最後の贈り物

青樹空良

最後の贈り物

「お母さんはさ、お父さんのどこがよかったの?」

「え?」


 娘に聞かれて、答えに詰まる。


「だって、いつも無表情で全然笑わなかったでしょ。しかも気難しかったしさ。お母さん、よくずっと我慢してたなって」

「そうねえ。でもね、あれでも可愛いところもあったから」

「ええっ!? そんなところあったかなあ」

「少しはね」


 我が娘ながらあまりの言いっぷりに夫のことを少しでも擁護したくなって口に出してしまったが、娘の言うとおり、ここ数年そんな風に思ったことは無かった。


「しかもさあ、何かやっても絶対ありがとうとか言わなかったでしょ? 全然可愛くないじゃん」

「それはちょっと困りものだったわよね」


 娘と顔を見合わせて苦笑する。

 元々お見合い結婚だったこともあって、好きで一緒になったわけでもない。もちろん、長く一緒にいて全く何も無かったわけではないけれど。

 サイドボードの中に飾られた夫の写真と目が合う。

 写真の中の夫は口を引き結んで、怒ったような表情をしていた。元々の顔がそうだというのもあるのだが、写真映りが悪くて遺影用の写真もちょうどいいものが無かったことを思い出す。

 先のことを考えて遺影用の写真を撮っておけばよかったと今更思う。病気一つしない人だったから、ぽっくり逝ってしまうなんて考えもしていなかった。




 ◇ ◇ ◇




 娘が帰った後は、なんだか家の中ががらんとする。

 ほとんど喋らなかった夫でも、いてくれただけで少しは賑やかな気がしていたのだろうか。

 娘がまだここに住んでいた頃は、もっと賑やかだった。

 今はそんな家に独りぼっちだ。

 夫を亡くしてから数ヶ月、特に二人で何かしていたわけでもないのだが、なんだか時間を持て余す。

 居れば居たで、邪魔だと思っていたときもあったのに不思議なものだ。


「そういえば……」


 ここ数年は老眼だからとあまり読んでいる姿も見なかったが、夫が読書好きで昔からよく本を読んでいたことを思い出す。

 今まで手をつけようとも思っていなかったが、たまには読書を楽しむのもいいかもしれない。本棚にはかなりの量の本が並んでいるはずだ。暇つぶしに読む分にはしばらく困らないだろう。


「とは言っても、ねえ」

 

 戦記物にミステリー、本棚の前に立つとやはりあまり興味は沸かない。

 顔に似合わず、本はきっちりと分類されていて見やすくなっている。むしろ、そのお陰ですぐに興味のあるような本が無いこともわかってしまう。


「お父さんも、もっと面白そうな本を集めててくれればよかったのに」


 今はいない夫に文句の一つも言いたくなる。

 私たちには同じ趣味もなかった。本当に、どうしてこんなにも長い間一緒にいられたのか不思議に思うくらいだ。


「あら?」


 几帳面に揃えられた本の中に数冊だけ、背表紙が他の本よりも飛び出しているものがある。読みかけだったのだろうか。

 私は、飛び出した本に手を伸ばす。

 いかにも難しそうな題名の本だ。

 本を引き抜く。すると、


「……なにかしら」


 本の奧になにやら可愛らしい模様が見えた。

 何冊か周りの本を取り出すと、何かプレゼントの包みのようなものが見えた。可愛らしい包み紙に包まれたそれを、そっと引っ張って取り出す。

 包装されているのは小さな箱のようだった。振ってみても音はしない。


「お父さん、何をこんなところに隠して……?」


 少しだけ周りをうかがってから、包み紙を剥がしていく。夫はもういないはずなのに、隠していたものを見るのは少し後ろめたい。

 だけど、気になってしまう。

 包み紙の中にあったのは指輪のケース。


「どういうこと?」


 不思議に思いながらケースを開ける。

 そこには、シンプルなデザインの金の指輪が入っていた。

 指輪と共に入っていたのは、


『50年間ありがとう』


 小さなメッセージカードだった。

 私ははっと顔を上げて近くの壁にぶら下がっているカレンダーを見る。

 指折り数える。

 もう結婚記念日は過ぎてしまったけれど、今年は私たちの金婚式だ。

 そうなるはずの年だった。

 ケースに入ってた指輪を大切に摘まんで持ち上げる。


「あの顔でアクセサリー屋さんなんかに入ったのかしら?」


 想像するだけで、思わず笑いがこみ上げてしまう。

 男がそんなところに入るなんて恥ずかしいと、一緒に行ったことすら無かったのに。

 金の指輪をそっと自分の指に嵌める。

 どんな顔をして渡してくれるつもりだったのだろう。


「やっぱり、可愛いところもあったじゃない。ね、お父さん」


 カーテンを開けて、夕日に手をかざしてみる。

 私に合うように選んでくれたのか、指輪は以前からつけていたようにぴったりと指に収まっていた。

 強い西日が眩しくて、目を細める。

 ぼんやりと視界が滲んだ。

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最後の贈り物 青樹空良 @aoki-akira

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