟の私だけ助言を得て上手くやるというのも…」

兄様はまだぶつぶつ言っている。分かってないね。神人である私が同行している時点でチートだしズルいんだよ。

「いいの!三兄弟の場合って一番下の優しくて賢い弟が上手くやるのがお約束なんだから」

そうでしょう?三匹の子ブタも金のガチョウも長靴をはいた猫だってそうだ。末弟を助けるのだから神人の私が長靴猫の役割ね。日本で言えば山梨とりのお話。その手の話は世界中どこにでもあるって事で納得しろ。

「…優しくて賢い」

そこに反応してどうする。状況分かってんのかとイラっとしたので突き放しておく。「貧しいっていうのもよくあるパターンね」「……それに三兄弟ではないぞ?」

男子では四番目に未成年の皇子がいるし、今回視察を割り振られた者には王太子自身の末弟でアキラコの元婚約者もいるという。というより、重要なのはそこじゃない。ともかくも代替案で視察の成果を出しましたという取り繕うよりないのだ。何かいい案…火山地域ね…。


「このような芋があるのですか!」

 まずは私達の食料として持参していたサツマイモを全て種芋として提供する。

「このあたりの土地に適していると思います」

サツマイモの普及を目指すことにしましょう。御用牧周辺は火山灰が堆積してできた土地で水田には向かない。田が数えるほどしかないのは水はけが良すぎるせいなのだ。確かサツマイモの葉や蔓は家畜の飼料としても利用できるはずで一石二鳥。食料増産、安定供給はいつの世にも重要課題なのです。でもまあ、パッとはしないよね。そして地熱利用と言ったら、もう決まっているではないですか。


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