第3話 まだ迷っている自分に…

 夕暮れ時。小原湊おばら/みなとはファミレスにいた。


 夜になるにつれて、お客の出入りが多くなっていく。


 会社終わりの人らが利用し始めている印象があった。


 対面上の席に座っている日向は、パフェをスプーンで掬い、頬張っていたのだ。


「湊も食べる?」


 宮崎日向みやざき/ひなたはパフェを掬ったスプーンの先端を、湊へ近づけてくる。


 クリームが多く使われていて、美味しそうな見た目をしていた。


「湊。食べたそうにしていたし、どうかなって」

「いいよ。俺も大体食べ終わったし。ハンバーグで結構お腹いっぱいな感じだから」


 一〇〇グラムのハンバーグだったとしても、それに加えスープとご飯もついてきたのだ。


 メニュー表で見た写真よりも満足感があり、それ以上は口には含めなかった。


「別に遠慮しなくてもいいのに」


 彼女は、湊に近づけていたスプーンを自身の口元に運び、食べていた。






 テーブルに料理が届けられる前。

 日向の方から告白してきた真意を知ったが、あれがきっかけだったとは意外だ。


 日向と一緒のクラスになったのは今年からで、まともに会話したのは今日が初めてだった。


 確かに、日向とは昔から少しだけ接点がある。


 去年の文化祭の時、一度だけだったが、彼女からしたら、それが一番強く印象に残っていたらしい。


 湊は話を大事にしたくなかったから、保健室の先生に口封じしていたものの、日向曰く、強引に聞いたら、此処だけの秘密という事で教えてもらえたようだ。






「私ね。あの時、湊が部活棟のところに来なかったら終わっていたかも。湊は命の恩人的な人だから、最初は恩を返そうと思っていたんだけど。湊の事を考えている内に興味を持つようになったの」

「その気持ちは嬉しいんだけど」


 湊はどう返答するのが正解なのか悩んでいた。


 日向は学園の中でも美少女なのだ。

 そんな子と釣り合うかもわからない。

 それに、まだ心には幼馴染に対する想いも残っていた。


「けど?」

「なんていうかさ。俺でいいの?」

「私はいいよ。そのために此処のファミレスで一緒に食事をしようと思って誘ったわけだし。それに湊さえよければさ。今は友達っていう関係性だけど。気持ちが変われば、いつでもいいし。まだ恩も完璧に返せたわけじゃないから」


 日向は本気で誘ってきている。


 刹那、風香の顔が脳裏をよぎった。

 やはり、幼馴染がいるからと言い、断った方がいいだろうか。


 本当は幼馴染に想いを伝えようと日々考えていた。

 けれど、今日の放課後。

 松本風香まつもと/ふうかは別の男子と会話していたのだ。


 付き合っているとかではないと思うが、風香の事を諦め、日向の方を選んだ方がいいのか、悩ましい問題だった。


 自分の中で感情が混在している。


 小学生の頃から風香に対して一定の想いがあり、その感情を隠して生活してきたのだ。


 諦めるべきか、このまま日向の想いを受け入れるか。


「そんなに難しい顔しなくてもいいし。別にすぐに返事はなくてもいいけど。誰とも付き合う予定がないなら、私と付き合ってほしいなって。それだけの話なの」


 日向からしたら単純なことかもしれないが、湊からしたら大きな選択を迫られている状況だった。


 考え込んでいたとしても何も変わらないと思う。


「まだ、返答は後でいい? 今は友達って事で、とどめてほしいんだ」

「そういう発言をするって事は、好きな人っている感じ?」

「そ、そうかもな」

「どんな子?」

「別のクラスの子だけど」

「……もしかして、松本風香って子?」

「そ……そうだな」


 図星を付かれ、動揺してしまう。


「当たりなんだね」

「そうだよ」


 湊は隠す必要性もないと思い、首を縦に動かす。


「私、去年から気になっていたけど、やっぱり、二人は仲がいいんでしょ?」

「幼馴染だからな」

「へえ、そう。そういう関係なのね」


 日向はファミレスの窓から一瞬、外へ視線を向けた後。考え込んだ顔を見せ、再度、湊の顔を見つめてくる。


「その子に告白したいの?」

「そ、そうだけど」

「じゃあ、なんでしないの?」

「それは、これからも風香とは幼馴染として関わりたいし。告白したら、風香がどんな反応を見せるかわからないから」

「関係性を変えたくないならさ。諦めるってのも一つの手段かもね」


 日向は提案してきた。


 しかし、湊の中で諦めるという選択肢を選びたくはなかった。


「湊は知ってるの?」

「な、何を?」

「あの子が、別のクラスの子と付き合っているらしいって噂」

「付き合ってる?」

「そうよ。まあ、噂だから何とも言えないけどね。それが本当なら難しいかも」

「難しいかどうかは、まだわからないよ」

「どうして?」

「だって、それは噂だろ?」

「そうね。でも、私、この前見ちゃったから。街中であの子が別の男子と付き合っているところ」

「……」


 放課後の記憶が自分の中でフラッシュバックした。


 付き合っているか定かではないが、奪われてしまったかのような感情に襲われ、息が詰まったのだ。




「……俺、帰るよ」


 湊は席から立ち上がる。


「え? もう?」

「ああ、俺はもう十分食べたし。今日は少し気分が優れないんだ」

「ごめんね。変な話をしてしまって」

「いいよ。噂だろうと本当だろうと、俺には無理かもしれないし」

「ごめんね」

「いいから。それと、付き合うかどうかって話はまた後にするから」


 それ以上、湊は何も話さなかった。


 自分だけの会計を済ませ、ファミレスを後にする。






 ファミレスから立ち去り、湊は街中を歩いていた。


 その頃には電灯の明かりがつく頃合いで、街中にも人が多くいる。

 会社帰りや、学校終わりの人らとすれ違う。


 バス停のところまで急ごうとしたが、街中の裏路地から聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。


 その薄暗い、道を少し進んだところに、誰かの姿があった。


 湊はこっそりと壁に背をつき、その場所を覗こうとする。


 その視線の先には、風香と、とある男子が向き合うように佇んでいたのだった。

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