第10話 山本君のおかげです

 翌日からの僕の仕事はヤギ子とヤギ太のための囲いを作ることになった。立木を利用して竹で柵を作る。丈夫に作らないとヤギ子はかなり強い。範囲はかなり広め。再来年に耕作地にするつもりだから。ここでもビニール紐大活躍。いや、ビニール紐マジ有能。異世界行くなら必須アイテムよ!ではなく、収量の増加を図るために僕が提案したのは二圃式農業です!地理でやりました。混合農業との違いに着目よ。三圃式農業は……あれ?帰ったら復習しましょう(帰れねえけどな。ってか今覚えてなくて受験に間に合うの?)

 トイレを水洗にすると人糞尿を堆肥にするという発想が出てこないのは仕方がない。だったらヤギでやればいいじゃないってこと。ちなみに都では平民以下が住まう地域はここのように溝或いはそのまま(どういうこと?)だそうで、貴族が住まう地域は汲み取りなのだと聞いた。都に住まったことがあってもお館様達やんごとなき暮らしをなさっていた方々は汲み取った後のことは知らず、廃棄するのだとばかり思っていたそうだ。神人が築いた都であるし、国の直轄地域は特に収量の多い豊かな土地だというから、どこかで堆肥にされているのかもしれない。これが昨夜話し合った長期計画の一つ。まあ、結果は来年以降でなければ出ないのでどうなるかはまだ未定。

 土を肥やす提案については村の運営サイドでさえ半信半疑なので、今日も繋がれたままのヤギ子が嘶くと非難の眼差しが僕に集中する。村の皆を納得させることが出来たらヤギも増やしてもらう約束だ。そこ、無能とか言ってんじゃねえぞ。


 柵が出来上がってもヤギ子には胴と首に紐が残してある。亀甲じゃねえぞ、そんなスキルはない。今後もいらない(…と思う)。長さをとって胴に回した紐と立木を繋いであるのは再び捕まえる手間を減らすためだ。もう毛を刈ったのにとお思いだろうが理由はある。乳を搾るためである。食料増産計画その一ですわ。当たり前だが拉致実行犯である僕はヤギ子に非常に警戒されていたので、数日かけて様子を伺いチャレンジした。毛を刈られてピンクの肌を曝すヤギ子に抱きつく様を見て男衆は指を指して「女に相手にされねえでヤギと乳繰り合っとるわ」ゲラゲラ笑った。ヤギ毛を入手して信頼を回復したはずの女衆もひそひそやる始末。くっそー、まるきり変態じゃねえか!(泣)本物の乳も触ったことねえのにヤギ乳が先とは泣くに泣けない。この先も機会があるかどうか怪しいとか言ってんじゃねえぞ。おわぁ、やわやわするぅ(泣)。

 悔しいながらもチャレンジ四日目何とか搾乳に成功した。こつはヤギ太が乳を飲み始めたすきに反対側にお邪魔することだ。最初はコップ一杯分にもならなかった。恐る恐る飲んでみると普通にミルクだったので

「これはいける!」

 勢いついた。「ヤギの乳だって?」「小便じゃねえのか?」薄気味悪そうなのは飲乳の習慣がないせいだろうが、今に見てろよ……そればっかだな、僕。


 頬の奥に痛みが走る。ぷりぷりと弾力のある食感、クリーミーで芳醇な味わいはヤギ乳で作ったチーズである。欲を言えばもう少しだけ塩味が欲しいが、目から鼻からこぼれる塩味があるから問題ない。

「うまいよ…これぇ」

 何しろ僕が初めて自力(!)で手に入れた動物性タンパク質である。山本君に多大なる感謝を込めて今日の成果をいただく。お館様とコレチカは「ほうほう」と興味深そうにしているが、サジは「ヤギの乳から食いもんができるんか!」感心している。ありがとう山本君。

 山本君は小学校二年の時のクラスメートだ。記憶にないから馬鹿じゃないけど才能溢れる程でもなかったのだろう(失礼ですよね)。現在の僕と同様(あ、今は僕よりましかも)のモブ雄である。顔どころか名前すら怪しい山本君について僕が覚えているのは一つだけ。夏休みの自由研究である。彼のテーマは『牛乳についてー乳製品を作ってみようー』だった。牛乳からチーズやバターを作ってみようというもので、その手順や実際にできたものの写真が大型のスケッチブックにまとめられていた。教室の後ろに並べられた皆の工作やしょうもない収集物の中で一人だけレベルが違っていたそれだ。先生が「山本君の研究を参考にするといいですよ」手放しで褒め回覧したが、皆「あれ、ママにやってもらったんだよね」と言い合ったヤツ。テーマといいレポートのまとめ方といい小学校低学年に出来る事(何しろまとめ部分にひらがなで「こうさつ」と書いてあったぐらいだ)じゃない(と思う)。ちなみに僕が親に言われて仕方なく提出した自由研究は集めまくったセミの抜け殻だ。それがなぜ記憶に残っているのかといえば、牛乳にホモ・ノンホモという種別があるというくだりで男子が大いに盛り上がり(だって男子なんだもん)先生にしこたま怒られたからだ。今、僕は山本君に土下座できる。山本君、あの時は笑って悪かった。今僕がチーズを食えるのは君(と山本ママ)のおかげだ。


 だんだん上手くヤギ乳を搾れるようになって、五〇〇㎖くらいのところでチーズにチャレンジした。助手はサジさんです。まずは鍋に生乳を入れる。「ゲッ!」入れた所で非難の声をあげるのも助手の仕事です。鍋は火から離して沸かないようにかき混ぜる。

「お酢ってある?」

「ええ?あるけど……」

 サジが分けてくれた酢はお酒みたいな臭いがしたけれど、舐めてみると確かに酸っぱいので大丈夫だろう。酢を入れるとすぐに固形分と水分に分かれ始めた。見た目は豆腐みたいよ。

「きれいな布ってある?」

 鍋を火からおろしながら聞くと

「ええ?そんなもんねぇよ」

 助手殿は警戒気味に後ずさった。そうよね。あったらコレトウの包帯にしてるもんね、と納得して一番目の細かな笊の上にあけて水気をきる。ありゃりゃ、目が詰まりそうだがあとは助手にお任せしよう。水分も勿体ないので今夜の雑炊に使うつもりで残しておく。笊の上のチーズ?は柔らかすぎるので、自然乾燥でしばらく待つ。やっぱりキッチンペーパーとか欲しいよね。少し表面が乾いてから軽く握って固めた。少しだけ摘まんで口に入れる。

「!」

 すげーよ、山本君!ちゃんとチーズになってるよ!すげーよ自由研究!助手は一口食った後「絞るのに晒し布があった方がいいな。ハトジに貰ってやるよ」と言った。あ、実績があればもらえるのね。そんな感じで短期計画進行中。


 チーズ作りに成功してから、もっと多く作るためにヤギ乳を貯めておける容器がないかとサジに相談した。

「うーん」

 サジは唸った後、コレトウにあれを使っていいかと伺ってから瓶を一つくれた。飯を食った後に鍋を洗い、ヤギ乳を軽く煮沸してから瓶に入れておく。明日倍量になったらまたチーズを作って食べよう!

 と思ったのに、朝起きたら

「…ナニコレ」

 ヤギ乳から泡が出ていた。一日で腐っちゃったの?そんな気温じゃなかったでしょ!昨日一日の乳を搾る労力を思うと涙でそう。捨てるに惜しく顔を寄せて臭いをかいでみると

「酒臭ッ」

「あぁ、それ酒の瓶だったし」

 あ、それでコレトウに許可貰ってたのね。って、洗わねえでよこしたのかよ。いやいや、それよりも残り香とかそんな臭いじゃないぞ。はっとした。

「この泡って!」

 恐る恐る杓子ですくって口に含む。

「酒だ!」

「酒?」

 サジとコレトウも寄ってきた。ヤギ乳は発酵していた。泡はそのためだ。酒の瓶に残っていた酒精がヤギ乳に混ざったのだと思う。わずかに酸味がある甘酒という感じ。

「酒だ」

「酒だな」

 なんで子供が分かるのよ。ケシカラン。これは良いとコレトウに好評だったので、お館様、コレチカから順に男衆に勧めてみる。ヤギ乳と聞いて受け付けない者もいたが、ヤギ酒は瞬く間になくなった。ヤギの小便とか言ってた奴、誰だっけ。ここで飲まれている酒は濁り酒だけど、材料は米が主で酒にするくらいなら食べたい家族と揉めるのでそうそう作ることは出来ない。しかも作るのにはそれなりに手間がかかるらしい。ヤギの乳を瓶に入れておくだけってのは簡単だと驚かれる。だが、こうして男衆と女衆の意見がまとまり、ヤギの捕獲計画が持ち上がったのである。プロジェクト・ヤギ!

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