第二十話 マンレオタ奪還


いよいよマンレオタ奪還に向けて出兵となった。

マンレオタ・ターク騎士隊は三十機。帝国軍二万。帝国騎士団は飛竜隊五十、闘竜隊五百。帝国魔道士三百名。

帝国軍は既に各地に総計五万人の兵士を送り込んでいる。ただ、携帯端末は持っていないので戦闘方法は従来通りだ。今度の出兵は新戦術が初めて試される。

前戦まで二十日の行軍となるところ、空間魔法でえいやっと送り込む。もちろん、その前にタークで前戦まで飛ばしたんだけどね。

前戦を控え、兵士達は野営になるが、司令官などトップの面々は領主の館に宿泊する。

キーズ・マッカン帝国軍司令官と幕僚達、シンザ・ミナンド帝国騎士団長、シャクティ・ザルラ帝国魔道師筆頭、父様とカーサ母様、あたしリーア、アインとムイ。

で、何でアインとムイが居るの?


夕食のテーブルは、あたしリーアの左にカーサ母様、右にムイ・トートズイ、その右にアイン・サンデニという席順になった。

「ねえ、何でアインがここに居るの?」あたしリーアはムイに聞いた。

「アイン様は帝国軍顧問ですから」ムイがすまして答える。

「え?いつの間に?で、あなたは?」

「あたしはいつもアイン様の隣です」

うわー、そこはごり押しか。よく通ったな。

次々と料理の皿が出され、飲み物がグラスに注がれる。ここの領主の歓待、凄いな。

領主の演説?があって乾杯の音頭が取られる。

あたしリーアもグラスを取って飲もうと口へ運ぶ……。


いきなりグラスを叩き落とされた。


ムイ?何をするの?

ムイが腹ばいになって、床に飛び散った液体の匂いを嗅ぐ。

「毒ではありませんね。催眠剤のようです」

その言葉に一同、驚愕する。

ムイは他のグラスも匂いを嗅いでいき、

「他には入っていません。リーアさんのグラスだけですね」

あたしリーアのグラスだけ?狙われたのあたし?

「これはどういう事かご説明頂けますか?」アインが鋭く領主に尋ねる。

「い、いや、私には何が何だか」領主はあたふた。

「料理人と給仕を集めて下さい」アインが詰め寄る。

料理人と給仕が集められて壁に並ぶ。

「どうだ?ムイ」

「リーアさんに給仕した男が居ませんね。逃げられたようです」

「リーアさんが狙われたという事は……」マッカンおじさんが呟く。

「空間魔法を使わせないためか?」ミナンドおじさんが続ける。

「王国の間者?」シャクティおばさんが首を傾げる。

「何にせよ、リーアさんは気を付けた方が良い。狙われているのは間違いない」

アインが締めくくった。


そんな事件はあったけど、翌日、あたしリーアとカーサ母様、もう一人タークの騎士の三機で前戦を越える事になった。兵士を転移させるためには、王国軍の占領地帯を空間把握できるようにしなければならない。

なぜかはよく分からないけど、カーサ母様にはムイが、タークの騎士にはアインが同乗した。

「作戦を立てるためだよ。偵察さ」

いや、何でアインなのかがよく分からない。


王国軍が布陣している頭上高くタークを走らせていると、案の定、竜騎兵が襲ってくる。

「リーアは良いから真っ直ぐ飛んで。道は私が空ける」

カーサ母様はそう言って、タークを縦横無尽に駆って魔法を打ち出し、竜騎兵を片っ端からたたき落とす。曲芸だわ、あれは。何年練習しても出来る気がしない。

それでもいくつか矢や魔法が飛んでくる。でも、そういうのは結界ではじく。

王国軍の後方遙かまで進んだ後、大きく旋回して戻る。

朝出発して戻ったのは夕方だった。相当広い範囲を転移先に選べる。

夕食が終わってから作戦会議。

アインが偵察の結果を報告すると、それに基づいた作戦が立案される。


翌朝早く、作戦が始まった。場所はデシャム平原と呼ばれる所。

王国軍は横に広く並ぶ陣形。鶴翼の陣と言うそうだ。その数三万五千。

帝国軍も対応するように陣を張る。

この世界の戦争は陣を張った後方に魔道士を配置し、まず魔法の打ち合いから始まる。

それから矢の応酬。魔法は結界で敵の矢を防ぐと共に味方の矢の勢いを強くする。

王国軍は定石通り矢と魔法を撃ってきた。

帝国軍は魔法を結界に集中する。


「リーアさん、今だ。作戦その一」

あたしリーアは後方に控えていた闘竜騎士隊を、王国の陣中央よりやや右翼側後方に転移させる。

闘竜騎士隊の猛攻が始まった。

後方を突かれた王国軍は大混乱に陥る。右翼の付け根がもがれた形だ。

中央と右翼の伝達を遮断するんだと、アインが言ってた。


「作戦その二」

あたしリーアは味方の陣の右翼を王国軍の右翼後方に転移させる。

もがれた敵陣右翼は陣形を大幅に崩す。当然だ。突然後ろに敵陣が出現したんだから。


「作戦その三」

あたしリーアは味方の残りを敵陣右翼直前に転移させる。

敵陣右翼一万七千は味方から分断され、前後から一万ずつの帝国軍から挟み撃ちに遭う。

優勢な兵力で右翼を各個撃破、という作戦だそうだ。

闘竜騎士隊は分断した位置から、敵陣中央の指揮者の居る方面へ猛攻をかける。


程なく、王国軍右翼は壊滅した。

「逃げる者は追うな。作戦に従って各隊、敵左翼方向に進撃」

マッカン司令官が携帯端末に向かって叫ぶ。

中央部を前後から挟撃された王国軍は完全に統制を失った。

敵前後の帝国軍は連携をうまく取りながら、王国軍の左翼を削っていく。

指令の届かない王国軍左翼は動きが取れず、やがて隊列を乱し潰走を始めた。

「全軍、隊列を立て直せ。追撃用意。負傷者は下がって魔道士の元へ行け」

「闘竜騎士隊は二手に分かれて側面に付け。飛竜隊は索敵開始、随時状況を報告しろ」

ミナンド騎士団長も次々に指令を飛ばす。


混戦でバラバラに散った部隊がみるみる形を整えていく。

「うーむ、見事だ。こんなに短時間で整列が済むとは」

マッカン司令官が唸る。

「携帯端末のおかげですな。部下達もうまく使っているようだ」

ミナンド騎士団長もご満悦だ。

「全隊、整列が終わったと報告が上がりました」

「よし。追撃開始!」マッカン司令官の号令が下った。

結局、昼前には追撃も含めて全ての戦闘が終わった。

「ターク騎士隊の出番は無かったわね」カーサ母様が父様に言う。

「結構な事さ。タークを人に向けたくないからな」


この戦いはデシャム会戦と呼ばれ、王国側が壊滅と言っていいほどの損害を出したのに対し、帝国側の犠牲者はごく僅か。帝国軍が一方的な勝利を収めた。


大きな戦いはそれだけだった。

数百人から数千人程度の王国部隊は、帝国軍を目にすると慌てて退却していった。

デシャム会戦の帝国軍の強さが伝わったのだろう。また、不可解な用兵を行う事も、逃げた王国兵から聞いていたと思う。

散発的な戦闘はあったけど、十日ほど進軍するとマンレオタの境界に差し掛かる。


途中から魔物が出没し始め、進むほど増えてきた。そんな魔物はマンレオタ騎士隊が次々に討ち取っていく。

進むにつれ、各地に散らばって魔物に対応していたターク騎士も集まり、騎士隊は六十機を超えるようになった。そしてマンレオタを越えて徘徊する魔物を掃討していく。

帝国騎士隊の闘竜には魔道士も乗ってもらい、結界を張りながら魔物と戦うよう教える。

「魔物が危険なのは身に纏う瘴気です。必ず結界を固くして瘴気に触れたり吸ったりしないように。また、魔物に素手で触れてはいけません。中型くらいまでは戦斧や剣でも倒せますが、大型は厳しいでしょう。マンレオタ騎士隊を呼んで下さい」


概ね魔物の掃討が済んだ後は、帝国騎士団とマンレオタ騎士隊だけで、マンレオタ領に入る事になった。

帝国軍の一部はこれまで侵攻してきた地域の支配を固める。

既にケッテニー宰相には文官派遣の要請が届いている。

残りの帝国軍は更に転進して、トワンティ領など王国軍と対峙している帝国軍の援護にまわる。

この軍にはあたしリーアとカーサ母様、ターク騎士隊の一人が加わり、マンレオタには後で合流する事になった。帝国客員魔道士としては、要請を断るわけにはいかないもんね。


トワンティ公の領地には一度滞在したので、帝国軍を一気に転移させる。

それから例によって、王国軍の頭上遙かをタークで飛び抜け、空間把握の領域を広げる。

今度のアインの作戦は単純で、単に帝国軍を王国軍後方に転移して攻撃、混乱した所をトワンティ側から一気に攻め入る、というものだった。

それまで拮抗していた兵力が一気に帝国側に傾いたので、こんな単純な作戦で良いらしい。


あたしリーア、カーサ母様、アイン、ムイは小高い丘に陣取って観戦。

あたしリーアが一回だけ兵達を転移させると、もうやることが無くなった。

アインはのんびり観戦している。

と、あたしリーアは空間把握に不穏な物を感じる。

カーサ母様とムイも身構える。

「ん?どうしたの?」アインがのんびりした声で訊く。

一瞬、ムイが放たれてきた矢を剣ではじき返す。

カーサ母様も矢をたたき落とす。

二本はムイがすばやく躱したので地面に突き刺さる。

「ん?私を狙った?」ムイが首を傾げる。

すぐにあたしリーアとカーサ母様が結界を張った。

結界が十数本の矢をはじく。今度は全員を狙ったみたい。

「ご丁寧に毒が塗ってあるわ」ムイが吐き出すように言う。

攻撃はそれで止んだ。失敗したと知って素早く逃走したらしい。

「サシャルリンの『影』か。何であたしを?」

ムイが矢を眺めながら独りごちた。

「サシャルリンの『影』って?」アインが訊く。

「サシャルリン王室が飼ってる隠密部隊。狙われる覚えないなあ」

「この間、リーアさんを助けたの根に持ってんじゃないか?」

「むしろ、あたしが邪魔なのかな。毒系統見破るの得意だし」

「こないだのは催眠剤だったしね。リーアさんを掠おうとしているのかも」

掠ってどうするんだろう?あたしリーアなら空間魔法ですぐ逃げちゃうのに。


そうこうしている内に戦いは終わったらしい。

そのままトワンティ領を越えて掃討戦になった。

五日ほど進軍を続けると王国との国境にたどり着く。

王国軍は国境の遙か先まで退却していったようなので、五千の兵を守備に残し、別方面で戦っている帝国軍の増援に向かう事になった。


次の転進先は、あたしの行った事のない場所だったので、アインに案内してもらう。

タークだと半日だけど、行軍するとなると十日はかかったろうな。

そこは砦で、王国軍が立てこもっている所を帝国軍が攻めている。

包囲するには兵力不足でなかなか攻め落とせないようだ。

周りは濠で囲まれ、門は跳ね橋を引き上げて閉じるようになっている。

あたしリーアは携帯端末で連絡を取り、帝国軍を転移させた。

「あの中に兵員を転移できるかな」アインが尋ねてきた。

「中はごちゃごちゃしてるから整然と転移させるの難しそう」

「じゃ、少数精鋭で跳ね橋を降ろすか」

「ちょっと待って。あの跳ね橋、鎖で吊ってるから切れるわ。それから濠の水は空に出来る」

「まじか。敵には回したくないね」

アイン達が作戦を練っている間に、あたしリーアは濠の水を全部疑似空間に転移した。


空の濠の周りを帝国兵が整列する。

一斉に矢が飛んでくるが、魔道士達の結界がはじき返す。

合図を待って、あたしリーアが跳ね橋を吊している鎖を転移して消す。

大きな音を立てて跳ね橋が落ちてきた。

同時に、汲み上げた水を城壁上の兵に向けて落とす。半分くらい押し流されたかな。

帝国軍は一斉に門の中に攻め入ると同時に、抵抗のなくなった城壁を登り始めた。

外のあたしリーア達にも聞こえるくらい、砦の中は激しい剣戟の音と怒号が響き渡る。

今度は帝国側にも被害出るんだろうな。

半日くらい激しい戦いが続き、やっと王国軍が降伏した。


そこへ父様から魔物の掃討が終わったとカーサ母様に連絡があった。

王国側のヨルド領を徘徊していた魔物も、ついでに綺麗にしてきたそうだ。

ただ、マンレオタの荒れ様はひどく、復興には日時と人手が必要との事。

だから軍務が済んだら、帝都か『工房の里』で待っていて欲しいと言う事だった。

それから――二人の長電話、もとい、長通話が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る