第19話 宮城デビュー

 旧都から新都の宮城へ向かうのは我々だけではなかった。荷駄の類が堀河沿いの大路に列をなす。この国で物の輸送は水運が主で各地で徴税された品々は旧都の川の荷上場に収められ、さらに新都へと陸送されてゆくのだ。旧都から新都へ入ったのはすぐに判った。道に、そこかしこの塀にも赤いレンガが使われているのだ。焼成レンガは三〇年ほど前の神人が伝えたという。

 新都も旧都と同じく堀河を渡す都大橋を境に貴族街と平民街が区切られている。貴族街から平民街を貫く大路もレンガ敷き。館の一部にもレンガを使用したものが見受けられる。先日、何故馬車があるのだろうと訝しんだが、これだ。少しの雨でぬかるむ道では馬車は難しい。このレンガ敷きの道が整備されてこその馬車なのだ。そして大路の先に宮城。

「はああ!」

 レンガ塀に挟まれた丹塗りの城門だけで人が住める程。都の大門に次ぐ大きさで、和洋混淆の佇まいは不思議な重厚さがある。門の先は広大な庭にレンガ道。旧東京駅舎を思わせる洋館が宮城だった。正面に車回し。三層だと思われる建物は中央の棟から左右に広がる。左翼の向こうには倉庫だろう建物が数も分からぬほど続いている。王の住まいである内宮はこの裏に位置するらしい。降りた馬車は右翼の先へ。駐車場があるのかも。敷地は想像がつかぬほど広いのだ。門の門衛とは別に立哨がいる。こちらは取次も兼ねているのか兄らに近い良い格好で足元も革靴。ひえーっ。これってやっぱり国の宮城だよね。よく考えれば謁見って首相官邸訪問とか国会召喚とかそういうレベルの話だよね。異世界物でよくあるけど国王に謁見とか全校集会レベルで緊張するモブにはムリぽくない?私だって市長室が最高だよ。今更だが大丈夫か、私?

 開け放たれた扉の先はホール。広い。左右に木造の階段が設けられ二階のテラスからそれぞれの棟へと続く。テーブルと椅子に桃割れ髪の女給がいれば大正時代のミルクホールといった雰囲気だ。

「土足じゃん!」

「洋装はこの宮城の中だけだ」

 私と同じ墨染めの袴に小袖の女官がちらほらと行き交う。支給は袴だけらしく、上着は様々。男は兄らのように詰襟が大半で胸や肩に付いた装飾で身分を表すらしい。この宮城の内だけで行政に纏わるあらゆる職掌、徴税、財務、軍事、政策立案、法務、インフラ等造営、交通逓信の業務が行われているそうで、その官吏の一部がそのまま暮らしているために厨房だけで三つ、服飾専門の部署まであるというから、ここだけで一つの街と言ってもよい。ここに神人が居る。異世界の技術と知識がここにあると知ろしめるためにこれだけの建物を作ったのだ。神人に伝え聞いた神世の暮らしを可能な限り取り入れたのがこの宮城なのだ。兄様が言う。

「官吏には不評であるよ」

 宮城に部屋を賜り暮らしている者は勢い土足で机に椅子の洋式の暮らしをせねばならない。中にはこっそり筵や円座、畳の類を持込み折衷様式で暮らしている者も居るらしい。こっそり教えてくれた。

「王も奥では裾を曳いておられる」

 先代、先々代の王が神人流を好んだためにこういう事になったらしい。


 謁見はおそらく各部署の責任者だろう人々が十数人とその脇侍が集う中で行われた。輝くほど白いの漆喰の壁に大天井を支える木製の丹塗りの柱が並ぶ。床は板ではなく石敷き。玉座周りの天井からは薄絹が垂れ彩を添える。圧巻だったのは玉座背面のガラス窓だ。

(ステンドグラス!)

 この世界に来て初めてガラスを見た。元の世界でも窓にガラスが入ったのは随分後だ。技術が伴っていないからガラスはそれほど貴重なのだ。嵌め殺しの窓に入ったガラスの大きさに開いた口が塞がらない。平坦ではないし厚みもありそうだが、とりどりに色を加えたそれが光を通し撒き散らす様は神々しくさえある。神人によってもたらされた強大な権力と技術は宮城の広間に結晶されていた。壇上に設えられた豪奢な椅子にこの国の王、その人が在る。直に目を向けてはならないと教えられていた。

 胸章、肩章と盛り沢山に飾り立てた男。あれが王、アキラコの祖父。脇に立つやはり飾り立てた壮年が王太子、アキラコの父。後ろの控えめな二人は秘書官か。ここへは朝礼報告に合わせて来いとの事だった。私達が来ることを聞かされていなかったのか、この国の政治の中枢を司るのであろう男達がちらちらと振り返る中、案内に続き「前へ」王の前に出た。跪く。

「面を」

 私が顔を上げると同時に「ほぅ…」賛嘆のため息が漏れた。「参皇子様のご同行とは、アキラコ様か!」「痘瘡というのは…?」「神人流の化粧かや」ざわめく。

 兄が口上を述べる。来意は予め伝えてある。本来ならば息子が父や祖父に話をすればいいだけの事だ。娘の身に「神人が降臨しただと?ちょっと連れて来い」でもいい筈なのだ。それがこれ。家族的な交流は望めない。或いは真実でないならば衆目に曝しても構わないという事で、いずれにせよ私たちの味方であるとは考えにくい。そして私の番だ。

「イツキと申します。半月ばかり前にアキラコ様のお身体をお借りすることと為りましてございます。こちらの作法を弁えず、ご挨拶遅れました事どうかご容赦くださいませ」

 狼狽えた風な親父など「我が娘が神人などとは到底…」ガン無視してくれるわ。

「王、王太子のお二方様におかれましては、お身内という事でアキラコ様の御身がご心配かと思われますが、神人とはいずれ神世へ帰るのが理。それまでの間アキラコ様のために働かせていただきとう存じます」

 台詞は予め練習させられてきた。

「アキラコのためにとな」

 王である祖父からは感情を読み取れない。ぬう。

「はい」

「その姿のままに神世より降臨りた神人は知りおるが、人の身を借りるとは古きものに聞くばかりよ」

 これも予想通り。まあ、そう簡単には信じられないでしょう。三〇年前の神人も神人はその姿のままの異世界転移だったっていうしね。

「そのように仰るかと思い、思いつくばかりに神世の品など急ぎ造らせ参りました」


 予め物は秘書官だという者に収めてある。私達の目配せで漆塗りのトレイに乗った品物が運び込まれてきた。

「ダウンベストと菓子にございます」

 こちらにも羽毛の利用はある。鳥の羽を混ぜながら織り上げた羽織りは撥水性を高めた布だ。羽織の語源ね。衣類の形状としての丹前もあるが、内側に羽毛を詰めて保温性を高める利用は無いのである。市場の鳥屋からスズメの羽を集め選別し、フジノエとマツカゼに縫ってもらった。生地はこちらの最高品質で兄が自分の調度を売って仕入れたものだ。

「薄く、軽いのに暖かい物でございます。神世では寝具に使用することもございました」

 ほうと声が上がるが、季節がらちょっと押しが弱いのよね。

 もう一つはスイートポテト。異国の船荷だった(古い食料は売り、新しい物を仕入れて帰るのだそうだ)が、その色が「腐っておるのではなかろうの」「気味が悪い」と売れ残っていたサツマ(?)イモを入手したことで作ってみた。芽が伸びて来ていたものは館で畑に植えて増産中だ。ここではまだ普及していないとみるサツマ(?)イモを潰し裏漉しした上で蜂蜜を混ぜて練り焼いた品だ。上に柚子の蜂蜜漬けを飾った。いやぁ、蜂蜜高かったわ。兄様には随分散財させた。

「甘藷は私が居りました国では広く栽培され様々な利用がありました。この国にはなくとも異国の地にはこの国の風土にも合うより良い物がまだあるでしょう。異国との通商において私の知識を役立てることは出来るかと思います」

 毒見は済ませてあるのだろう。王は高足台のうえの菓子を一つ、二つと口に入れ王太子に下げ渡す。「ん!」それを口にして親父が目を見張った。砂糖も蜂蜜もあるが甘味はまだまだ珍しいのだ。さらにそれらはその場の貴族達に振舞われる。場がざわついた。「ほぅ!」菓子を口にしては口々に喋り始める。

 さて、この中にィ、アキラコを婚約破棄した男がいる!「あれだけで神人だとは…」お前か?違うな。「しかしこの菓子など…」お前か?違う、な。「いや、あのお姿もまた…」お前か?違う…。こちらをじっと見る者がある。歳は兄様くらい。胸章を確認。お~ま~え~か~。くっそ、なかなかいい身体つきしてんじゃん。が、よくも痘痕ごときで婚約破棄してくれたわね。ムカつくので視線を絡めて殊更艶やかに微笑。おぉ、ウロたえとる、ウロたえとる。ふふ。


「確かにこれらは目新しくある」

 勿論ここまで予想済み。前二品は前菜だ。

「神世の技が国を強く、富ませてきたことは知っておろう」

 もっと役に立つものを出せという事だ。石油を採掘したり金属精錬の反射炉を作ったり、後は軍事面。あれからよくよく考えた。私が知っているむこうの常識とこちらの世界の違い。しがない地方公共団体職員に何が言えるかを。

「私はまだこの国に何があって何がないのかを知らないのです」

「ですが」微笑んで続ける。

「神世とこちらでは異なると感じたものもございました」

 目で促される。

「税です」

 国家としての重大事の一つは歳入である。これに関心がない筈がない。

「こちらでは人一人に付き税を掛けておると耳にしました。神世においては収入に対して国が税を掛けております」

 この世界では給田による人頭税が基本で戸籍でそれを管理している。がしかし、収穫量の増加が消費人口を超えれば、給田収入以外の産業に人は流れる。この先商業が台頭すればどうだろうか。田を耕さない者から税をとる制度を作っておかねばならないだろう。寧ろその収益の方が大きくなることが確実なのだ。

「神世には徴税を専門にする役所と収入を申告する制度がございました」

 税務署だ。「人の儲けをどのようにはかる」「正しく申告する者など居るまいに」失笑が漏れる。

「神世にも歴史がございます。そのようになる以前にはこちらと似た方法で徴税しておりました。しかし、給田を単位に税を徴収していては不作の時に問題があるでしょう」

 税を払うと食べて行けなくなるとしたら耕す者など居なくなる。既に棄田が存在し、田を捨て逃散する民がいる。都市への流入民も同じだ。次に出てくるのは土地や人を集めそれを実質的に支配する層が生まれる。ここから先は日本史の話。

「その結果、浮浪の民や奴婢を私に抱え込み、本来国の物となる筈だった財で力をつけた勢力が生まれました」

 再び静寂が降りた。そしてそれはこの世界での現実でもある。口を閉ざしたのはまさにそのようにして財を成しつつある貴族層だ。税制を何とかしなければ国家体制そのものが危うくなるよと言ってやったのだ。


「イツキよ」

 王の呼びかけに皆がハッとした。アキラコの名ではなく私の名を呼んだ。そして「その身を神祇寮に預ける」と。神祇寮は神人に纏わる記録、研究を行う部署だと兄から聞いていた。

(よしっ!)

 つまり王は私を神人だと認めたのだ。

「今後出仕することもあろうから、宮城に部屋を賜ろう」

 そしてもう一つ。

「王よ。参皇子様には近く視察の御予定があると伺っております。私もより見聞を広めるために参皇子様の執務に同行させて頂きとうございます」

 あの晩アキラコは祈っていた。王太子がその皇子等に国内産業の幾つかを視察に行かせている最中、一番手の壱皇子がその視察で怪我を負ったという報が流れていたのだ。壱皇子は金属精錬の多々良事業で腕にやけどを負ったらしい。その命が兄参皇子にも下ったのだ。アキラコは兄の身にも何かしら起こることを恐れた。月に泪を零すほど案じた。私がこの世界に召喚される直前の話である。

 何とも不穏なことに私がこちらに来てすぐに、同じく命で動いていた弐皇子が負傷したとの噂が流れた。鉱山資源の採掘場で足を骨折したらしい。共に犯人など居らず偶然の事象ではある。だがしかし巷では様々に噂されていた。もとより次期王太子の力量を計る視察である。王太子に相応しくないのではとも呪われているのではとも。偶発事故に意味があるとも思えないが、私が同行すればこちらの常識では量れずとも、現代知識で危険を察知できる可能性はある。アキラコや兄様のためにその位はしてもいい。その許可が欲しかった。ここまでが今回の謁見の目的だ。王が口を開く。

「許す」

 パーフェクト!所定の目標を達成したぜい。深く首を垂れた。

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