第20話 貴族社会の洗礼(意味違)

 出会いをね、求めていました。ドラマチックで息をのむような。相手は昔の男の人だから一本木で果断、ストイックな感じかな、なんて思っていました。武士のイメージね。平安貴族なら風雅で繊細な、心を汲むやり取りとかね。…ええ、偏見なんですね、それ。平成ゆとり世代がおしなべてぼんやりではないように、バブル世代が全員派手好き、金銭感覚破綻者かと言えば、そうではないように、そんなカテゴライズは何の意味もない!実感を持って理解しました。問題はそれが目の前に二人もという事だよ!おかしいでしょ、これ!

「(前略)…と推察しておりまして、この真偽の程を検証する必要性が…(中略)…先におわされた神人なのです。具体的な例証を挙げますと水利における「ぽんぷ」でございますけれど、水を満たす…(後略)」

 自己紹介もそこそこに息継ぎ無しで喋り続けている男、神祇寮の次官だと言う。その髪型は禿、肩で切り揃えた童形のそれ。しかも前髪ぱっつんだ。平家物語では下仕えの童として描かれていた。でも彼、成人男性ですからね?兄らと同じ貴族風の詰襟なのだから、神祇寮のカンムロ氏こちらの常識に照らしても可笑しい。そして

「ちょっとぅ!独り占めしないでよ。良く見えないじゃない」

「だから、触るなと言っている!」

 副音声はこちら。シスコン兄とバトっているのは私の左の袖を捲り上げ、下に着ているシャツのフリルの縫い付け方を検めている男、ハトリベ。ウェーブのかかった髪を両の耳脇に垂らして後ろはやや高めに結んでいる。目鼻立ちはそれに見合うイイ感じなのに、乙女系?お姉キャラ?口調から察せられるようにかなり残念な男だ。何しろ開口一番「脱いで!」で兄様をキレさせていた。カンムロは神世全般、ハトリベはファッション限定で神人に興味があるらしい…ってレベルじゃないじゃない。捕縛されてるよコレ!御前を辞して廊下に出たとたんこの二人に捕まったのだ。ええ、息をのむ展開ってこれ。

 いやね、リアルでだって芸能人レベルにイケてる男なんてそうそう居ないですよ。学校で言えば3クラスに一人くらいそんなのが居て、へえ、格好いいじゃないがクラスに一人二人。スポーツマンって感じよねとかデキる男ってくらいな訳ですよ。それが女子の中のそういった層(女子の場合は約半数がこれに含まれる)ときゃっきゃしてるのを眺めているモブが世の中過半数なのです。異世界転生して私ではない美少女になったのだから脱モブして、逆ハーとは言わないまでも周囲も同レベルかそれ以上になると思っていた。ところが、ですよ。ややまし血縁関係者、キワモノA、キワモノB、婚約破棄された相手って、異世界来てまでナンデヤネン!出会いって何?ここから私は何をどうすればいいんですか。

「ここで騒ぎを起こすな!移動しろ!」

 呆然自失でされるがままになっていたが、別室で待機していたフジノエとキヨカが合流したところで兄様がキレた。側仕え二人のあぁ…という納得の眼差しでこの二人がある意味有名人である事を理解する。

「ああ、そうでしたね。では神祇寮の方へ」

「神祇寮じゃ着替えがないじゃないの!」

 ハトリベが金切声を上げる。やっぱり脱がせる気なのね。

「さあ行きましょう。お見せしたい物もあるのです」「ちょっと聞いてんのあんた!」

 カンムロ氏、ハトリベ嬢(男だからね)など眼中になく、兄様がギリ、フジノエとキヨカに至っては認識すらしていないかもしれない。いや、ホント興味ない事はどうでもイイ事丸わかりだわ。何時の時代にも、異世界にだって居るんだねぇ…こういうの。カンムロは気がせいているのか先に立って歩きだす。ハトリベが囁く。「ごめんなさいね、あんなでも悪い男じゃないのよ。夢中になると周りが見えなくなるだけ」いや、あんたも相当だよ。


 神祇寮があるという東棟へ向かう途中もカンムロは喋り続けている。熱が入るあまり、その速度に私達がついていけていないのにも気付かない。「もう、失礼しちゃうわよね」案内になっていないのだ。エスコートの概念…ないね。そんな一般的な事に関心のあるタイプにはとても見えない。ってか、よく社会人やっていられるのレベル。その背中がかなり遠くなると(カンムロの声は聞こえる)「このまま機織部の工房に向かっても良くない?」ハトリベはハトリベで言いだす始末。と、カンムロとすれ違ってこちらに向かってくる女性達がある。あれ?と思ったのは彼女達、洋装なのだ。官服の墨染め袴ではなく長袖のロングワンピース。洋装自体が貴族風なのだが、そこまで華美でないところを見ると側仕えのレベルか。事前に講義を受けた宮城の貴族事情に照らすと

「あら?参皇子様に…アキラコ様じゃありませんこと?」

王太子の第二夫人である二宮様に仕える方々という事になる。二宮様が住まうのは奥の院でも洋館なのだ。確かこちらにも皇子一人(足骨折した人ね)、皇女一人がいたはずだ。ふおぉぉ!貴族間の権力争い?これ!こういうの待ってました!兄様が前へ出て私を背にかばう。

「これは二宮様のところのカガミ様ではありませんか」

 私の予想は大当たり。で、カガミ様は何しに来たんだよって、明らかに偵察だよね。アキラコに神人が降臨したことを耳にしたに違いない。それが事実か否か。もはや脱落したと考えられていたアキラコと参皇子が次期立太子争いに復帰するのか否か、それがパワーバランスにどう影響するのかと言ったところだろう。

「お久しゅうございまする。御変わりありませんでしょうか?」

 彼女達は今しがた私が王に神人認定されたことを知らない。いや、事実異世界から来てるんだけどね。兄とフジノエが口を開こうとしたのを遮る。

「申し訳ございません。私はアキラコ様ではないのです。イツキと申します。どうぞお見知りおきを」

 後ろ盾もなく成人したばかりの、そのまんま取って食われちゃうようなアキラコじゃないんだわ。

「まあ!まあ!神世の御方でございますの!」

 カガミ様ご一行はやや大袈裟に驚いてみせる。いや、ここは初対面の挨拶が先でしょう。こっちはあんた誰って感じなの。だが、

「それではカブラギ様にはまだお会いになっておられませんの?」

 だからぁ、何で私がアキラコの元婚約者に会わなければならないの…あ、彼女達あくまでも私をアキラコとして扱うつもりなのだ。アキラコが自分に神人が降臨したと偽っている設定ね。しかも破談になった相手の名前だす?私がアキラコだとしても顔合わせたい訳ないじゃない。いや「惜しいことした」と思わせてやろうとはしたけどね。つまり、これ喧嘩売られてるんだよね。しかもカガミ様とやら、

「先程カンムロ様と行きあいましたが、これからご審議ですのね」

すぐに化けの皮が剥がれるとでも言い気な小馬鹿にした口調で。面倒な雰囲気を察してハトリベが口を挟んだ。

「カガミ様、見て頂戴。イツキ様の小袖にふりるの組み合わせって素敵でしょ、これ!」

ハトリベは私をイツキと呼び、神世の知識があると示して見せた。

「…斬新ですわね」

 宮城の服飾の一切を担う機織部の彼は奥の院にも影響力があるのだろう。ああ、こうやって戦えってことね。了解。

「こちらは神世とはずいぶんと違って戸惑う事ばかりでございますわ」

 微笑みながら

「こちらではスカートの広がりが小袖と変わりませんでしょう?向こうではギャザーを増やして膨らみを持たせるとか、パニエを入れたりしますのよ」

二宮様では洋装に興味があるようだけど、そう詳しくもないんですね、だ。相手の服装にダメ出しして神人であることを主張しておいた。が、

「何、その「ぱにえ」ってのは!ちょっと詳しくっ!」

いやいやあんたが食いついてどうするの。しかも

「アキラコ!」

え?元婚約者殿?振り返ればカブラギの姿が。婚約破棄は早まったと思ったのだろうか、退室した私達の後を追って来たらしい。が、再開の挨拶どころが怪訝顔の私に

「…アキラコではないのだな…」

本当に私がアキラコではない事を察して立ち止まる。ええ?口調や立ち居振る舞いだけでそんなに違う?ってか、ショック受けるなよ。再会を喜び合うような関係じゃないでしょうよ。さらには

「何をやっているのですか!神世の記録をとらねばならないと言ったではありませんか!」

対象失認していた弾頭がUターンしてきて、もうぐだぐだ。宮廷貴族の熾烈なバトルはどこ行ったんじゃ。どうすんのこれ。

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