白痣の女


 その和室は酷くかび臭かった。

 

 入った途端になにやらじめじめと肌に絡みつくような嫌な空気を感じる。

 

 澱みきった空気は小幸が動いても流れること無く、蜘蛛の巣のように、顔に腕に太腿に……さらけた素肌にべったりと付着した。

 

 ちらと隅に置かれた仏壇に目をやると、先程まで開いていたのではないか……? と、不吉な妄想が頭を支配する。

 

 ……見ちゃ駄目……


 そう思っても身体は言うことを聞かなかった。


 目を背けようと意識すればするほど、小幸の身体は仏壇に吸い寄せられていく。



 じっと見つめていると、ぎぎぎ……と音がして、ゆっくり、ゆっくりと、仏壇の扉が開き始めた。

 

 仏壇の中の真っ暗闇から、ずるりと白い指が四本這い出てくるのが見えた。

 

 それが隙間を押し広げていよいよ姿を現そうかという時、ぐい……と博士が小幸の肩を引いた。

 

「ぐふふふふ……なるほどなるほど……そうやってわけだね? 小幸くん……どうやら君は生粋のマゾのようだね? ぐふふふふ……! 素晴らしい! 実験体の鑑ではないか!?」


 いやにマゾの部分を強調している気がしたが、小幸はあまり深く考えずに頷いた。

 

 博士はそんな小幸を眺めて、にやにやと笑みを浮かべると、肩に手を回して両手で顔を掴んだ。


 そのまま小幸に頬を寄せて博士は甘い声で囁きかける。

 

 

「しかし本体はアレではない。こっちだ……!」

 

 そう言って小幸の顔をぐいと押入れの方に向ける。

 

 一際湿気がキツいのか、押入れの襖は灰色のシミのようなもので滲んでいた。

 

 

「白痣の女と呼ばれている……この土地であった実話だ……」

 

 この家が建つよりずっと昔、時は大正にまで遡る……

 

 名家の美しい令嬢だったそうだ……

 

 金持ちでハンサムな夫と結婚して何不自由無く暮らしていた女に悲劇が起きた。

 

 ある朝起きると、顔に大きな白い痣が出来ていたそうだ。

 

 女は鏡でそれを見てあまりのショックに泣き叫んだという。

 

 しかしこれは悲劇の幕開けに過ぎん……

 

 女の痣はどんどん広がり、ついには全身を覆い尽くした。

 

 気の触れた女は、痣を鋏で削ぎ落とし、体中を掻き毟った。

 

 医者や女中が押さえつけ、女はとうとう身体を布でぐるぐる巻きにされ、座敷牢に幽閉された……

 

 

 心幸がゴクリと唾を飲むと、博士はにやりと嗤って言った。

 

「本当に恐ろしいのはここからだよ? 小幸くん……」

 

 

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