第17話 定番市場散策(相手なし出会いなし)

「すごい人出!」

 思わず声に出るほど市は盛況だった。旧市街の市よりも目新しい物が多いと言うので新都の市まで足を運んでいる。新都の市は東西の二つだが、旧都に近い西市はややも劣ると言う。それでもこの賑わいようだ。建物は瓦のない平民のそれだが、常設の棚や見世台が並ぶ。面白いのは大八車に似た人が曳く車に商品である野菜や魚の類を並べている姿がかなりある。傘ほどもある平たく大きな笊に商品を並べ頭の上に乗せたまま売り歩く女の姿もある。はたまた筵を敷いてその上に穀物や篭笊笠の細工物を並べる姿。え?あれってクツ?沓売ってるよ。古着屋っぽい店もある。行き交うのはほぼ平民である。男は膝下を搾った袴。髪を一つに括り烏帽子に収める。女は単衣に腰に布(しびらと言うらしい)を巻いたスタイル。髪は長いのを一つに結んでおり、頭から薄物を一枚被っている者もちらほら。極稀にワンピースのようなものを着ている女が居るがあれは貴族か金持ちの使用人だという。ワンピースなのにしびらと細帯をカフェエプロンのようにつけているのが面白い。袖やスカートにボリュームはないが、装飾的なものだろうか。市で売り買いする者に加え

「あ、お坊さんだ」

 説法しているのか布施を集めているのか僧侶と思しき人もある。異世界にも仏教があるのだろうか。さらには明らかに大陸風の装束をまとった外国人(?)までいる。聞けば宮都より南西の領には港があって海の向こうの異国との行き来もあるのだと。確かに神人だけが知識や技術を手に入れる手段ではない。


「これだから市など嫌だったのだ」

 まだ文句を言っているのは兄の参皇子である。どういう訳か私達一行の周りにはこの混雑の中でも変な空間ができている。どうやら着ている物が上等すぎて身分がバレているらしいのだ。私の格好も小袖に袿、被衣というものなのだけれど。「着てる物減らして、裾なんか帯に托しこんで歩けるようにすればいいんじゃない?」と言ったらフジノエに

「はしたないにも程があります!神人であろうとも、そのような姿をなさることはこのフジノエが許しません」めっちゃ怒られた。何でもそれは遊女の格好だそうで、どの辺が艶っぽいのか全く理解ができないが確かにお姫様が春を鬻ぐ格好というのはまずい。本当は麻布を垂らした市女笠があれば問題なかったのだが、これは売り払った後で薄物を一枚頭からかぶる被衣で済ます。貴族としての格はかなり落ちるらしい。

 それでも兄とキヨカの二人は周囲を警戒するのを怠らない。

「お兄様はお留守番でも良かったのですけれど」

「アキラコだけをこのような場に赴かせるはずがなかろう」

 私ではなく身体が心配ということね。

「私の身体が目的なのですね」

「人聞きの悪いことを言うな!」

 うむ。揶揄い甲斐がある。

 平民は皆薄汚れていた。肌は汚れが残るまま洗っていないのだろう。着物も継があたっているだけでなく、布の目は粗くへたっている。私達一行は明らかに身綺麗でアキラコは美しすぎたのだ。被衣から覗く顔をちらと目にしただけで行き交う者がハッとするのが分かる。何か非常に複雑だ。リアルでは「うわ、居たのかよ!」隠れてねぇ、モブなだけ!「怒ってんの?」三白眼なんじゃ(怒)の私。ダイエットにイメチェンとかして、ビフォーアフターラブコメも狙えやしねえ。そんな扱いは初めてだ。でもこれって称賛を受けているのってアキラコだもんね。異世界物でヒロインはステキ美少女の待遇にすぐに順応していたけれど、モブ人生二五年の重みは違う。借り物の身体だという事を忘れて美少女慣れしたらただの勘違い女だ。

「キヨカは問題なさそうですね」

「私は使いに出る事もございますから」

「良き物はございましたでしょうか」

 そう、それが今日の目的。


 異世界へ転移したことが判明し、兄らを加えて今後を相談したあの日、話し合ったのはアキラコに神人が降臨したことを公にするかどうかだった。こちらにない知識や技術で儲けを出して暮らしてゆく事は多分出来る。貴族ながらも困窮しているアキラコのためにもそうしてやりたい。しかし、だ。神人の存在が世に知れており、それを利用して発展してきた歴史があるここで、それが許されるのかどうか。領主、郡司、衙司、村主等は神人が降臨した場合に届け出る事を知ってはいるだろうとの事。神人でなくとも平素にない事は報告が上がる。私にしてみれば国の発展などどうでもいいのだが、伏せておくのはそれが発覚した時に問題がある。神世の知識は国の行く末を左右するのだ。それを隠して利を得ようとすれば国への反逆を疑われても仕方がない。

 その一方で、神人だと名乗り出てもそれを疑う者がでるだろうと。私はアキラコの身体を借りてこちらへ来た。姿形をそのままに現代から来た神人ではないのである。四人がそれを認めたのはアキラコを良く知る者だからであって、王をはじめ人々の関心を得んがために神人のふりをしているのではないかと疑われる可能性があるというのだ。まあ、そうだよね。「異世界転移してきました!」なんて私だって疑う。ならば私は神人であることを証明しなくてはならない。では、何をもってすれば神人であると証明できるのか、だ。

 区画された街並みをみて分かるように土木技術も、治水技術もそれなりにある。となれば三角測量ぐらいはできるだろうから地図も作れるはず。それでいて私が知っている物、疑う者を黙らせるここにはない技術や知識とは何があるだろう。捻りに捻って「自転車とかは?」チェーンと歯車の構造を説明したが、これもすぐに作らせるのは難しかろうとの事。金属製品自体がまだ少ないのだ。ぬうん。あ、ゴムチューブもないのではペダル重くておしりが痛そう。むう。ほかに何かいい案は…ヒントください。そこで市を訪れたのだった。


「疲れた」

 と言うと兄は目に見えて狼狽えた。行きは過保護な兄が馬車を用意したが、市場を眺めて回るだけでしんどくなってしまうアキラコ、体力なさすぎだ。「ど、どこか休める場所を」キヨカに命じている。

「ご飯食べたり、お茶したりする店はないの?」

 異世界あるある。神人の証明にも珍しく美味しい料理で胃袋を掴むは望むところだが、醤油をはじめない物が非常に多かった。寧ろある物の方が少ない。胡椒は予想していたが、ジャガイモも玉ねぎもない。そういえばジャガイモとかトマトは新大陸アメリカが原産だった。遠洋漁業もないから鰹節もない。お茶するっていっても「茶は薬だ」しかも超高級品らしい。食べ物だけではない。驚愕の事実、木綿がないのだ。綿花の利用は人の移動によって異国からもたらされた物なのだ。えええ?

「食事する店?あるわけないだろう」

 兄は心配し過ぎて青筋まで立てている。一日二食だからそもそも外食の必要がないのである。旅などで必要になる場合は携行食(水で戻す乾燥米!災害食じゃん!)を持ち歩く。そもそもお金を持っていそうな貴族の女性は滅多に外出しないし、庶民は日々の生活に精一杯で外食や食を楽しむなどどころではないのである。何だよぅ、カフェや食堂なんかも難しいんじゃん。もともと料理もそんなに出来ないのに私に何ができるっちゅうの。


 キヨカが探してきたのは市の通りから数本奥に入った糸屋だった。他人の店だよ?それを貴族の権威で言う事きかせた訳だ。こんな傍若無人悪役令嬢っぽくない?と思ったが「…いいの?」「表では休めませんでしょう」飲食店がない以上、休憩するときは他人の家や店先を借りるのが普通らしい。

 市の通りだけではなく店はぽつりぽつりとある。裏手はどうやら職人街らしい。道端や小屋の裏手で竹や木で何かこさえている姿や材料だろう物が積み上げられている小屋の内が見える。何かを煮ている様子や、染め物をする姿は興味深い。市に並ぶ品物は基本的な暮らしに必要な物ばかりで、服飾品、工芸品の類は個別の注文品になるという。

「助かりました」

 と頭を下げた所、店主の男は飛び上がってそのまま土下座。うわっ、土間に額を擦り付けてしまう。申し訳ないし、居心地が悪い。

「イツキ様…」

 フジノエが眉間にしわを寄せて首を横に振る。え?私何かした?聞けば店主らが飛び上がって畏まったのは私が声をかけ頭を下げたのが理由で、寧ろそちらの方が有得ないし貴族としては問題があるのだそう。えぇ?身分制度、私には無理かも。

 店は半分が土間になった小屋で土間の左右が棚になっている。上がり框で商談をするスタイルだ。そこに腰を下ろす。

「フジノエも疲れたでしょう」

 親程の年齢のフジノエを立たせておくのも忍びなく、並んで腰を下ろす。兄は

「店主、水を」

 と命じておいて「そこに居るのだぞ」店を出てしまう。竹を切っただけの箪で水を飲みながら休む。参ったなぁ、神人である事を証明できるようないい案は浮かばない。私ってものを知らないのだと気付いた。普段使っている物の作り方や素材について調べたことなどなかった。転移者偏差値はかなり低い。だがこのままでは困る。

(私にできる事…)

 趣味特技特記事項なしのモブ。ならば視点を変えてみようか。私の居た世界とこちらで何が違うのか。


 背負い籠を負った男が店に入って来た。扇で顔を半分隠した私の姿を認めるとぎょっとして逃げかける。

「構いませんよ」

 すかさず声をかけた。「イツキ様!」声をとがらせるフジノエに言った。

「アキラコを手助けするために何が役に立つか分からないのです。こちらの世の中の事を、人の暮らしに関わることを知る必要があります」

 アキラコを取り巻く状況を考えたのだろう。

「でも余程だったら嗜めてくださいね」

 不満なものの仕方がないと諦めたフジノエと微笑みあって店主と客に向き合う。

「姫様は人々の暮らしをご覧になりたいと仰せです」

 姫様って言っちゃってるよ。まあ、最初からバレてるけどね。男がおずおずと店内に入ってくる。どうやら店主とは旧知の間柄らしい。

「い、糸を買うて貰おうかと」

 板の間に籠の中身を並べる。それに店主がこれで幾ら、こちらは幾らと値を付けてゆく。私たちが見ているせいか値切り交渉も何もなかった。

「話を聞いても良いですか?」

「イツキ様!」

またもフジノエが目を剥くが「…直答を許します」許可が出た。

 しどろもどろになる男の言葉を店主が補足する。税にする布を作るために麻や楮を作っている。余分にできた糸や布は売って生活の足しにし、また塩や鍋など必要なものを仕入れる。これは各人が売りに来るのではなく、村の代表者としてきた、と。生産者が直接売りに来るスタイルで生産管理も問屋もないらしい。ふむ。

 色々と質問した庶民の暮らしは興味深い物だった。土地は王や領主の所有で国民は六歳になると給田を受ける。そこでの収穫の一部が税となる。それは宮都に住む者も同じだ。ところがだ、給田の場所は選ぶことは出来ない。ごくごく初期からの宮都民は近い場所に給田を持ち、家族が死んだときにそれを引き継ぐことができるが、そうでない場合は遠くてとても通えないような場所という事もあるし、家族で離れた場所を給されることもある。給田同士を交換することは出来る。だが、水利や作物の出来不出来、宮都までの距離と様々な条件がある中で、等価で交換できる方が稀だ。それでも交換によって隣接する、或いは近場の給田を手に入れた家族はましな方。給田は耕作せずに放置或いは給田を売り払い職人や工人として生活し、税は銭納する者も多いのだそうだ。この糸屋の店主はその手合いで、妻子は給田があるので朝からそこへ出ているのだという。

(…土地と税か)

 学生時代の日本史の記憶によれば耕作地の減少やその対策が社会制度そのものに影響していったはずだ。荘園や武家の台頭。むむむむ。これはもう少し考える必要あり。「有難う」質問に答えてくれた礼を言うと男も店主もそのまま昇天しそうな表情で頭をさげる。アイドルが微笑みかけてくれたようなものか。すげえな、美人の威力。


 アキラコにと兄様が水菓子等を見繕って戻ってくるまで考え込んでいた。この国にとっての利になるような知識とは何か。新奇な商品で経済を回すと言ってもどれ程の影響力を持てるだろう。

 再び市の人ごみに交じる。ふと目に付いた。

「あれは?」

「焼き鳥でしょう」

 焼き鳥?マジ?

「食べたいっ!」

 ほいほい近づいてみてぎょっとした。台の上に並んでいるのは、真っ黒なスズメの開き、頭付き。うわぁ…。

「スズメの丸焼きです」

 腹を割って内臓を出し、縮まぬように串に刺して広げて直火で炙っただけの代物だった。あぁ…目まで黒い。こっち見てそう(泣)。しかも頭ごと食べるらしい。そういえば京都の伏見稲荷の門前でスズメの丸焼きを売っていると聞いたことがある。まさかぁ、と笑ったそれが目の前に。

「骨が多いぞ」

 食べたことあるんかい。

「珍しゅうございましょう?」

 声を掛けられることも多いのか、鳥屋は貴族様一行に物怖じしなかった。

「鳥屋、話を聞かせてもらえますか?」

 兄はいい顔をしなかったが、糸屋に続きここでも庶民の暮らしについて話を伺う。

 鳥屋は宮都民ではなく、近くの村から出向いてきていた。月に何度かの大市に合わせて出てくるのだという。スズメは開き、串に刺して焼く加工は村で行い、市へは運んでくるだけなのだとか。

「スズメを沢山捕まえるのですか?」

 鳥屋はにこやかに頷く。スズメは米を食い荒らす害鳥だ。

「焼く前に羽は毟るのですか?」

 その通りだと。鷲などの大きな鳥ならば矢羽根にも使えるがスズメでは小さすぎる。要するに捨ててしまうのだ。ふむ。ではまずこれだ。

「それを買います」

 鳥屋を含め全員が眉をひそめた。まずこれが一つ。が、まだ弱い。

「鳥の羽など…」

 兄が渋るのを目で止める。

「装飾品に使えないか試してみたいのです」

 勿論装飾品に、ではない。次の大市までに捕らえて処理したスズメの羽を全て取っておくように言う。小さければ小さいほど良いとも。疑いの目を隠さない鳥屋に前金を少々。

「キヨカ、捨てていたものだから値切っていいわよ。ただし、今後も取引することを考えてね」キヨカに耳打ちする。鳥屋と約束を交わした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る