第4話 ルールの穴

「ああ、よろしく。まさか、ホントにあんただったとわな。」

優馬は不敵な笑みを浮かべ京狐へ返事した。京狐は、見えないランスを首元に突きつけられているような気がした。

「独間 京狐。その名前を下の生徒発表の掲示板で見た。記者、目指してんだってな。」

優馬は京狐が1回生の時に執筆した海洋汚染についての記事が校内のコンテストで入賞したのを偶然見つけたらしい。

しかし、たとえ名前を見つけたからと言って、履修するコースを変えるまでのことをするだろうか。そもそも、彼がここの生徒だったことも驚きだ。

「ま、また戦うって言うのなら、場所を変えないか。まず、話がしたい。」

京狐は優馬へ交渉を持ちかけた。

「ああ、じゃあ放課後、僕の行きつけのカフェに行かないか。そこなら人は少ない。」

思ったより優馬が冷静で助かった。出来れば駅前のカフェがよかったが、これ以上交渉できる空気ではなかった。

その日の授業、京狐は講師の話が全く入ってこなかった。

1日最期のチャイムが鳴った。開戦の法螺貝が吹かれた。

京狐はいつもより重く感じるカバンを背負い、編入初日でほぼ手ぶらの優馬に、一定の間隔を開けて、優馬の行きつけというカフェへと向かった。

 そのカフェは、都市部から少し離れた郊外の小山の上にあるらしい。結構行くんだな。乗ったことのない路線のバスに乗り向かうようだったが、カフェに近づくにつれ京狐と優馬以外の乗客はどんどんと減っていき、ついに運転手を除き二人きりになってしまった。

 目的の停留所で二人は降り、少し歩くと、ついにカフェに着いた。カフェへ向かう道で急襲を仕掛けて来るのかと、京狐は警戒していたが、それはなかった。

 カフェは、赤茶色の屋根に木造の洋風建築といった感じで、テラスもあった。

 「カフェ、サンセット。っていうのか。」

 「ここなら人目も無い。今なら、買い出しで留守なんだ。」

 そう言うと、優馬は鍵を取り出しカフェの扉を開けた。

 え?なぜ優馬がここの鍵を持っている?ただの行きつけのカフェじゃないのか。また、わざわざ留守のタイミングで誘い入れたあたり、戦う狙いがあるのか、今ここで。

「あの!俺、君と戦うつもりは無い!少なくとも、今のところは、、。」

痺れを切らした京狐は、優馬へそう告げた。

「安心しろ。俺も今は戦うつもりは無い。ハンツらとは違う、俺は平和主義者だ、比較的な。話し合いで解決するなら越したことはない。」

優馬からの返答があまりにも予想外すぎて、京狐は空いた口を塞げなかった。(ハンツって?)優馬が平和主義者?いやいや、電気のランスで殺そうとしてきた奴だぞ。

「信じられない、な。」

「まぁ、信じないのは勝手だけどさ。どうする?俺ならこのバトルの情報、色々持ってるけど。」

こいつ、ジャーナリストの大好物をわかってやがる。

危険とわかっていても、真実を知りたい欲求を抑えられない京狐は、優馬に誘われるままカフェの中へと入った。

内装は落ち着ていて、テラス側の窓ガラスから沈む夕日が見えた。窓ガラスに一番近い二人掛けテーブル席に二人は座った。優馬の言う通り、店主は留守の様だ。

話し合う機会ができたとはいえ、京狐はこの状況を受け入れきれず、何を聞いたらいいかわからずにいた。

「情報を渡す代わりに、条件がある。このバトルを降りてほしい。」

 「え?降りれるの?」

 モンスターと契約し、正規プレイヤーとなった京狐は、他のプレイヤーと命を狙いあうこのバトルから、もう抜け出すことができない、みたいなことをエンブースターとの契約時に誓わされた覚えがある。実際この目の前の男からも攻撃を受け、一瞬死を覚悟したこともあった。

「ああ、正しい手順を踏めば、バトルに参加する必要が無くなる。今からそれを説明する。よく聞け。」


沈黙を破り優馬が語り出したのは、救いの提案であった。勝手に息巻いていたのが空回る。


手順は次の通りだ。

①優馬が変身し、京狐の契約モンスターであるエンブースターを討伐する。

②京狐が持つカードデッキを破壊する。

※①②が入れ替わると、契約モンスターとの規約を破り契約者である京狐を襲うため注意。

以降、京狐の身柄は優馬が守る。


というものだった。

「なんで、俺が君に守られる必要が?」

「一度カードデッキに触れた人間は、ミラーワールド、ミラーモンスターを認識することができる。と同時に、特殊な気配のようなものを発するようになり、ミラーモンスターに襲われやすくなる。」

「なるほど。」

理屈はなんとなくわかった。でも、わからないこともある。

 「君は、何者なんだ。なぜ、情報を持っている?いつからバトルに参加しているの?君の話を信じたいけど、そのために知る必要があることがたくさんある。」

 京狐は切り込んだ。優馬はうつむくが、すぐに京狐を見て話した。

 「わかった。話す。でも、頼むからバトルを降りてくれ。約束してくれ。」

 京狐はうなずいた。優馬は話し始める。

 「俺、角木 優馬。17歳だ。同じだよな?

  この前まで料理科に通ってた専門学生だ。今日からはあんたと同じ国際情報科の学生になる。バトルには2ヶ月前から参加してる。」

 「了解。じゃあ、他にプレイヤーは何人いる?いつもこうやって話し合いしてるの?」

 「ちょっと待て。デッキを出せ。」

 「え?」

 「情報と引き換えだ。降りることを証明しろ。」

 「ぜんぶ聞いてからじゃダメ?」

 「ダメ。」

 しぶしぶ、京狐はリュックの内ポケットにしまってあった例のオレンジ色のカードデッキを優馬にわたした。優馬はそれを受け取り、自身の服のポケットにしまった。

 「よし。」

 「あ、言い忘れたけど、今の今までレコーダー回してて。」

「はぁ!?」

「いや、ジャーナリスト志望の癖っていうか。もちろん音声は公表しないから、ささ、約束通り情報を。」

「はぁぁ。」

優馬が呆れた顔でテラスの方に俯いた。


カランコロン。カフェのドアが鈴を鳴らし開いた。40代くらいの女の人が、物が詰まったエコバックを2袋抱えて、カフェに入ってきた。

「ただいまー。あれ?優馬くん。お友達?」

見たところここの家主、つまり、カフェの店主か。京狐は体をその女性へ向け、挨拶をした。

「すみません、勝手に入ってしまって。独間 京狐と申します。」

「いいのよ。ゆっくりしてってください。なんか飲む?」

「ああ、はい。いただきます。」

いい人そうな雰囲気だ。優馬とは面識があるっぽいが、優馬がカフェの合鍵を持っていたことも踏まえると、ただの客と店主の関係ではないように思える。

「ねぇねぇ、あの人と優馬くんってどうゆう。」

その時。京狐は優馬の方へ振り向いたその時、優馬がテラスをすごい形相で睨んでいるのに気づいた。

何を睨んでいる。京狐はテラスの方を見た。外には誰もいなかった。だが、辺りは暗くなり始め、テラス側の窓ガラスは鏡の様に京狐と優馬を写し出していた。

正しくは、京狐と優馬、と、ガラスの中のもう1人。

黒いアンダースーツに赤いアーマーで、京狐のとも優馬のとも違うデザインの仮面を被ったその姿は、まるで獅子のような猛々しい形相をしていた。

京狐は驚きのあまり声も出なかった。

「ハンツ!!!」

優馬がそう叫ぶ。

ハンツ。エンブースターや優馬の発言に度々登場するその単語は、プレイヤーの名前だった。

ハンツはぬるりと窓ガラスから胴体を出した。鏡だけでなく、物を写す性質のあるものなら、なんでもあの世界に繋がっているらしい。

「よぉ、邪魔するぜぇ。」

京狐と優馬を見ると、何かに気づいたか京狐に狙いを定め、グワっと腕を伸ばし京狐の首を掴み、そのまま窓ガラスの中に引きずり込もうとした。

京狐は必死に抵抗するが、すごい力で引っ張られ為す術もなかった。

「がはっ!!た、たずけて!!!」

 京狐の体はハンツとともに窓ガラスの中に消えていった。

 店主と思われる女性がエコバックを落として、優馬のもとに駆け寄った。

 「優馬くん!今のって、もしかして昨日言ってた子?」

 「ああ、、。」


 気づくと京狐は先程までいたカフェの姿をしたミラーワールドにいた。ハンツに首を掴まれたままもがいていた。すごい力で自力で抜け出せない。

 「は、はなせ!」

 「お前がエンブレムだな。この前のやつと同じく、おめぇもガキだな。」

 この前のやつ?他のプレイヤーを何人も葬っているような言い草だ。

 「さぁ、おとなしく俺のライオネイルの餌になってもらおうか。」

 ライオネイル?ハンツの契約モンスターか?だめだ、そんなこと考えている暇ではない。首がどんどんと絞められていく。

 その時、何者かがハンツにドロップキックを食らわせ、その勢いで、京狐はハンツの手から離れることができた。

 「え?!エンブ!?」

 京狐を助けたのは、京狐の契約モンスターのエンブースターであった。エンブースターはそのままハンツに跳びかかり、カフェの壁をぶち破って外へ出た。

 「お前、あの喋るモンスターか。お前にも引き取り手ができたとはな。」

 ハンツが力で振り払う。

 「ああ、おかげさまでな。」

 エンブースターは京狐のもとへハンツに対し構えながら下がる。

 「てめぇもついてねぇな。初っ端ハンツとかち合うとはな。」

 「助けに来てくれたの?」

 「俺はずっと近くにいたぜ。まぁあの店はユニティのモンスターに守られてて近づけなかったがな。」

 「えぇ、ずっと?契約規約ってやつ?」

 

 ハンツがデッキからカードを引き抜き、獣の頭の様な形をした左腕部の召喚機の口を開き、カードを差し込んだ。

 『ソードベント。』

 ハンツの右手に剣の柄のみが転送される。ハンツが柄を握りこむと、燃え盛る炎でできた長い刀身が現れた。


 ハンツとエンブースターと京狐との間に緊張が走る。

 

 「ん?おい京狐、なぜ変身しない。」

 「あっ、そうだね、そうだよね。ちょっとまってね、、、あっ!!!!」

 京狐はあることに気づき、青ざめる。

 「デッキ、置いてきちゃった。優馬に預けっぱなしだ。取ってくる!」

 京狐は先程引きずり込まれた窓ガラスへ向かい、元の世界に戻ろうとした。だが、京狐は窓ガラスにはじかれるだけで、ミラーワールドから出られなかった。

 「え。」

 エンブースターがガラス越しに京狐へ告げる。

 「デッキが、、デッキが無ければ、ミラーワールドに連れ込まれることはあっても、出ることはできない。」


 「うそ、でしょ、、、。」

 



 

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