第15話 状況(妄想)確認

 月が二つもあるのだからもう間違いない。来ちゃったよ、異世界。ぬうん。私の人生波風ない(こと恋愛方面では鏡面のように)と思っていたけどと感慨深い。幸運だったのは現状路頭に迷ったり捕縛される恐れがないこと。裸足で逃げ出さなくてもいいのならば、周囲を見渡す余裕もできる。元の身体に戻れない以上、

(暫くはここで過ごさなきゃならないものね)

 ここがどのような場所なのか、身体を借受けているアキラコがどのような立場にあるのか確かめておきたい。身に付けている物もそうだが、ここの建物は平安時代の造りに似ている。古代中世日本の住居や装束は中国の影響を受けて発展していったと記憶しているが、この異世界ではどんな経緯でこうなったのか。

「塗籠でございますからね」

 私が居た祭壇の間は普段は使用していない事を聞いた。寝所は別にあるので金庫室のような使い方をしているのだとか。こちらへと隣の板の間へ移ることを求められたが、すでにここで一苦労。何が大変って袴の裾が長いのよ。足が隠れるなんてものじゃない。爪先を過ぎて余りある。足を中に入れたまま踏んで歩くよりないのだ。踏み位置を誤ると最初の時のようにすっ転ぶ。裾を前に進ませてから踵を降ろす。要するにすり足でしか歩けないのだ。

「古式でございますから」

 裃の後ろを踏んで転ばせるギャグなら確かに古い。白塗りの彼女の名はフジノエ。主であるアキラコの身体を私が勝手に使用しているにもかかわらず、それを受け入れてくれている。そのフジノエは袴を着けずに足の甲が見える着物を身に付けているのだからズルい。フジノエに手を取られて足を進める。

(ふぉお、貴族っぽい)

 母屋は別棟と廊下でつながっているようだ。母屋一つが公民館サイズでその母屋がそれぞれに建て増ししたような形になっているのだ。庭の一角には長屋のような半ば崩れかけている小屋がみえている。この広さ、寂れてはいるがお金持ちや貴族の屋敷だよね。が、

「ここに何人の人が暮らしているのですか?」

 と聞けば、アキラコとフジノエのほかにもう一人だけ。住込みの門衛兼よろずやの爺と通いで台所師が居るだけなのだという。

(没落貴族ってところかしら?)

 仏壇でも置くのかという簾で区切られた区画にようやく辿り着くと縁取りしてある畳表のようなマットを勧められた。ここがアキラコのパーソナルスペースか。灯の灯されていない燭台に肘掛。呉服屋にあるような着物を掛ける衣桁(ハンガーラックみたいなやつ)に着物ではなく布が架けられている。衝立替わりなのかもしれない。途中まで巻き上げられた簾を除くとこれ以外に調度らしい調度はない。私を座らせるとフジノエは自ら動いて高足台の上に乗った灰色の器に水を持ってきた。そりゃこんな裾長袴なんか履いていられないよね。私が動けない格好をしているのはお世話をされる側だから。或いは裕福ならばフジノエもそれなりの格好で側に控えているだけだったのかもしれない。


 夜が明けてからで構わないと言ったのだが、フジノエはアキラコの保護者であるという兄に急ぎ知らさねばならないと門衛の爺を起こして使いに出した。兄である人は別に暮らしているらしい。もう一人叩き起こされたのはやはり侍女であるマツカゼだ。二〇代と思われる背の高い女で、まだ状況を理解しかねている彼女にフジノエは私が「神人って何ですか?」と尋ねた事を聞かせた。

「神人を知らぬとは…それこそが神人故のことでございましょう」

 マツカゼは化粧が落ちかけた顔で打ち震えた。どうやらその質問が逆に私が神人であることを証明したらしい。彼女らの反応から幾つかの事が推察できる。二人とも他人の意識が別の身体に宿るという事を当たり前のように認めていた。驚きはしても、「ウソをつくんじゃない」「頭がおかしいんじゃないの?」のように有得ないという反応ではないのだ。何よりその現象に名前がついている。「神人」だ。もう間違いない。

「神人とは神世より降臨された御方でございます」

 神人とは異世界人のこちらでの呼び方だ。


 フジノエによると神人は唐突にこの世に現れるのだという。こちらの人にとっては衝撃的な姿、身形で現れるので判明する。赤髪金髪ギャルファッション等々は確かに同時代の外国人より衝撃的だろう。そしてもう一つ。神人はこの世の人の身体を借りて現れる事もあるのだ。これはその言動から明らかになる。同じ社会で暮らす者が知る由もない知識を持っているのだと。私の場合はこちらのケース。かつてこの国に神人がいたのは二〇年程前で、十数年、二三十年に一度はいるというから、フジノエらの反応通りそこまで稀な話ではない。そもそもこの国(ヒというらしい)は神人を守り保護した人々が興した国で、もたらされた神世の知識で富み栄えてきた歴史があるのだ。

 女三人で向き合う。神人認定された私とフジノエとマツカゼ。神人=異世界人の存在はこの世界ですでに受け入れられている。となれば、次に確認しなければならないのはその役割だ。フジノエもマツカゼも主の身に神人が降臨したことで自分達がどうなってゆくのか思案しているに違いない。案ずることはありませんよ。むふふ。膨大な参考書(ラノベ)によれば異世界転生にはたいていオプションがついているのです。「神人」等と崇められている以上、異世界ライフを有利に送る能力やスキルがあるに違いない。そしてその能力ゆえに運命ともいえる「出会い」を得るのです(ここ大事。特に大事)。さあ、何が来る?それによって今後の展開が違うから!バッチ来い!期待値マックスなのを隠して殊更楚々と訊ねた。

「あの、神人とは聖なる力を持っているのでしょうか?」

 国土が魔物だとか瘴気、災害に見舞われる等した時に現れる聖なる乙女。乙女を守り支えあうのは文武に秀でた素敵な男性(フリー)。幾多の苦難を乗り越えて乙女と彼は…(妄想演算〇・一秒)

「いえ、そのようなものは」

 あっさり否定された。ぬう。

「では、精霊の加護とか魔力があって力を行使できるとか?」

 与えられた或いは生まれ持った能力を健気な努力で最大限に引き出し才能を花開かせる乙女。その力を周囲のために惜しげもなく使う姿勢に或いは才能豊かに魅力的に(一見ダサダサでも実は可愛い設定はアリ)成長した彼女の側には共に成長してきた或いはライバル意識から別の感情を覚えるようになった見た目も才能も素敵な男性(フリー)。幾つかの出来事をきっかけに乙女と彼の距離は…(妄想演算〇・一秒)

「いえ、そのようなことは」

 はっきり否定された。ぬうん。

「…じゃ、じゃあ、神人が存在する土地に神の加護が与えられるとか?」

 複雑な近隣諸国との関係の中でとある国家に現れる神託の乙女。乙女を保護し崇める事が国土に神の加護を得る事になる。乙女を繋ぎとめるために高貴で国を代表するような素敵な男性(フリー)と紆余曲折を経て乙女と彼は真実の愛に…(妄想演算〇・一秒)

「いえ、そのようなことは」

 ばっさり否定されて

「…イケてる男が一〇〇%フリーってどういう事?」

 マイ妄想の問題点に気付いてしまった。しかも乙女乙女と連呼することで二五才独女(かつ処女)のHPは著しく削られた。「何のお話か私共には…」さらに侍女二人はドン引き。フジノエは言う。

「神人は神世の知識をお持ちなのです」

 水を治め、土地から多くの収穫を得て、様々な道具で暮らしを向上させ都市を築き上げた。

(そっちかー)

 異世界転生物で言えば、医療系美容系調理系(各種家事系もアリ)等、元の世界で身に付けていた技能で身を立て(さらに交際・結婚相手をゲット)る奴だ。あれ?家事は親任せ、仕事は役所事務の私は何の役にも立たないんじゃないの?と、いう事はですよ、「出会い」なくね?


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