第十八話 帝都交流記


アジャ商会って結構大きな石造りの建物で、四階建て。特に店舗はなく、卸売りのような事をしているらしい。一階は商品展示室と奥の方に倉庫があるそうだ。二階は商談室がいくつもあってその一室に案内された。三階、四階は商品種別の倉庫だって言う。

お茶がおいしい。あたしシャニのは砂糖入れて貰ったけどね。この体、幼児体質なので甘みがないと。


「おお、シャニちゃんとニニちゃんだね、お久しぶり」

マッシュさん、帰ってたんだ。

「あの後、無事だったんですね」

「そりゃこちらのセリフ。ずーっと音信不通だったので心配してたんだよ」

「ふっふっふ。シャニは不死身です」Vサインを突きつける。

「こりゃまた。逞しくなったもんだ」苦笑いするマッシュおじさん。


その後、アジャ商会一行に送って貰って帰宅する事になった。

父様達は帰っていて、皆で挨拶を交わす。

「折角なので商談しません?」カーサ母様が微笑む。

「断る理由がありませんな。かなり旨そうな匂いがしますぞ」

カーサ母様とあたしリーア、そしてアジャ商会一同が一室に集まる。

あたしシャニとニニ、ナンカ姉様は別の部屋でお喋り。

父様は携帯端末でお話中。イワーニャ母様だね。長話になるぞ。


まず、あたしリーアが魔法コンロを転移する。

普通の転移魔法は詠唱も要るし、転移時には揺らぎのような現象がある。

でもあたしの空間魔法はいきなり物が現れたり、いきなり消えたりする。

マッシュおじさんが引きつった笑いを浮かべた。

「えっと、まず一番小さなこれ。持ち運びを考えて小さくしてあります。その代わり加熱時間は最大火力で二時間。魔鉱石は魔素充填済みの物を交換できます」

リーアのあたしリーアは実際に点火してお湯を沸かしてみる。

「こちらは据え付けタイプ。一口と二口。最大火力で連続十時間。これも魔素充填済みの魔鉱石と交換できます。魔素の充填は魔素の濃いところで三日、薄いところだと二十日くらいかかります。魔素の濃い所で充填して、魔素切れの魔鉱石と交換するのも手ですね。手数料取って」

マッシュおじさん、交換用の魔鉱石の板を手に取ってみる。

「案外、軽いな」

「こっちが暖房兼用タイプ。二口だけです。これは最大火力で二日。火力は三倍以上あります。魔鉱石は五十センチ四方と大きくなります。いずれも手前のダイヤルで火力調節できます。魔法を使う必要はありません」

マッシュおじさん、顎に手を当てて考え込む。

「暖房は専用の方が良いな。コンロはコンロだけの方が良いだろう」

「あと、避難先で魔鉱石の鉱床を見つけました。純度60%の超優良鉱床です。しかも露天掘り」

「本当か!それは凄い」


三つの魔法コンロはサンプルに持って行って貰う事にした。魔鉱石については注文取れ次第、発注という約束が取れた。

コンロの制作についてはバクミン工房ではなく、帝都で工房の一つを買い、魔工技師を雇って行うのが良い、という話がまとまった。マッシュおじさんには手頃な物件の心当たりがあるらしい。つまり、あたし達が直接コンロを売るのでなく、アジャ商会が制作販売し、ロイヤリティーを貰う。相談の上、ロイヤリティーは販売価格の二割で手を打った。


それから携帯端末でハミを呼び出し、シンハンニルからこの部屋へ転移させる。

「お久しぶりです、マッシュ殿、アイン殿、ムイ殿」

ハミが深々と礼をする。

「おお、ハミさん、お久しぶり。こちらへ現れたと言う事は?」

「はい、このような物を持って参りました」

ハミが二つの反物を差し出す。

「これは?」

ムイが目を輝かせて手を伸ばす。

「素敵!こんな光沢、見た事無いわ……わ、この肌触り……」

頬に擦り付けてうっとりと目を閉じる。


「見た事の無い布だな。しかし見事だ」マッシュが唸る。

「絹と申します。産地と製法はお教えできません。糸は稀少で製法は難しく、一年で十反づつしか作れません。これをアジャ商会でのみ、取り扱って頂きたいのです」

「わしらの専売で良いと?」

「マッシュ殿を見込んでお願い致したく」

マッシュおじさん、しばらく腕を組んで考える。

「今、何反お持ちかな?」

「五反づつお出しできます」

「ふむ。近々壮行会が予定されている。皇妃や領主の奥方も集まるからそこへ出してみよう。お預かりしてよろしいかな?」

「よろしくお願い致します」

あたしリーアが反物を収めた行李を転移させる。

商談はそれで終わり、お茶を飲みながら思い出話になった。


そこへ来客が告げられる。

シャクティ・ザルラ帝国魔道師筆頭だった。

マッシュおじさん達が腰を浮かすと、シャクティおばさんは手で押しとどめた。

「あ、今日はちょっとしたお願いがあって来ただけですから」

「あたしに、でしょうか?」あたしリーアが尋ねる。

「ええ。先日お願いした貴女の魔法、明日見せて頂くわけにはいかないでしょうか?」

「はい。特に予定はありませんので」

「他に使える魔法はありますか?」

「防御魔法、治癒魔法、強化魔法、火魔法、水魔法、風魔法ですね」

火魔法は野営の時の調理、水魔法は飲料の確保、風魔法は濡れた物を乾かしたり、邪魔物を吹き飛ばすのに使ったりした。攻撃用ではなく、ホムンクルスが魔道士をサポートするために使う物だ。まあ、やりようで攻撃にも使えるけど、魔王には意味なかったから。

「まあ、その若さでそんなに!では明日の午後、宮殿の練兵場で」

「あ、すみません、それご一緒しちゃいけませんか?」アインが手を上げる。

「アジャ商会の方でしたね。よろしいですよ。案内の者に伝えておきましょう」

「アインは物好きだな。わしは行かんよ」

「まったく、会長は商売の種にならないと、ハナも引っかけないんだから」

シャクティおばさんはすぐ部屋を出て行った。


練兵場は宮殿のすぐ脇だったのであまり歩かずに済んだ。

既にデ・イルお爺さんとシャクティおばさんが待っていた。でも、何でミナンド騎士団長とマッカン司令官まで居るの?他にも大勢居るのは服装からして帝国魔道士の人たちかな。

「あのー、皆さんもご一緒ですか?」

「はい。お願いしますよ」

ありゃー、この人数では丸木小屋には入りきれないな。

当たりを見回すと講堂みたいな建物があった。

「では、あの建物を移します」

一瞬、建物が消え去り、一息置いて皆の目の前に転移させた。

一斉に喚声が上がった。


「何だ今のは?」

「無詠唱だって?」

「前触れも何も無かったぞ!」

「建物丸ごととは……」

それから皆に建物に入って貰った。

「この魔法は一旦、『どこでもない場所』に転移し、その後、あたしの認識できる場所ならどこにでも転移できます。『どこでもない場所』では体が浮きますから、慌てないで下さい」

「え、ちょっと待って、我々も転移させるのか?」何人かのうろたえた声。

「はい。覚悟はよろしいですか?」ちょっと意地悪かな?


建物ごと疑似空間に転移。

一斉に悲鳴が上がった。いつもの事だな。

「体を楽にして下さい。水に浮かぶ時みたいに」

シャクティおばさんが窓から外を見て息を呑む。暗黒の深淵。

「これが『どこでもない場所』か……」

「では、ある場所へ転移します。いきますよ」

空間把握で『工房の里』の川岸を確かめる。まだ麦畑になっていない場所に建物ごと転移。

急に足下に重みがかかるのでたたらを踏む。何人かがバランスを崩してこけた。

皆は声もなく周りを見回している。

「ここは一年間避難生活をしていた場所です。『工房の里』って呼んでます。向こうに見える建物がバクミン工房です。マンレオタから移してきました」


窓からイワーニャ母様が走ってくるのが見えた。あらかじめ携帯端末で知らせてある。

「皆さん、イワーニャ・マンレオタ奥様です。」

「ミナンド卿、マッカン卿、ザルラ卿、お久しぶりです。それからこちらは?」

イワーニャ母様とデ・イルじいさんは面識無かったらしい。

「トーガ・デ・イルじゃ」

「これは長老様、イワーニャ・マンレオタです。お初にお目にかかります」

「あと、こちらは帝国魔道師の方々です」

「おお、癒やしの聖女様!」魔道師達から声が上がる。

「まあ、まだ覚えていて下さったの?うれしいわ」イワーニャ母様、艶然と微笑む。

「サラダンから話は聞いたよ。無事で何よりだ」マッカン司令官が肩を叩く。

「それにしても辺鄙な所だな。帝都からどれくらいあるんだ?」ミナンド騎士団長が聞く。

「歩けば一ヶ月以上かかるんじゃないかな?」あたしリーアが軽く答える。

「そんな遠くまで転移したのか!」

一斉に驚きの声が上がる。


大人数だったので、岸壁の部屋ではなく、空いている格納庫に移って貰った。扉は開け放ってあるので、谷の光景が一望できる。

技師の奥さん達がテーブルと椅子を用意し、お茶とお菓子を出してくれた。

イワーニャ母様を囲んで昔話に花が咲く。あれ、アインの奴、いつの間にか話の輪に入ってるな。

魔道師達からは質問の雨を浴びせられた。

ただ、空間魔法は次元の概念が分からないと動作原理が理解できない。

最後には全員悶絶。目を回してテーブルに倒れ伏した。

「まあまあ、皆何てざまなの。さあ、そろそろ戻りますよ」

シャクティおばさんが叱咤して、ようやく皆転移した建物に戻った。


それから練兵場へ戻る。

ミナンドおじさん、マッカンおじさん、シャクティおばさん、デ・イルお爺さんが額を集めて何か相談事を始めた。って、何でアインがそこに混じってるの?

「魔女殿、手合わせをお願いできないでしょうか?」

魔道士の一人が真剣に願い出てくる。あたしリーア、魔女認定ですか。

「うーん、まあ、良いですよ」


向かい合って、あたしリーアは一瞬で身体強化と防御魔法をかける。

相手は防御魔法を詠唱する。

あたしリーアは水魔法で水を生成すると、その水を相手の頭の周りに転移し、氷結させる。

相手は息が出来なくて、詠唱も続けられずもがき始める。ギブアップしたので氷結を解く。

「何だと!無詠唱?」

「秒殺じゃないか」


続く相手は防御魔法が完成するまで待ってやる。おー、うまく結界張れたな。

で、水魔法で生成した水を結界の内に転移させ、氷結。

「結界が効かない?」

「結界をすり抜けるだと?」

何人か続けた後、あまりにも可愛そうなので、防御魔法だけで攻撃を受ける事にする。

火魔法、水魔法、雷魔法、土魔法…………

魔王の攻撃を凌いだ結界だよ。どれもあたしリーアの結界を破れない。

ついには魔素切れでへたり込む。

「ちょっと待て、これで何人魔素切れになった?」

「魔女殿は魔素切れにならないのか?」

悪いわねー。あたしリーア、魔素は無限大。疑似空間にたっぷり溜め込んであるんだから。

ほとんどの魔道士達をグロッキーにしたのを、シャクティおばさんが気づいた。

「何をしてるんだね、お前達!……って、これ皆リーア殿が?」


うーん、てへぺろで誤魔化せるかなー。無理か。

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