第18話 「出会い」に関する一考察

  市場散策デートは定番イベントである。珍しい物、可愛い物を発見してはしゃいだり、目移りして迷ったり。美味しいもの食べて楽しんで、相手の普段とは違う一面を発見したりして、ココロの距離をググぅうっと縮めるの!別れ際には「今日の祈念に」なんてちょっとしたプレゼントがあったりのサプライズもよし!(5秒ちょっと長め)

「ってか、出会ってねぇーし!」

 恋愛イベントが発生しそうな相手と一緒ではなかったことに気付いたのは市場散策から帰ってからで、自らの手落ちに「うおぉお」とか後悔の叫びをあげている。何しろ同行者は妹を護る(悪役=私)保護者位置の兄様と従者位置のキヨカで微塵もそんな雰囲気なかった。お忍び中の皇子や貴族子弟とも遭遇しなかった。「そのような事をなさる公達はおりません」フジノエに呆れられ、食ったのはスズメの黒焼きなのである。帰り際に異国の商船の積み荷だったという芽が出た芋(食料の残りだそうだ)を箱で手に入れたのは収穫だったが、

「やり直しを要求するぅうう!」

 相手を見繕ってのリベンジを誓う。

 一般的にこの世界で結婚相手とどうやって出会うのかフジノエとマツカゼに尋ねた。答えは簡単である。「家」だ。身分が高ければ高いほど政治的な意味で結婚相手が決まる。寧ろそうでない方が珍しい。宮廷恋愛絵巻なんて憧れるが、アレは著しく身分の高い奴が好き勝手やってただけでフツーは自分が手を出せる範囲を弁えているものだそうだ。ぬぅ。ここの宮城では男女ともに勤めているが職掌が異なるからそうそう「出会い」はないという。皆恋愛話が好きなのはレアケースだからだなんてショックが大きい。いやね、政略結婚でもイヤイヤでも罰として(参考資料による)でも相手によってはハッピー溺愛展開アリですよ?んがしかし、それすらなかったらどうするんじゃ!異世界来てんのに「出会い」なしって、何ソレ?

 思えば「学生の本分は勉強」あれが最大の落とし穴だった。男女交際は学業の妨げ、トラブルの元、勿論それは一理ある。だが、異性に一切関心を持たないでいるのに、社会人になったらいきなり関心を持つ/持たれる、そんな筈ねぇのである。大人になりさえすれば引く手数多なのはそこそこ見た目がイイか男女比率か著しく偏っている場合だけだ。自分で相手を選ぶ/選ばれねばならないのならば、行事や共同作業てんこ盛りだった男女共学の学生時代というのは最大にして最後の機会であったのだ。親教師の言葉を鵜呑みにして「男子なんかバカばっか」というスタンスを崩さなかった私、バカはお前だ!適齢期になれば好むと好まざると親兄弟親戚が相手を見繕ってくる「お見合い」が慣習の社会であるなら「学生の本分は勉強」それでいい。が、「相手を選ぶ権利」がまかり通った結果、選ぶ機会さえない層が生まれているのが現代社会のヤミなのだ。


 中央で分けて後ろに流していた髪を切って前髪を作った。当然のように兄は大反対だったが、アキラコの意思は確認できないし、私だってこんなさらっさらな髪を切るのはもったいないくて嫌だったけれど、防具は必要との判断は全員一致だった。防具即ちアキラコが苦にしている痘痕を可能な限り目立たなくする装いだ。横髪は耳隠しに掬い上げ後ろで華やかに纏める。色染めの組紐を何本も使い花に見立てた飾り結びと櫛でデコレーション。後ろ髪はそのまま背に垂らして首筋を隠す。髪を結うのは男ばかりで女は背か根元で結ぶかの差だけだ。黒髪の美しさを際立たせるためなのか分からぬが、結髪の華やかさを知らぬとは。

「まあぁ!古の貴婦人か異国の物語に出る天女様のようでございます」

 この髪形はフジノエにもマツカゼにも大好評だった。アキラコ可愛いし、頑張った甲斐があったというもの。私は図説しただけで結ったのはマツカゼだけどね。マツカゼは貴人の絵姿や像を見るのが趣味なのだそうで、古い装束や髪形に詳しいのだ。そう言えば文武と天武の兄弟が取り合った(半ガセ)持統天皇も結髪だったよね。宮廷恋愛とかキュンキュンするぅ…と脱線脱線。それはさておき装束も大事。まずは動けることが第一だけど、やっぱり可愛いのがイイ。小袖の下に来たシャツは大き目で手の甲までをフリルが覆う。首回りも同じで立ち襟にフリル。既製品などないから兄のお古をリメイクしてもらったのだ。

「まぁ、このふりるとは華やかで」

 着物の下にシャツを着るのは男の書生さんのイメージだけど、フリルやレースがついた浴衣のメロウな感じを取り入れてみたですよ。着る人選ぶけどアキラコならオッケー。これに女官のお仕着せだという墨染めの袴に草履を合わせる。そして口元を隠す扇。

 マツカゼに紅を指してもらう。現代の鏡と違ってそこそこしか映らない鏡で化粧は難しい。眉の長さや目とのバランス、睫毛の間を塗りつぶすようなアイラインの色置きを説明してマツカゼにお願いした。ベタ白粉は無し。アキラコの瑞々しいお肌には白粉なんかいらんのよ。ああもう、流石お姫様。こんなの見せびらかしたくなるに決まってるじゃない。そしてアキラコとの婚約を破棄した男に歯噛みさせてやるのだ。わはははは。

「マツカゼは化粧が上手ね」

 私は化粧が上手い方じゃない。高校までの校則でも化粧は禁止されていたし、大学の入学式は母に、成人式は着付けと一緒にメイクも頼んだから何の疑問も持たなかった。何のイベントかと思うほどに綺麗にして大学に通う女子等をよそに、この私が下手に着飾って「あれが彼女とかないわー」「ブスが色気付いたよ」「世の中出来ることとできない事があるからね」自分からイジられるネタを提供してやる事ないじゃん、そう思っていた。

 化粧なんか誰でもしているのだから難しい事ではないと勝手に思い込んでいた私は甘かった。就職活動での初の自力化粧は眉と唇ばかりが目立つ、塗ったくった顔で本当に親が飯を噴いた。化粧は技術であり技能だ。毎日肌を整え、ベースを造り、立体感を出し、バランスを考えながら色を指してゆく。長所を引き出し、短所を目立たぬように、そして化粧をしていないかのように自然に。時間をかけて身に付けなければ出来る事ではなかったのだ。寧ろブス程テクニックを磨いて詐欺メイクを手に入れるべきだった。別人メイクどころか別人の身体を借りて改めてそう思う。

「姫様だからこそですよ」

 とマツカゼは謙遜する。自分などは化粧をしても「よく人に笑われたものです」嫌な思いもしたと言う。マツカゼは明らかにこちらの世界で嫁き遅れている。元々大した身分でなかった上に相手を連れてくる筈の親を早くに亡くし親族は地方住まいなのだそうだ。その上、際立った容貌でもなかった。この世界の女にしては高身長。中央分けの髪形は頬骨が高いのが目立って損をしている。スタイルはいいのに小袖に袿ではラインがでない。もはやこの先良き人との「出会い」もなかろうと思ったとき、マツカゼは落ち目となり人が離れ始めたアキラコ付きの侍女に手を挙げたのだという。

「アキラコは可愛いけど、私はチビデブ。顔デカいし」

 スタートラインが他人のはるか後方だと清潔でありさえすればいいでは「出会い」はない。

「ケーキってアイシングが大事なのよね。味が良くても食べたいと思わせるデコレーションがなきゃ選ばれない」

「味がある」が最高の褒め言葉な私でもケーキじゃないから試食をどう?なんて出会いは勘弁。食べた口コミなんか(ヤリマンかよ)評判落とすだけなんだわ。意味を説明すると

「分~か~り~ま~す~」

 マツカゼと手を取り合う。ヤバい。何かすごく居心地がいい。ここで解りあったままだと独女のままなので二人でリベンジを誓う。いや、見た目で婚約破棄されたアキラコも含めて三人ね。


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