第7話 ヤギ子爆誕
緊縛プレイデビュー&第二回担架祭りでヤギを運んで村へ戻った。子ヤギの方は紐で引いて無理やり歩かせることができたが、母ヤギは動けないながらに暴れるから結構な回数落とした。まあ、暴れる暴れる。捕まったら食われちゃうのが自然の摂理なので無理もないが、これが鳴くんだよ。そっちの方が怖ッ。ヤギが怖いせいで足が早まり初日よりも格段に速く、明るいうちに村へ戻ることができた。ヤギ二頭を連れ帰ったことで僕はほんの一瞬だけヒーローになった。ええ、ほんの一瞬でしたとも。
「駄目だよッ!ヤギ子は飼うの!」
ネーミングセンスはないが、名前を付けた方が愛着が湧いて食いにくくなるだろうとつけておいた。ヤギ子爆誕の瞬間である。夕餉支度の時分であったろう、解体を手伝うために刃物を持って集まってきた村人らに「は?飼う?」「犬じゃねえんだぞ」「お前が無駄飯食らってんのにか!」非難轟轟。もちろん最後のはウサである。辛辣ぅ。サジも口をはさむ気がないようだし、ヤギ子は嘶くし、萎えますわ。ともあれ村の衆を説得しなければならない。
「僕に考えがあるんです」
スキルもなしに異世界転移して帰るに帰れないのならば、当座と言わず生計の道を探らねばならない。その矢先、落とし穴に落ちているヤギの長い毛を見て思い立った。もとの暮らしにはウール製品があふれていた。合成繊維もあるけれど、高級品は天然ものだったし、オーストラリアの特産品には今でもウールとウール加工品が含まれる。地理でやったやつだ。糸や織物は生活に欠かせない。ならば、である。ヤギがいるのなら、毛で糸を作ってみよう。ヒツジやアンゴラヤギにに出来ることがヤギ子に出来ないわけがないじゃないか!そしてだよ、量産化に成功すれば収益を上げることだってできる。これでご飯を食べていく事ができるんじゃない?僕、ニート脱却よ!
「今日食べるものよりも、明日、来月、来年もその先も役立つ方が大事だと思うんですよ!」
これは絶対に役に立つはずだと訴えた。村の役に立つのならば、水増し雑炊ごときにに肩身の狭い思いをする必要はない、と思ったんですけどね。
「明日の飯より今日の飯じゃ」
「今日食わんで死んだら丸損でねえか」
「来年の事なんかわからんわ」
即答でした。スキルもないけど信頼もありません、僕。が、その騒ぎにお館様までが出てきた。「ヤギ子とは大層な名だの」そう?女は子で男は太か雄で良くない?
「ヤギは役に立つか?」
と問うた。僕が頷くとお館様はしばらく僕を見つめていたが、
「神人の言うようにする」
と言った。スゲエぜ、リーダー。皆唖然としたものの、唾を吐きながら散ってゆく。無駄飯食いとは信頼が雲泥の差。お館様、あんたの方が神だよ。
広場にお館様とサジだけが残る中、僕は奮闘している。「こいつの毛を刈りたいんだ」「は?」飼うと言った時よりも唖然とした、何言ってんのお前?のサジの顔をぜひ記録しておきたい。渋るサジに持ってきてもらったのは、髭剃り用の黒曜石のかけらだ。半透明な欠片は割れガラスのようで結構剃れるのだ。黒曜石って炭素の塊でダイヤモンドのなりそこないだもんね。地学で習いました。こいつで二頭の毛を剃る。つもりだったんですけどね。
「全然刈れてねえぞ。陽が暮れるだろ!」
「ヤギ子が動くからさぁ、怖いじゃん、おワッ」
羊の毛刈りをイメージしているのだが上手く行かない。蹴りを食らいそうになってしりもちをつく。ヤギ太がお母さんをイジメるなとばかりに切なげに鳴く。「惨いことを…」散ったはずの村の衆から声が上がる。こっち見てんじゃねぇ!殺して食うのとどっちがムゴいよ。あちこちの切り傷から血を滲ませてピンクの肌を曝すヤギを見ればどちらに軍配が上がるかと言えば…。生活基盤が整う前に僕のヒエラルキーは人非人にまで堕ちそうです。
「貸してみろ」
それまで黙ってみていたお館様がコレチカに篝火の用意を言いつけると腰を上げた。膝でヤギの頭を押さえ、長い毛を鷲摑みにして剃ってゆく。なるほど。
「足を押さえとけ」
じっ、爺カッコいいィ、惚れそうだぜ。とは言え、サジを含めて村の衆はああなのに何で協力してくれるの?疑問を感じずにはいられない。毛を刈りながらお館様は
「神人とは我らの思いもよらんことをなする者よ」
僕の不審顔にこたえた。
「都に居た神人に随分と可愛がられておってな」
お館様が貴族として都に居た時分の話だろう。要するに僕に信用があるのではなく、有能で国の発展に貢献した神人の事例を知っていたためで、僕がどんな目的でヤギを飼いたがるのか、それによって何がもたらされるのか分からなくても協力してくれているのだ。
「神人と人はものの考え方が違う」
お館様は語る。あの頃居った神人は分け隔てなく国を富ませたいと願う神人であった。水利や水稲、測量どれも暮らしが一変するような神世の知恵を下された。実を結ばぬものもあったがな。そこで何かを思い出したのか密やかに笑う。お館様もその交流の中で様々教わったのだそうだ。
「我が一族の土地も富まさんと勇んで都を下ったものよ」
地方領主の息子のひとりであったお館様は成人後暫くして領へ戻ったのだという。語りながらもお館様は毛を刈ってゆく。しっかりと押さえつけているのに乱暴さはなく、僕の時のようには鳴かずにヤギ子は刈られていった。
「昔、戦があった」
お館様は少し長く口を噤んで、また開いた。
「隣領との水争いが元という事になってはおったがな、根はもっと深かったのだろう。侵犯を都へ訴え、国に裁定を願ったが、土地には線など引かれておらん。都には隣領の良きように計らう者が数多あった」
それはサジからも聞いた落人村の物語だった。荘園を巡るいざこざに似たそれだ。後ろ盾が大きいほど得をして、富が集中してゆく過程。要するにお館様の一族は政治工作で負けたのだ。
「頼みに思うておった神人は、その頃には神世へ戻られたと聞く」
神人はあったり無かったりするという事か。お館様はかの人は息災であろうかと問うが、七〇億もの人間の中にかつて異世界へ行って帰った者がいるかどうかなど分からない。居てもそれを口にすることはなかったろうと思う。僕だって帰れたとしても異世界行ってきましたなんて言えやしない。今日明日ではなく四〇歳位までここで生活した挙句、不意に元の世界に戻されたら目も当てられない。
「我が父祖の領は割譲され、儂の館も民も隣領のものとなった。五、六騎ばかりで山に入り村を開いて信に足る者だけを呼んだが、渡ってきた者は多くはなかった。隣領のやりように抗いて害されたものもあったと聞く。これ以上の労苦を恐れたものも居たろう」
それでもここの人達は村を広げ、子をなし、暮らしてきた。五,六騎と言ったが、その馬はもう村に居ない。そんな苦労があったのだと想像できる。
「斯様な深山に逃れたのは命惜しさのためではない」
お館様等はこのようなな悪があってよかろうかと国の裁定に抗ったのだ。いつの日か隣領の悪を世に知らしめんと思ったのだ。お館様は機を伺い、都のありようを確かめんと、身分を偽ってコレチカやコレトウを都へ送りもしたそうだ。
「今や隣領は王家に次ぐ位よ。その領衙は都の如しと詠われておる。神人がおわすのではないかとな」
力こそ富こそ正義の世の中でお館様の一族は再び陽の目を見ることはなかった。そして今のこの村がある。
「国も夫々の領も昔とは比べ物にならぬくらい大きく豊かになった。いずれこの村も何処かへ帰さねばばおられぬようになる」
ヤギ子を刈り終わったお館様は立ち上がった。この村は二つの領に挟まれている。お館様の元の所領がそうだったように、いずれどちらかに併合されるだろう。かつて戦に敗れた方に従えば、あの戦に敗れた者よとどのような扱いになるか。そうでなくとも税を払って生きてゆけるほど村は富んではいない。
「儂は良い。一代の自儘よ」
お館様は裾を払うと背を向けた。自分はいいと言うのはお館様がすでに長生きの部類に入るからだろう。良くないのは残される村の衆だ。だから、お館様やここの人達にとってはこんな訳の分からないヤギの毛刈りに付き合ってくれたのだ。どんな事でもいい、潮目を変える一滴を求めて僕に協力してくれたのだ。
「神人よ、これを如何せん」
そう、聞こえた。
僕はさ、何か得意な事がある訳でもやりたい事がある訳でもない。何となくゆるく過ごしていても、チャラいわけでもイキがってるわけでもなくてフツーだから誰かになんか言われることはないと思っていたし、その通りだった。んでもってさ、皆が何にもしてませんよみたいな顔でAOだ学校推薦だって先の事色々対策してる時にフツーに何も考えてなくてさ、ついでに怪我なんかしちゃう運の悪さもあって、これくらいなら外聞も悪くないし合格するでしょって大学にまで落ちて浪人生してた訳。フツーどころか何も出来ねえ上にやる気もないし考えなしでどんくさいんだわ。でもさ、こんなドン詰まりの田舎でさ、歩けなくなったら食っていけなくなるような所で、サジみたいな子供まで毎日働いててさ、それでもまだ何とかしようって足掻いてる人見て、ココロ動かされないわけじゃない。
…やって、みるか?
と思った。帰れない僕が食べてゆくためだけじゃない。サジやクソガキが大人になっても、その子供たちや孫たちも腹を満たして笑って暮らせるように。スキルも加護もないけれど非才無能なりに足掻いてみてもいいんじゃないか。
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