第8話 他力本願でいこう!

 今週は信頼回復&集落存続計画作成週間になります。僕が食べていくだけでなく村の行く末を考えるならば、皆を納得させなければならないわけで、言葉だけではなく具体的な例がなければ理解しにくかろうと考えました。まずはその第一弾としてヤギ毛の利用と普及を図ろうと思います。

「ハト婆、これで糸を作ってくれさい」

勢い込んだのに他力本願とか言わんでください。

「…誰がハトだい」

あれ?おハトさんじゃないの?キトキトした目がハトっぽいからてっきりそうだと思っていた。まいっか、ニックネームでフレンドリーよね。

「洗って汚れを落としてからの方がいいと思うけど」

背負い籠三分の二くらいに昨夜ヤギ子とヤギ太を刈った毛が入っている。うんと長い外側の毛と内側の短めの毛が混ざり合ったものだ。村の中で毛糸を見ないところを見るとここでは動物の毛を糸にするという発想がなかったのだと思う。が、僕が作業するより丸投げしてしまった方が良かろうとハト婆に頼んだのだ。女達が集まってくる。

「これがヤギの毛か」

「確かに糸にできそうじゃ」

「うちの犬も毛が抜け変わるが糸にしようと思わんかったわ」

「湯で洗うて脂を落とさねば」

「熱すぎてもいかんの」

姦しい。これはちょっと信頼回復か?村社会のぼっちは即座に命に関わるからね。

「細い糸なら布も織れるし、ふんわりした糸にすればこんな風になりますよ」

ジーパンの裾を上げて履きっぱなしの靴下の履き口を見せる。オオッと感嘆の声が上がった。女達が僕の足元に顔を寄せる。やめて!臭いから。

「良う見しゃれ」

「縫い目がないわい」

「編んであるの」

「柔らかそうじゃ」

これって女衆が僕に跪いているように見えているんじゃない?違いますって。あ、誰か舌打ちしなかった、今?


 数日後には毛糸ができたとハト婆に呼ばれた。早えぇな、おい。短い毛を使った太さのあるものと長い毛を使った細い物だ。太さがあると言っても僕が知っている毛糸よりもずいぶん細い。糸は撚りがきつく細いものほど良い糸なのだそうだ。ふんわり紡ぐというのは馴染みがないのだろう。

「細い方はこのまま織物に出来そうじゃ」

ハト婆は満足そうである。

「太い方は僕が貰っていいですか?」

毛糸玉一個分よりも随分多い気がする(多分)。細い方は手数料としてハト婆に進呈した。これがどのくらいの布になるのか僕には想像できない。絨毯ぐらいかはたまたスーツ一着分か、いずれにしても竪穴式住居じゃ使わないけどな。僕が手にした方の毛糸を指してハト婆が聞いた。

「これをどうする?」

「作ってみたい物があるんだ」

相変わらず僕へ慇懃な態度を崩さないコレトウには何だか遠慮があるのだけど、ヤギ子が来てからお願いしたものが幾つかある。その一つが編み物用のかぎ針だった。明るいうちにとそのままハト婆の家の前の筵に座り込む。

「何じゃそれ」

「これで編み物すんの」

何の変哲もない二本の棒を使って編んでゆく編み物は僕には難易度が高すぎる。なんとなくわかっているのは編み物の構造だけだ。引き出された輪の中に次の段の輪を重ねてゆくそれ。小学校の頃に女子の間でミサンガが流行って一緒に作らされたことがある。ブーブー言いながら(この文句を言うというスタンスが男子的には重要なのだ)も、女子と一緒に何かをするという事に浮きたって男子数人も夫々一本は作り上げた。経緯は覚えていないが、何故か「男子サイテイ」と物別れしたんだっけか。最初に結んで輪を作りそこに繋がったままの糸を引き入れて次の輪にするという単純な構造だった。まず一五センチ程のこれを作る。これに次の段を絡めてゆけば面になるはずだ。

「何やってるんだ?」

すでに一仕事終えたサジものぞきに来た。

「まあ見てろって」

糸がどれほど入用になるか分からないが、編み目は粗くしてゆく。慣れてないから段が進むと目が詰まってきた。あれ?僕って不器用?このままじゃ、出来上がりサイズが変わってきそう。

「貸してみい」

僕の手元を覗き込んでいたハト婆が手をさしだした。

「……お願いします」

見てろじゃねえよな。ハト婆の手は早かった。「端で目を増やさんと縮まってゆこうが」その通りでございます。通りがかりの村人から「さすが織姫葉桜よ」と声がかかるが、何のことやら?葉桜ってまさかハト婆の事?そんな典雅な名前がついてるの?そこはともかく、織姫と呼ばれたようにハト婆の編み目は均一で美しかった。僕がやった最初の数段とは出来が違う。長さが出てくるとサジ以外にもギャラリーができ始めた。「毛皮と同じようなものか?」「いや、皮がついておらんから布のようじゃ」「目が粗いの」特に女性陣は興味津々である。眺めているうちに目標サイズの七〇センチほどになった。

「そのくらいで」

ハト婆を止める。一五×七〇センチのきれいな長方形(僕が編んだ部分以外)が出来上がった。「これは出来上がりだからここで切っちゃうけど」糸を切って端を絡めて結ぶ。「一本の糸のままだからほどいてほかのものを編みなおすこともできるよ」サジを手招いて出来上がりを首にかける。

「何だこれ?」

「マフラーだよ。襟巻」

サジが目を瞬く。襟巻はここにもあって朝の冷え込む時間帯には身に着けている人もいるけれど、狸とか狐とかその姿のままなんだよね。あれは結構エグい。

「端を胸元に託し込んでもいいし、軽めに結んでオシャレに流してもいい」

やって見せると女性陣から「ほぅ」感嘆の声が上がる。お、イイ感じじゃない?

「チクチクする。こそばゆいの」

「サジ、寒そうだったからさ。これプレゼント、贈り物ね。いつもありがとう。僕はサジがいなかったら生きてらんなかったと思うから」

これ本当。

「まふらあ、オレにくれるんか!」

サジは目を見張る。喜んでもらえたようで良かった。所有権が移ったとみるや女衆達がサジに群がり、マフラーの出来を確かめている。「柔らかいの」「暖かそうじゃ」「目が粗いのじゃなかろうかい」「いや、この粗さで伸び縮みするんじゃ」「染めは効こうかい?」六人いるから姦しさも倍。考案者よりも現物ということで輪の外に出された僕は着ているスウェットをハト婆に示した。「これは袖が縫ってあるけど、編み物ならこんな形にもできるし」編み物は伸縮性があるのでボタンもファスナーも前を袷せて帯を締める必要もない。

「どう?役に立ちそう?」

「ヤギを増やさねばならんようじゃの」

ハト婆がにんまり笑った。チャラららーん!女性陣の信頼値が上がった!ステータスが見えないから多分ね。


 すぐに作業に取り掛かったハト婆の織物が形になってくると村のそちことから

「ヤギの毛が欲しゅうございます」

という声が聞こえるようになった。艶のあるしっかりとした生地で村で作っている布とは確かに違う。女達は自分でもその布を織ってみたくなったのだ。異世界であってもファッションに目敏いのは女性の方よね。どの家でも男達は女達から執拗にねだられているらしい。コレチカもその一人だ。かつて物をねだったことのない妻から「ヤギを捕まえてきてくだされ」結婚以来「櫛の一つも貰っていない」と詰られていると言っていた。男達にしてみれば生け捕りなど面倒なことはしたくないが、毎年毛を刈るには殺してはならないのだ。しかもヤギが住まうのは普段狩りをしている場所よりも高地で億劫でもある。余計なことをしやがっての視線が痛いが、僕的には思惑通り。ふむふむ、もう一声。

 そしてここ数日の村のムーブメントは梳き櫛だ。動物の毛から糸を作ることができ、編み物、織物ができると知った女達が狩猟のために飼っている犬に目を付けたのだ。毛の生え変わる季節であったから犬の毛を梳いては溜めこんでいるらしい。中には梳き過ぎと言うよりも、一部刈られた犬もいて虎刈り状の情けない姿をさらしている。ふむ、頃合いは良しと見た。次のステージへ、と背後から恨めし気な声。

「あいつのせいだぞ」

犬を連れた男が一人。やめて!猟犬だから、それ。

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