第16話 お兄様(!)と目標(?)設定

  面白くない。実に面白くない。せっかく異世界転生したのにスキルや加護が一切なかった所為だけではない。まあ、それは三割くらい。夜更けの寂れた屋敷に集うのは小袖の上に一枚羽織ったフジノエとマツカゼに私と男二人。マツカゼは化粧も髪も直したかったようだが、「お待たせするわけにはまいりません」フジノエに窘められてヘコんでいた。男二人が予想外に早く着いたために時間がなかったのだ。二人はアキラコの兄とその従者。供に二〇代前半の身形の良い若者である。マツカゼが恰好を気にするはずで、見た目は現代の感覚でも中々のもの。兄は整った容貌(男化粧はなしだった)で従者も精悍な感じがいい。残念ながら二人は髪や化粧がどうだろうとマツカゼに関心は微塵もない様子である。お兄様ね、お兄様…。

 妹の危機に深夜に駆け付ける兄と従者。初対面の挨拶は「お兄様、なんですね。初めまして私は…」姿は可憐な妹のままであるのに自由闊達な異世界人との交流。感性の違いに戸惑いながらも…(2秒)等と脳内シュミレーションをしていたのに、驚きのあまり

「何それ!洋服着てるじゃない!」

 母屋に入って来た彼らを一瞥するや指をさして声をあげてしまった。いやいや、面白くないのはシュミレーションが役に立たなかったからでもないからね。


 そう、洋装があるんです、こちらの世界。二人は学ランに似た詰襟の服に組紐や文様の入った金属の装飾品を着けている。装飾品が多い方がアキラコの兄で少なめが従者のキヨカ。短めの剣を帯び、髪は一つ結びなのは同じで、明治位の軍装にも似た雰囲気だ。後で聞かされたが、この世界にも神人が着ていた物をもとに作られたボタンやホックで留める洋装が存在し、しかも貴族は神人との繋がりを誇示したがるために好んで洋装をするのだという。洋装がステータスの一種なのは明治の文明開化期に似ている。因みに兄との間には「神人?まさか!」等というやり取りはなかった。アキラコならば兄らの洋装に驚くこと等ないのである。ついでに言えば指差しに大声などという無作法な振舞いをアキラコならばするはずもないとあっさり納得しやがった。いや、面白くないってのはそこでもない、そこは一割くらいね、ケッ。

「其方、名は何という」

「イツキと申します。あいにく名刺は持ち合わせておりません(本当)ので失礼いたします」

 兄の尊大な態度も無理はないと思う。アキラコの兄は単に貴族というだけではなかったのだ。彼はこの国の王太子の子であり、皇子の一人であるのだ。どうやらフジノエが兄を呼ぶために使いを出したのは宮城だったらしい。つまり同母の妹であるアキラコは皇女になる。国の規模は分からないが、お姫様なんですよ!それなのに、だ。


 燭台に明かりが灯されている。兄である皇子が到着したと、爺が取次に来てから灯されたものである。普段は油をケチって月明りで過ごしているのだ。灯はてらてらと四人の顔を照らす。兄とその従者、従者といってもキヨカは兄の乳兄弟で友人に近い立ち位置の彼とフジノエにマツカゼ、四者の話によりアキラコの周囲が凡そ見えてきた。

「アキラコがこの館に住まっているのは痘瘡の所為なのですね」

 私の身体の持ち主であるアキラコは不憫なところのある子だった。皇女であるにもかかわらず第一夫人、第二夫人にも夫々皇子二人、皇子一人と皇女一人と子がある中で、年齢も序列も一段低い位置にいるのがアキラコだ。それでも何不自由なく暮らしていたのだろう。宮都で痘瘡が流行るまでは。

 話を聞くところによるとその病は天然痘だと思われる。高熱、発疹、その膿疱が膿み崩れ、激烈な感染力を持つというそれ。三年ほど前の痘瘡の流行は酷かった。病に貴賤はなく宮城にも痘瘡は広がり、アキラコもその母も罹患した。母は病に克てず世を去り、アキラコは回復したもののその身体に痘痕を負っている。母の後ろ盾であった外祖父の一族もこの例に漏れず、一族の多くを亡くし、屋敷を残して所領へ戻ったと言う。アキラコは成人後に婚姻の相手が決まっていたが、この時期それも破談になったとか。

「流行り病がなければアキラコも宮城に暮らしていたろう」

 ふうん、「流行病がなければ」ね。アキラコは宮城を離れ、フジノエが「古式」と呼んだ平安貴族風の装束をまとい使用人も限られた寂れた館に閉じこもった。当初、父であるという人は人を使って生活の品などを届けていたそうだが、

「それも間遠になりまして」

 人を遣るのが面倒になったか、遣わされた者がそれを軽んじたか。この調度も使用人もなく寂れた館がその結果だ。いずれにせよ父である王太子の関心の薄さがそれを招いたのだろう。アキラコの価値はその血統と教養、そして見た目。政治的な駒としての役割だ。その価値は流行病によって損なわれた。貴族と呼ばれる人々の中で顔や身体に痘痕を負ったアキラコがどのような扱いをされたかは想像に易い。伝染する病と忌避もされたろう。皇子も皇女も他に居る。きっとアキラコ一人などどうという事はなかったのだ。その兄は眉間を押さえて嘆息する。

「神人とは。よもや神人とは…」

 兄、参皇子は母屋に入ってきてからずっと不機嫌さを隠そうともしない。「しかも作法も弁えぬような」兄の言葉に

「久方ぶりでございましたが、アキラコ様におかれましては息災で何より」

 キヨカが被せるように取り繕う。聞こえてるからね。それに、ふーん、「久方ぶり」ね。本来ならば異世界転移などしてしまって、この先どうしてゆくのか検討しなければならないところだ。だけどね、面白くないんだわ、色々と。

「私、アキラコとしての記憶はございませんが、お兄様とはどれほどお会いしていなかったのでしょう?」

「こちらに移ってから、だ」

 はーん、それじゃあ二年以上って事よね。思うにこの館、元々このようではなかったはずだ。父である王太子の関心が薄れ困窮するにしたがって、使用人が去り調度を売りとしてきたに違いない。成人したかしないかの妹がそうして売り食いしている間、兄は宮城で貴族風の洋装で過ごしてた訳ね。で、アキラコに神人が降臨したとみるや、夜更けにも関わらず駆け付けた、と。神人が異世界の知識や技術で富やそれに伴う地位をもたらすであろうとみるや、ですよ。これでは毒の一つも吐きたくなる。

「アキラコに私、神人が降臨して良かったですね。こうしてお兄様にお会いできたんですもの。アキラコも喜びます」

 殊更にこやかに言い放つ。意味は利用価値のある神人が降臨しなければ、会いにも来なかったのでしょうね、だ。

「何だと?」

 あら、さすがお貴族様。当てこすりだとすぐに解ったご様子。ならば包んで飾ってやる必要はない。

「アキラコが引籠って暮らしているのは流行病や痘痕、それだけが原因じゃないよね」


 そもそもの問題として身分制度だとか男尊女卑的慣習だとかがある。もしもアキラコが男で皇子ならば、ここまでの事態にはならなかった筈だ。勿論、異世界の価値観が通用するとは思わないし、別に女権主義者でもなんでもないが、異世界来てまで(来たから?)ルッキズムかよ!単純に女の価値が見た目だけで左右されればカチンとくるんだわ!

「見た目が劣れば用無しって事じゃない。アキラコの価値は顔だけかっての!」

 兄が到着するまでの間に実は鏡を見た。鏡はないと言っていたが、フジノエもマツカゼもいる。無い筈がないし、売るなら最後だと踏んだのだが、やはりそうだった。鏡はただの丸い金属板の裏に持ち手が付いているだけなのだが、それなりに映る。見てびっくり。黒目がちの大きな目に長い睫毛。ぽってりとした小ぶりな唇は触れれば吸い付くような瑞々しさ。夜を流したような艶やかな黒髪がその小さな顔を引き立てる。こんな生き物がいるのってくらい超可憐!確かに痘痕はある。右の瞼の脇と額は髪の生え際に下唇の脇、首筋にも二、三箇所。身体にもあちこちあるに違いない。だけどそんなの些細な問題にしか感じられない程可愛いのだ。

 こんな子が痘痕があると言うだけで持っていた権利も将来をも失っている。そんなこと言ったら、元の私はどうなるよ。顔デカチビの五・五頭身。ぽっちゃりとは言いようの田舎にありがち骨太小デブ。魔力無しでも威圧を与える三白眼。言う事きかない癖毛にお肌は曲がり角。アキラコが価値無しなら私は罰ゲームレベルじゃないか。あ、何かまた腹立ってきた。

「見た目?痘痕の事か?見た目で妹の価値をはかった覚えなぞない」

 兄が目を眇める。リア充センサー反応アリ。センサー音はカッチーンに決まっている。

「はぁ?二年も放っておいて何言ってんの?だいたい外見なんか関係ないとか、人は中身が大事とかいう奴に限って美人の彼女がいたりするんだよ。あんた達にも見た目のいい恋人とか婚約者とかいるんでしょ。居るに決まってるわ。いや、いるね。いいえ、絶対居ます!」

 オートモードで追尾。

「…見目で選んだわけではない」

 虚を突かれて言い淀む兄らに総口撃指令が下る。

「ほうら居るんじゃん!気遣いできる子がいいよね、とか優しい子がタイプとかいう奴に限って綺麗な女を選ぶわけ。そもそもこの人をもっと知りたいと思わなきゃ、気遣いできるかも性格いいかもわからないじゃない。じゃあ、知りたいとか話してみたいって思うきっかけは何よ。結局見た目じゃん。風雅な和歌でも届けてみようって思うのは美人の噂がある相手だからでしょうよ。マッチングアプリだろうが結婚相談所だろうがまずは写真で見た目判断だわよ。性格良い人とか気遣いできる人希望ってのは「可愛くて尚且つ」性格が良い人とか、「美人でその上」気遣いできる人の省略じゃない!見た目が基準以下なら最初っから対象外じゃないっ!外見で判断しない?白々しいこと言わないでよね!」

 若干一名真剣な目で頷くマツカゼを除いて三者唖然。ぬ?マツカゼ、同じ匂いがする。さては独女仲間か?

 最初に復活したのはフジノエで、私の持論は完全スルーで口を開いた。

「イツキ様、それは誤解でございます。参皇子様にお会いになろうとしなかったのはアキラコ様の御意思でございます」

 おう、そうだった。アキラコを放置したのを責めるつもりがちょっくら(?)誤爆しちゃったわ。どうしたものかと目を泳がせたマツカゼも言い添える。「アキラコ様はお兄様に痘瘡を伝染すのを恐れていたのです」医療知識に乏しいために、治れば伝染させることはないと知らなかったのだろう。アキラコ、可愛い上に超イイ子じゃん!

「参皇子様は常々アキラコ様をお気遣いくださっています」

 昨日も兄様が届け物をしてくれたお陰で神贄を供える事も出来たのだと。あ、何もない館に祭壇のお供え物だけは沢山だったのは、そういうことか。キヨカも言う。

「後盾も領地もないのは参皇子様も同じ、国のものは財部が管理しておりますから」

 宮城では衣食は支給になるが自由になる財産がある訳ではないらしい。皇子なのにサラリーマンだとは。では予想外なほど早かったのも、本当にアキラコを心配しての事か。ぬう。リア充だけど(ここは譲らん)悪い奴ではなかったかもしれない。兄はそっぽを向いたままである。

「じゃあ、お兄様は何が不満な訳?ずっと不機嫌だったじゃない」

 政治の駒として使えないアキラコに呼び出されたのが不満というのではなかったならば、何だというのだろう。

「神人となれば宮城に召されようが」

 宮城に赴けばアキラコの姿が人目に曝される。きっとまた詰まらぬ事を言う輩がいるだろう。それでいて神人はいずれ前触れもなく神世に帰るのだ。残るのはアキラコの容姿への悪口嘲笑。兄は再びアキラコをそのような目に遭わせたくはなかったのだ。


「身を立てアキラコ様を護ってゆく事が参皇子様の願いでございます」

 これで解ったろうとキヨカが告げたことで、

「何それ!お兄様アキラコの事チョー愛してるじゃん!」

 別のスイッチが入った。

「何だ~お兄様、イイ奴じゃん。許す!シスコン許すよ!リア充でも嫁が美人でも許しとくわ!」

 生温かい目で頷くとシスコンを暴露された兄が狼狽えて唾を飛ばす。

「おっ、お前に許される謂れなぞないわッ!大体お前はアキラコではないではないか!お兄様などと呼ばれる筋合い…」

「いいじゃん、お兄様ッ♡」

 いいね、いいね、その反応。リア充はいつでも爆破オッケーだが、誤解は解けた。そして、今この場にいる四名はアキラコの、私の味方だと判断できる。空が白みかけている。少ししか注さなかった油が尽きていつの間にか灯が消えていたのにも気づかなかった。

「これならこの先の相談が出来そうね」

 四人はハッとする。アキラコの中身が異世界からの転移者であることを漸く思い出したかのように。

「この先とは?」

 先の事を考えるにあたって誰を信用するべきか分からなかった。アキラコの記憶がないのだからこちらの世界の事は何一つ分からない。が、この四人はアキラコの立場を悪くするような事はしない。そう判断した。

「転移者に神人なんて名前がついている位だから、それを利用する前例があるのよね。若しくはそれほど稀ではないのならシステムとして存在するのでは?」

 私も利用だけされるつもりはないし、この身体にアキラコが戻って来た時に何のメリットもなかったのでは笑えない。

「アキラコは自立するべきだと思う。彼女自身が収入を得て使用人ごと生活してゆけるように」

 この館の寂れ具合を見て考えていた。もしもここで現代の知識が役に立つというのなら、身体のレンタル代ぐらいは払ってゆこうと思う。自分が面倒をみていくと言っていると兄は憤慨するが、

「お兄様も貴族なら一生独身って事は無いでしょう」「まあ、そうでございますね」キヨカは同意する。

「妹を護るって言っても、妻子がそれを良く思うとは限らない。寧ろ小姑をいびる位のことはする。そうなった時、お兄様はどっちの肩を持つわけ?今度はお兄様がアキラコを捨てるの?」

 誰かに食べさせてもらっているからその意思に従わねばならないのだ。兄様が押し黙る。

「所領を持つという事でしょうか?」

「所領でなくてもいい。収入源ね」

「イツキ様はアキラコ様を憐れんでくださったという事でよろしいのでしょうか?」

「暮らしに困るようなことはいやね。それにせっかく貴族女性の身体を借受けたのだもの、大恋愛とかしてみたいじゃない」

「「「「?」」」」

 私以外の全員が何を言われているのか分からないという顔をした。

「痘痕がどうとかって言うけど、アキラコってそんなの気にならないくらい可愛いじゃない。寧ろ痘痕なんか関係ない。そのままのあなたが必要だという伴侶をゲットして見せます!」

 フジノエは貴族女性らしからぬ発言に愕然とし、マツカゼは赤面して頬を押さえ、兄主従は思想停止に陥っている。

「だ、誰が許すか!」

 暁烏を遮っての叫びが館に響き渡った。

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