第4話 俺は彼女が悲しまないためにも

 小原湊おばら/みなとは、その時、幼馴染が困っているところを目撃した。


 夜になり、街頭が点灯している頃合いだが、裏路地には明かりがないのだ。


 暗い場所を良い事に、松本風香まつもと/ふうかと一緒にいる男子は強引な誘い方をしていた。


 壁ドンのような状況であり、風香がビルの壁に背を付き、行き場所を失っている。


「だ、だからッ、こ、この前も言ったけど、私はあなたとは付き合わないから……」

「は? なんで? 誰とも付き合っていないんだろ?」

「そ、そうだけど、やっぱり、あなたとはそういう気じゃないの」


 比較的大人しい性格の風香。その男子からは目を背けているが、自身の意見をハッキリと告げていた。

 手元は微妙に震えていて、恐怖心を抱いているのが分かった。


「今まで俺の事を騙していたのか?」


 急に、その男子は豹変した。

 先ほどまでの優しさとは異なり、不良風な口調になっていたのだ。


「わ、私は別に、そういうつもりじゃなくて。全然、騙すとか考えてないから。だから」

「だったら、誰の事が好きなんだよ」

「それは……」

「どうせ、いないんだろ?」


 高圧的な態度を見せ続ける、その男子に、湊はいても経ってもいられなくなった。


 幼馴染を困らせる奴は誰だろうと許せなかったのだ。




「ねえ、何してるの、そこで」


 湊は、二人の前に姿を現す。


 実のところ怖かったが、それ以上に幼馴染の方が恐怖心を抱いているに違いない。


 そう思ったら、壁に隠れ、傍観者としているわけにはいかないのだ。


 恐怖心を押し殺し、言葉を続けた。


「その子から離れろよ……」


 声がまだ震えていた。


「お前、誰だ?」

「別に誰だっていいだろ」


 湊の存在に、風香は驚いた顔を見せていた。

 暗くてわからなかったが、風香は涙目になっていたのだ。


 ようやく希望が見え始め、彼女は嬉しくなったのだろう。

 少しだけ余裕のある表情を見せ始めていた。


「それより、その子、困ってるじゃん。だからさ、は、離してあげればいいじゃんか」

「困ってる? それは何かの勘違いだろ。そもそもな、困ってるのは俺の方なんだぜ? 同じ性別だったら、分かるだろ? 付き合っている奴がいないのに、俺の事を拒否するんだぜ」

「そんなのわからないかな」

「は? チッ、面倒な奴だな。お前ってさ。勝手に俺らの話に首を突っ込んできてよ。目障りなんだよ」


 その男子は、湊の近くに歩み寄ってくる。

 戦う姿勢を見せていた。


 同世代だったとしても、湊は喧嘩すらしたこともないのだ。


 拳で語り合うことになったら、どういう対応をすればいいか焦り、内心迷っていた。




「ちょ、ちょっと待ってくれないか?」

「は?」

「ここで騒いだら警察を呼ぶけど? 確か、この近くに交番があったはずだし」

「そんなのないだろ」

「あるよ。だから、多分、此処に来るんじゃないかな?」

「そんなバカな。そんなでまかせ信じるかよ」




「そこで何をしてる!」


 その男子が啖呵を切った時、二人組の警察官が裏路地の入口らへんに現れたのだ。


「ヤバッ、本当に交番が近くにあったのかよ。確認しておけばよかった」


 その男子は、警察が近づいてくる前に全速疾走で逃げて行ったのだ。






 湊と風香は、警察の方々から簡単な事情聴取を受けた後、解放された。


 全力で逃げて行った男子については、別の警察が対応しているらしい。




「でも、なんで風香はあんなところにいたんだよ」


 夜の住宅街。

 先ほどバスに乗り、自宅近くまで到着していた。


 バスに乗っている時は無言だったが、湊の方から思い切って問いかけたのだ。


「……あの人から誘われて、その帰りだったの。最後に行きたいところがあるからって」

「それで、あの裏路地に」

「うん」

「あんな場所に、いたらよくないだろ」

「……そうだね。でも、ありがとね。湊がいなかったら、どうなっていたかわからないし。私、怖かったの」


 隣を歩いている風香は、堪えていた感情が湧き上がってきたようだ。

 軽く声を出し、泣き始めていた。


「風香もさ、あんなよくわからない奴と関わらない方がいいと思うよ」

「わかってるけど。でも、断れなかったから」


 彼女は涙声のまま、右手で瞼を擦っていた。


「だったらさ、俺がこれからも一緒にいるから」

「……え?」

「だから、俺と付き合えばさ、そんな面倒なことにも巻き込まれないと思うし」

「でも、湊は今までそんな素振りもなかったじゃない」

「それはさ。本当の事を言って、風香から断られたら嫌だったし」

「私……湊から誘われても断らないよ。元々、私も湊の事を意識していたから。でも、私もね。湊に伝えて、関係性が悪くなっても嫌だったから。言わなかったの」


 風香は瞼を指でこすり、ようやく泣くことをやめていた。


「じゃあ、本当に付き合ってもいいの?」


 右隣を歩いている彼女は目を丸くし、何度も聞いてくる。


「そうだな」

「……湊って、今日の昼休みに宮崎さんと一緒に過ごしていたじゃない。もしかしたら、宮崎さんの事が好きなのかなって、ちょっと不安になってたの」

「あの子の事は、彼女とかでもないから。ただ、付き合ってほしいとは言われてたけど」

「そうなんだ……」

「でも、俺、断る予定なんだ。あの子からの告白を」

「そうなの? いいの?」

「宮崎さんの告白も受け入れたら、二股している状況になるし。俺はそんな事はしないさ。俺はただ、風香が今日みたいに困らないように……。それに、純粋に好きってこともあるんだけど、一緒にいたいだけなんだ」


 気恥ずかしかったが、自分が隠していた想いを全て言った。


「湊、これからよろしくね。昔から幼馴染として一緒だったけど、これからは本当の意味で」

「ああ。俺の方も」


 二人は夜の住宅街を歩き、電灯が照らされた道を共に進んでいくのだった。

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学園の美少女から告白されたが、俺は断ることにした 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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