不幸エネルギーの転換


 

 しん……しん……しん……死ん……しん……しん……しん

 

 不吉な静寂の音がする。

 

 先程までとが空気がまるで違う。

 

 いや。先程まででも十分に異様だったのだ。


 だが今はどうだろう?


 不気味ではあった。だがある種の清潔さを保っていた室内の空気が、今や黴臭かびくさく酷く陰気だ。

 

 壁紙の縁には結露で出来た黒黴が繁殖し、接着剤がふやけてぶわぶわと膨らんでいるのが目に付く。

 

 ……駄目だ……

 

 気になるともう止まらない。

 

 見たくもない嫌悪の対象があちらこちらに散見される。

 

 スリッパの中に落ちた鼠の糞、赤と黒の不気味な甲虫の死骸、奥に見える和室から漂う異臭……。



 ……ここは人間が入っちゃ駄目な場所だ……

 

「博士……ここは駄目です……お家に帰して……」


 涙を浮かべて懇願する小幸に博士はにやりと笑って言う。


「小幸くん……残念だが君の負債額は現在だ……君は吾輩から逃げることが出来ないのだよ……ぐふふふふ……諦め給え」


 小幸は呆然と博士を見つめて固まった。


 一体何をどうすれば、四億近い借金をこさえることができるのだ……? あの馬鹿親父は……!?


 そう思うと小幸の中にチリチリと火種が燻ぶってくる。


 やがてそれは黒い炎に変わり、小幸の握りこぶしに現れた。


 震える拳を眼前で握りしめ、小幸は歯を食いしばって立ち上がる。


「わかりました……わかりましたよ……!! やってやろうじゃないですか……!? なんなら負債額以上に稼いで、憧れのセレブ生活を手に入れてやりますよ……!!」



「よく言った! 素晴らしい……! それこそ不幸エネルギーの転換に他ならない……!! 小幸くんの不幸エネルギーを吾輩が全力で金に変えると約束しよう……! 我々は運命共同体……固い絆と運命で結ばれたパートナーだ……ぐふふふふふ……!!」


 博士が差し出した手を握りしめ、二人は固く握手を交わす。


 それはアドレナリンと異様な状況が生み出した一種の洗脳と言えなくもない……


 しかし小幸はそんなことには気づかずに、奇妙な高揚感を抱えて部屋の奥を睨みつけるのだった。


「奥の和室……あそこから嫌な予感が溢れてます……」


「よろしい……! 助手としての自覚が出てきたようだね?」


 にやりと笑う博士に小幸もキリリと頷き返す。




「Don't let me down……!!!!!!!!!!」

 

 空いたリビングドア奥から突然大音量のレコードが鳴り響いた。

 

 針が飛びひたすらに同じフレーズを繰り返す。

 

 歌声は徐々に間延びしていき、やがて聞き取れないほどの呻き声へ変わっていった。

 

 

「ぐふふふ……!! がっかりさせるなとは、どうやら死霊も我々に期待しているようではないか!? 行くぞ小幸くん!!」

 

「はい博士……!!」



 嫌な予感はしていた。しかしそれをわたしは無視した。

 

 小幸はすぐにこの決断を後悔することとなる。

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