第十九話 取引と出陣準備


練兵場での魔法お披露目から二日ほどして、あたしリーアに宮殿からお呼びがかかった。

「リーア殿、これは命令ではなくお願いなんだが、私の客員魔道士になってくれまいか」

シャクティおばさんからいきなり切り出された。

「え……っと、それは戦争に協力するって事ですよね」

「そういう局面もあるのは事実です。だが帝国魔道士の役割はそれだけじゃない。魔法を使って国民の暮らしを支える役割が大きい。治山、治水、災害対策、開拓事業など、魔法が無いと困難、又は不可能な事態に対処するんです。報償ははずみますよ」

「あたしにそんな大それた事、無理ですよ」

「何を言ってるんです。先日、練兵場で私の部下達を総なめにしたじゃありませんか。彼らに出来てあなたに出来ないなんて、あり得ません」


あー、やっぱり目をつけられた。ホムンクルス使って正解だった。幼女のあたしシャニだけじゃ逃げ道無かったろうな。今後も慎重に行かなくっちゃ。

「それじゃですね、パートタイムじゃいけませんか?」

「ぱあとたいむ?」

「ああ、非常勤って事です。何か事案があれば事前に相談して頂く。それを受ける、受けないはあたしが決めます。いつやるか、どれくらいやるかも。一旦決めたら約束は守りますから」

「何と。聞いた事のない仕組みですな。よろしいでしょう。それで契約成立です」

「それで、早速なんだけどね、兵達を訓練して欲しいんだ」

アイン、何で居るの?それに何言ってる?

「訓練なんて、素人のあたしに出来るわけ無いでしょ?」

「戦闘の訓練じゃないよ。『どこでもない場所』に慣れる訓練さ。司令官や騎士団長とも話し合ったんだけど、リーアさんの魔法で兵士達を移動させるんだ。戦術的には圧倒的優位に立てる」

こいつ、何てこと考えるんだ。それに司令官や騎士団長?いつの間に?

「まあ、出来ない事ないけどさ。大丈夫かなあ。それに転移はあたしの行ったことのある場所じゃないとできないよ」

「転移させる前にその場所へ行っておけば良いじゃないか」

「簡単に言ってくれるじゃない」

「マンレオタはターク持ってるだろ?あれで移動すれば良い」

そりゃそうだけどさ。毎度、騎士さんの膝に乗っかるのも、乙女としてどうかと思う。


「タークの乗り方、教えましょうか?」カーサ母様の助け船。

タークを自分で操縦する?そうか、幼女じゃなくて大人の体のあたしリーアなら一人で操縦できるじゃない。閃いた。

「シャクティさん、あたしにタークを一台買って頂けますか?」

「ふむ。カーサイレ殿、タークはいかほどするものでしょう」

「金貨五千枚です」

「ご……五千枚……ううむ……」シャクティおばさん、天を仰いで黙り込んでしまった。

「騎士団や軍にも負担させればいいじゃないですか。あと、魔道協会とか帝室とか」

そう言ってアインは携帯端末を取り出す。ちょい待ち、それって秘密になってるんじゃ?

「ああ、これね。軍機だって言うからマッシュ達には知らせてないよ」

アインはウィンクすると、端末であちこち交渉を始めた。すっげー。

いつもすっとぼけてるけど、こいつ、とんでもない大物じゃないかな。

「騎士団五百、軍二千、魔道協会五百、ケッテニー宰相が色んな所から一千集めるって。あと一千だけだよ」

「……分かった。リーア殿、タークを購入する。それで引き受けてくれるな?」

あ。逆に断れなくなっちゃった。アインめ。


結局、午前中はタークの練習、午後は兵達の訓練ということになった。期限は携帯端末が揃う一ヶ月先まで。

タークの操縦は意外に難しかった。あたしリーアは操縦席に座り、カーサ母様が後ろで立つ。

前世のあたし陽子はニーハンライダーでもあった。でも、タークは上下にも走る。小型の飛行機みたいなもんだ。感覚がまるで違う。

カーサ母様が後ろで指示する通り動かしてみる。大事なのはイメージだ。イメージを魔力に乗せて前のバーに流し込む。ゆっくり走っている分には良いが、少しスピードを上げるとイメージが追いつかなくなる。底を擦ったり、大幅に外にぶれたりする。機体が斜めに傾いたり、変な振動がしたりする。

防御魔法が無かったらあちこち傷だらけ、へこみだらけになってたろうな。

それにしてもカーサ母様は凄い。立ったままなのに、振り飛ばされもせず姿勢を保ってる。


一ヶ月で細かい動きはともかく、ちょっと遠出でツーリング、みたいのは出来るようになった。

でも、飛竜に襲われたりすると対処できないので、カーサ母様なんかに護衛して貰おう。

新しい二十台のタークも新人騎士に割り当てられ、父様が訓練に当たった。

魔法が使える必要があったので、魔道協会に選んで貰ったらしい。彼らは朝から晩までスパルタ式の特訓。その甲斐あってか、あたしリーアよりずっとうまく乗りこなしてる。


空間魔法の訓練は、要するに疑似空間に慣れるという事だ。それから実空間に転移した時、隊列を維持し、すぐに活動出来なきゃいけない。

だから、只ひたすら繰り返せば良い訳なんだけど、疑似空間にそのまま浮かぶというのは実に精神衛生上良くない。だから壁や天井、床が必要なんだ。これが大人数となると大事になる。

ぶっちゃけ、二万人収容の建物なんて一月二月で出来るもんじゃない。

苦肉の策として、天幕を大量に用意して貰った。これは隊列を変更した場合でも、自由に組み替えがきく。悔しいけどアインの案だ。

最初、隊長格の人たちに慣れて貰い、部下を指導して貰う。中隊規模くらいから徐々に増やして最後は二万人。一ヶ月で現空間に転移直後、一糸乱れず突撃、なんて事ができるようになった。

騎士団は特別で、百騎の飛竜がいる。更に闘竜一千。人間じゃなく飛竜や闘竜を落ち着かせるのは大変だった。闘竜は走竜と違い、肉食で凶暴。巨大な頭と鋭い牙を持つ。それを騎士達はなだめすかし、大人しくさせる。さすが帝国騎士団。


一方、あたしシャニは、アジャ商会が買い取った工房にニニと出向き、魔法コンロの製法を技師達に教えた。どうやら魔工技師付きで買い取れたらしい。

技師達はあたしシャニとニニを見て、疑わしそうな目つきになった。六才の幼女と十才の少女だもんね。

それが、さくさくと術式を組み上げ、腐食液を魔晶石に転写していくのを見て驚嘆した。彼らの全く知らない方法だったし。

そして、ニニがロダ・バクミンの孫だと知ると、もう神扱い。

あたしシャニと言えば、工房のマスコットみたいになっちゃた。けど、仕事はちゃんとしてるよ。


最初のロットを揃えた後、マッシュおじさんは展示室に小売商の主人達を集め、実演会を開いた。最初のロットは瞬間的に売り切れ。予約殺到という顛末になった。

現状の工房ではとても受けきれない数量。

マッシュおじさんは急遽、別の大きな工房を買収、またしても、あたしシャニとニニが出向く事になった。

あっという間に魔鉱石は底をつき、『工房の里』で精製して貰って、あたしリーアが転移させる。アジャ商会との契約では相当の金額になる。

帝都では魔法コンロはびっくりするほどの勢いで売れていき、やがて帝国全体に普及する。ロイヤリティ収入は安定してマンレオタを潤した。が、まあ、それは後日譚。


壮行会でお披露目になった絹は、とんでもない騒ぎを巻き起こした。壮行会はあたしもカーサ母様と一緒に参加したので覚えてる。

マッシュおじさんは一通り紹介した後、現在五反ずつしかなく、年間十反づつしか販売できない事、予約は受付できない事を念を入れて説明した。

その上で、オークション形式で販売する事を宣言。正直、マッシュおじさんも値段を付けかねたらしい。

反物をあらためた領主の奥様方からはブーイングの嵐。

マッシュおじさん曰く、背中に殺気を感じて震え上がったという。


希少価値と品質から、オークションは金貨百枚から始める事にした。

「二百枚!」すぐに声が上がった。

「三百枚!」間髪を入れず。

「五百枚!」

「六百枚!」

「七百枚!」

「八百枚!」

あれよあれよ。でも、さすがに間が開く。

「九百枚!」

「さあ、九百枚出ました。その上はありませんか?」

「九百五十枚!」

「はい、九百五十枚。さあ、他には?」

「一千枚」これで確定という落ち着いた声。第二皇妃セララ。

「一千枚出ましたねえ、これで落札かな」

「一千百!」

皇妃セララがじろりと発言者を睨む。

「一千二百」

「一千三百!」

「一千五百」

これで決着がついた。第二皇妃セララが落札。

第一落札者の権利として入念に反物を選ぶ。

「では、次の一反。公平を期して、前の落札者は参加できませんので悪しからず」

黄色い叫び声が会場を満たす。

さすがに金貨一千五百枚は出なかったが、一千二百から一千四百までで買い手が付いた。


その後、マッシュおじさんは奥様方から猛烈に攻めまくられたという。

「合計、一万三千六百枚だ。この六割を……」ハミに向かって言う。

「マッシュさん、ちょっと待って下さい。六割は無いでしょう?絹の生産にはとんでもない労力がかかってるんです。九割が妥当です」あたしリーアが遮る。

「ん。そう言えばそうだな。じゃ七割で」

「ふーん、じゃ、取引終わりですね。他の商人なら九割でも喜んで買いますよ」

「あー、待て待て、八割で手を打とう。リーアさんも駆け引き覚えたな?」

「アインさんのおかげです」

「あいつめ!」

そう言いながら、マッシュおじさんは従業員に金貨を数えながら箱に入れさせる。

「金貨一万枚……」ハミの手が震えている。

「良かったね。これで無事冬が越せる。もう危ないお役目引き受けちゃダメだよ」

「リーア様。本当に何とお礼を言って良いか……」

ハミはあたしリーアの胸にすがって泣き出した。


携帯端末が揃い、全体に支給されると、通信を使った訓練が始まった。

空間魔法を使った訓練は一時休止し、あたしリーアは魔道士達の訓練に付き合うように言われた。

それで気になったのが割と早い魔素切れ。

体内魔素を増やすには魔素の濃い所で過ごしたり、魔素の濃い食品を摂るのが効果的だ。

帝都の魔素はかなり希薄だ。そこで訓練は魔素の濃い『工房の里』近くの荒れ地で行う事にする。食事も谷で採れた小麦や野菜を摂る。

魔道士達を荒れ地に転移する。これは毎日行き来するので空間魔法に慣れる訓練にもなる。

数日で効果が現れ始めた。

時々魔獣に出くわすけど、それも良い戦闘訓練になるし、肉には魔素がたっぷり含まれている。


ある日、魔道士達が騒ぎ始めた。

「なに、どうしたの?」

「魔女殿、あれ見て下さい。魔獣に人が……」

指さす方を見ると、大型の猫のような魔獣に人が乗っている。

ん?あれって。

イッティ!

人を乗せた魔獣があたしリーアの側に走り寄ってくる。

「あらー、リーアさん。ここで何してるのー」

「魔法の訓練なんだけど、あなたこそそれ何?」

「お友達ー。お散歩してるのー」

巨大猫の魔獣とお友達?

この子はまあ、常識ひっくり返してくれるわね。人の事言えないけど。


「お知り合いですか?」魔道士の一人が聞いてくる。

「ええ、マンレオタの娘さん」

「マンレオタって魔獣飼ってるんですか?」

「んな訳無いでしょ!この子が変なのよ」

「あー。リーアさんに言われたくないー」返されたよ。

「イワーニャ奥様はご存じなの?」

「うん。知ってるよー。びっくりしてたけどー」

そりゃ驚くだろうさ。

「それより遊ぼうよ。みんな逃げちゃって遊んでくれないんだー」

当たり前でしょうが。天然も大概にしろっての。

「追かけっこしよー。行っくよー!」

その日の訓練は、身体強化をかけた魔道士達が、巨大猫の魔獣に乗ったイッティに追いかけまくられる次第となった。

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