第二十一話 マンレオタ復興と飛空挺


帝都は沸き立っていた。

侵入してきたツツ連合王国の諸国軍を一掃し、更に王国へ攻め入って破竹の勢いだという。

あ、誤解しないでね。これは愛国心とかの類いじゃ無い。この世界特有の事情があるんだ。

軍事行動というのは一種の経済活動と言える。

まず、略奪。勝利した軍には略奪の権利がある。それは兵士達にとってボーナスみたいなもんだ。帝都には兵士を送り出した家族があって、凱旋の折にはとんでもないお土産が待ってる。


それから、捕虜にした兵士は奴隷として売る事が出来る。買い手はクヌート共和国。売却金は兵士の手柄に応じて分配される。過去の戦役で奴隷として売られた身内を買い戻す事ができるかもしれない。

また、占領した土地には援助付きで入植できる。帝都でうだつの上がらない人々には再起のチャンスでもある。

そうした期待が人々を熱狂させるんだ。そんな世界なのよ、ここは。


携帯端末を利用した用兵は見事にツボにはまり、帝国軍は王国軍より格段の動きの冴えを見せている。空間魔法を使うまでもなく――移動日数などはそれなりにかかるが――二手も三手も先を読んだ動きが出来る。

ハミの諜報網にも携帯端末を持たせた。おかげで、そうした情報が一日とかからずあたしリーアの手元に届く。父様やカーサ母様との連絡がなかなか取れず、やきもきしたのが嘘みたい。


カーサ母様とあたしリーアは帝都に戻っている。

シャクティ・ザルラ帝国魔道師筆頭からは随行を求められたけど、他国への侵攻に手を貸すのはどうしても嫌だった。

これまでは侵入された領地を取り戻すという正当な理由があった。でも、他国へ侵入する正当な理由は思い浮かばない。これでも前世の陽子は専守防衛の日本人だったからね。参加してみて、やっぱり殺伐な戦争は嫌だったし。


で、今何をしているかと言うと、マンレオタ復興のための職人の選別をしている。本当はカーサ母様かイワーニャ母様の役どころなんだけど、正直、カーサ母様は向かない。

イワーニャ母様は今のところ『工房の里』から離せない。魔鉱石の需要が凄い事になっていて、手が離せない。それに応じてあたしリーアが魔鉱石の鉱脈を転移させるんだけど。ってあたしリーアは抗夫かい!

マンレオタ復興のためには職人達は欠かせず、カーサ母様は毎日選定した職人を送り出す仕事で忙殺されていた。職人が一定数まとまったら護衛を付けて送り出す。護衛役にタオ兄ちゃんが加わっているのには驚いた。イワーニャ母様が口説き落としたらしい。さすが人たらし。


あたしシャニとニニはアジャ商会の工房を転々と移動しながら、術式の工夫に余念がない。時々魔道士協会の工房にも顔を出す。

現在、あたしシャニの課題は、『工房の里』で採掘した魔鉱石の運搬手段。

今のところ、あたしリーアが空間魔法で転移する。でも、これってあくまでも一時的手段で、継続的にやるなら汎用的な手段でやるべきよね。延々こんな作業続けるの、あたしリーア絶対、嫌だもん。

でも里からマンレオタまでだって地形は険しく、竜車は容易に通れない。通れても十日以上かかる。いや、あの険しさじゃその三倍はかかるかもね。通れたとして。


魔鉱石鉱脈は直線上に幅広く延々と続き、埋蔵量は膨大な物と推測できた。だから、これは長期間、組織的に掘削する方法を考えなくちゃいけない。そうすると、大勢の人を送り込む必要がある。ただ、周りは荒地。生活するためには補給路も必要になる。

その手段が無いから手つかずになってるんだよね。

いや、無くは無い。飛竜かタークならマンレオタまで一日の行程だ。でも稀少すぎる。


あたしシャニはタークほどの高機能では無く、単に飛行するだけの飛空艇が作れないか考えた。

そうすると制作期間、コストなんかずっと抑えられるんじゃないか?

蒸気機関とか考えた。でも、線路敷設とか膨大な手間がかかる。ただ、この世界、魔法がある。

「シャニがまたおかしな事言い出したよ!」ニニが喚く。

「タークの中の『引っ張りの術式』だけ抜き出してさ。他は戦闘用の制御術式がわんさとあるじゃない?それは要らないの。凄く単純になるでしょ?」

「あんた、お爺ちゃんに殺されるよ」

「で、魔力制御部の術式を魔晶石に刻印して、魔力流さなくても動けるようにする。そうすると誰にでも動かせる。決まった動きしか出来ないけどね、コンロと同じ。それで十分」

「シャニってば、あたしの言う事聞いてる?」

「『引っ張りの術式』は色んな所で応用出来る技術だと思うわ。多分、世界が変わる。秘密を守りたければ公開じゃ無くて供与にするの。そしてロイヤリティーを頂く」

「ろいやりてい?」

「使用料みたいなものね。そしてバクミンの名は世界に轟く。悪い話じゃ無いと思うけど」

「無断で使われたらどうするのよ」

「携帯端末で使われてる隠蔽の術式を使えば良いわ。魔道協会工房謹製よ。超強力!」

「うーん……悪くはないかな。でもお爺ちゃんにはシャニが話してよ。あたし嫌だからね」


ロダ・バクミン師の説得に当たって、どういう形で供与するのか、サンプルを試作する事にした。ニニは『引っ張りの術式』を記述できる。それだけを一枚の魔晶石に刻印する。制御やその他の機能はそれぞれ別の魔晶石に刻印する。それを魔力ゲートでつなぎ合わせていく。

通常は一つの魔晶石に全ての術式を刻印する。でも携帯端末では共通する通信部分と個体を識別する部分を分け、魔力ゲートで繋ぐという方法を採った。これはその応用版。


それから何を作るのかという詳細をまとめる。

あたしシャニが目指しているのは空飛ぶ列車みたいなものだ。一台の空飛ぶ機関艇が、ただ浮くだけの貨物艇や客室艇を引っ張って飛ぶ。大量の魔鉱石を運びたいからね。

客室艇は従業員をマンレオタとの間を往復させるため。将来的には帝都まで定期便を出せると良いな。

あたしシャニたちはこれを『連結飛空艇』と呼ぶ事にした。車は無いから列車じゃおかしいもんね。

それから『引っ張りの術式』をタークだけに留める場合のメリットとデメリット。連結飛空艇に応用した場合のメリットとデメリット。そうした事柄をまとめる。前世の陽子は食品会社の研究員で、新製品のプレゼンを良くやらされたから慣れたもんだ。

それからイワーニャ母様に相談する。誰かを説得しようと思ったらこれほどの適任者はいない。


サンプルを作り終えたあたしシャニとニニはカーサ母様と一緒に『工房の里』に転移した。もちろん、あたしリーアの空間魔法でね。

ロダ師匠はイワーニャ母様とカーサ母様が相手とあっては怒る訳にもいかない。

あたしシャニとニニは交互に説明をする。それから試作した連結飛空艇の小型サンプルを飛ばす。

ロダ師匠は目を剥いた。

その後をイワーニャ母様が引き継ぐ。

「ねえ、ロダ師匠。マンレオタにはこれまでこれといった特産物は無かった。でも魔鉱石が大量に産出するとなると、とても重要な産物になる。ところが良い運搬方法が今のところ無いのよ。いつまでもリーアさんに頼るわけにはいかないでしょ?この子達が考えた連結飛空艇があれば問題解決なの。どうかしら、『引っ張りの術式』を使わせて貰える?」

ロダ師匠は長い事目を瞑って考えてた。

「良かろう。術式を刻印した魔晶石の供与という形で認めよう。ただし、決して軍には渡してはならん。この術式を秘密にしたのは、わしの父が軍事転用を恐れたからなんじゃ」

「それについては位置掌握の術式を組み込む予定です。予定した経路以外では警告を鳴らすようにします。そして遠隔で機能停止させます。実は位置掌握の術式は既に一部携帯端末に組み込んであるんです」

「うむ」ロダ師匠は深く頷いた。


とりあえずは機関艇を一台、客室艇を一台、貨物艇を四台作ってもらう事にした。術式の作成はあたしシャニとニニ、それをロダ師匠に監修してもらい、実際の制作は工房の技師達に当たってもらう。あたしシャニの課題は実現に向けて動き出した。

半年もすればあたしリーアも魔鉱石運搬の作業からおさらば出来るだろう。


三ヶ月ほど経って、マンレオタに送る職人選定も一区切りついた。『引っ張りの術式』も作成は終えてロダ師匠の監修も終わり、製造へとかかり始めている。それを機会にニニはバクミン工房へ戻って行った。

カーサ母様は何だかんだ理屈をつけて帝都に留まっている。本音はあたしシャニと離れたくないだけなんだけどね。あたしシャニはマッシュ商会工房の相談に乗るため、帝都に残る事になったからさ。

帝都での生活はのんびりしたものになってきた。

ナンカの学校が終わる時間になると、侍女のノーマとお迎えに行く。その後、帝都探索と称してあちこち遊び回るんだ。帝都は魅力一杯。

マンレオタをこんな風に盛り上げる事ってできるかな?

魔法コンロが帝都のほとんどの薪屋の店先に並んでいるのを確かめた。そうだよね。魔法コンロが普及すると薪の需要が減ってくる。魔鉱石への魔素充填も商売になる。マッシュおじさん、卸先の選定、どんぴしゃだったね。


その日はマンレオタからのとんぼ返りで、帝都に滞在していたタオ兄ちゃんも一緒に出かけた。次に警護に向かうのが五日ほど先で、その間、やる事が無い筈だから、強引に誘い出す。

皇子のくせに、タオ兄ちゃんは王宮に行きたがらず、帝都に居る時はマンレオタ屋敷に滞在している。帝都や王宮には嫌な思い出しか無いからだそうだ。

帝都の街角には帰還兵らしい姿もチラホラ見える。

ハミの情報では帝国の侵攻は一段落し、占領地域の平定に取りかかっているらしい。そして戦争の終結に向けて、ツツ連合王国盟主サシャルリンとの交渉も水面下で行われているらしいけど、アインがその先頭に立ってるんだって。まあ、アジャ商会の会長書記みたいな立場だったから、サシャルリン王国との繋がりもあるんだろう。


「ねえ、アイン様はいつ戻られるの?」ナンカ姉様はいつもこれだ。

「さー、戦争が終わらないと無理じゃない?」もう、お返事適当。

「だってアイン様は軍人じゃないんでしょ?もう兵隊さんがどんどん戻って来てるんだし。アイン様も戻らないとおかしいわ」

「ふーん、いつもアインさんの側に居る女が気になる?」ちょっと意地悪につついてみる。

「えっ……そんな事……」

赤くなってもじもじしてる。ナンカ姉様はまだ十一のくせに、一人前の女やってるな。でも、脈は無いと思うぞ。ムイは強敵過ぎる。


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