♰Chapter 33:魔眼の魔法使い

発砲と突撃、そして自爆を繰り返しながら大量に追尾してくる警備機構兵を背にオレと東雲は駆け続けていた。

あれから幾度となく会敵したが、あまりにも敵の総数が多い。

しかもその全てが東雲グループ本社に在籍する人々と警備機構なのだ。

特に人に至ってはただ殺すだけでも疲労は蓄積されるが、生かしたまま無力化することはそれ以上の疲労をもたらしている。


――そこでオレ達が下した結論。

できるだけ身を潜めることでやり過ごし、戦闘回数を減らすという作戦だった。


それでも全てをやり過ごせるわけではない。


「――東雲、いつまでもは逃げられないぞ!」

「分かってるってば!」


無数の弾痕がすぐ横の床を削り、分厚いビルの硝子にも容赦なく跳弾する。

銃撃音と爆撃音がひしめく混沌とした状況だ。

そして元凶は十を下らない数の警備機構兵。


「あと少し……あと少しなの!」


正面にはようやく扉が見えてくる。

あれがこのビルの支配権を強奪した敵の潜伏場所へ通じる入口だ。

背後を見ればもうわずかな距離で追いつかれるところ。

これ以上の接近を許す前に迎撃態勢を取ることを決断し、それを実際の行動に移そうとしたときだ。

不意に東雲が扉の手前で身体の向きを百八十度回転させる。


「伏せなさい!」


オレは即座に姿勢を倒し、スライドすることで横をすり抜ける。

動きを止めたオレ達に起爆シークエンスに突入した大量の警備機構兵が跳躍し、あるいは滑走してくる。

いずれも些細でも衝撃が加わったとき、一斉起爆することだろう。


「はああああああ!!」


極度の緊張のなか、彼女は高密度に圧縮された雷撃を解き放つ。


“び……びび……”


ノイズ塗れの機械音声がいくつも通り越していき――


身体を震わせるほど激しい爆発が背後の扉を粉砕した。

高密度に圧縮された雷撃が一時的に機械システムを麻痺させ、自己修復プログラムによる回復の数秒間だけ爆発を遅延させたのだろう。


通路に満ちた黒煙は、砕けた硝子窓から次々に排出され、扉の向こう側が明らかになる。


「――まったく派手にやってくれるね」


執務室には一見すると、わずかに一人しかいない。


「やっぱりあんただったのね! お父様はどこ⁉」


怒りの視線が御法川に刺さるがそれも気にしていないようだった。


「君の父親か。そうだね……近くで眠ってもらっているよ」

「そんなことは聞いてないわよっ! さっさと居場所を吐かないと楽には死なせないわよ?」

「答えるわけがない――それが僕の」


御法川は一度大きな溜息を吐いた。

それだけで雰囲気が一転する。


「はあ……いい加減この口調にも疲れた。ここからは本来の性格で行かせてもらう」


今まで被っていた偽りの仮面は完全に捨て去ったらしい。

良人めいた微笑みを象っていた口元は真一文字に引き結ばれている。

東雲が直感していた違和感の正体は事実、御法川の偽りに起因していたのだ。


東雲はぎりっと音がしそうなほど噛みしめながら憎々しげに動く機会を探っている。

迂闊に相手の懐に飛び込まないのは彼女が理性を保っていることの表れだ。


「東雲に八神。あんたらがここまで早く俺に辿り着くとは思っていなかった。全ては上手くいっていたというのに……にアーティファクトの運搬を命じたのは悪手だったか」


半ば独り言のように悔いる御法川。

あいつとは自決した男のことを指しているのだろう。


「このままではの力にすらなれない」


“あの人”。

“あの方”という言葉なら氷鉋も使っていた。

言葉の丁寧さは異なるが、特定の一人を指しているということは容易に想像できる。

そしてその人物こそが〔約定〕に属する全ての魔法使いの盟主たる存在であろうことも。


「ああ、お前たちは知らないんだったな。あの人はあの人さ。魔法使いもそうでない人間も傷を抱えていれば必ず手を差し伸べてくれるんだ。そんな希望に俺は救われた。だからこそ今回の計画を成功させなければならない」

「計画とやらも教える気はないんだな?」

「当然だ」

「なら無理にでも口を割らせるしかなさそうだ」


オレはすぐ傍にあるソファの裏へ短刀を投擲する。


「ぐおっ……」

「東雲!」


悲鳴を皮切りにすぐに他の隠れ潜んでいた数人が発砲を開始する。

だが東雲は瞬間移動を見紛うほどの身のこなしで、相手の頭部を打ち気絶させた。


……オレが呼ぶより早く行動していたな。


これでようやく執務室内の気配がオレと東雲と御法川だけになる。


「東雲の人間は優秀だがそれでも固有能力持ち相手ではこの程度か。だがやりようは見いだせた」

「何なのよこれ!」


東雲の着地の瞬間、気絶していたはずの男が彼女の両足に絡みつく。

彼女は刀の嶺でどうにか薙ぎ払おうとするも離れることはない。

そして暗がりにようやく気付くことになった。


操られている人間の頭部には麻袋が被せられている。

オレは気色悪さを覚えつつ、すぐに彼女から引き剝がそうと行動しかけるが、御法川の声がそれを遮った。


「動くな。動けば朱音を撃つ」

「……彼女が銃弾ごときで倒れると思うか?」

「雷撃の方が早いだろうな。でも彼を撃ち殺すのは造作ない」


照準に迷いはない。

距離は東雲の方が近いが、操られた男を助けるよりも引き金が引かれる方が早いだろう。

不意に動けばこれまで生かしたまま無力化してきた努力が無駄になってしまう。


「ああ、月も出てきたな。ちょうどいい」

「あんた……まさか――⁉」


――発砲音。

次いではらりと麻布が落ちる。

そして操られている男の顔を見た途端、東雲の顔が悲痛なものに変わった。


「おとう……さま……! お父様!!」


武器を放棄し、彼女は父親を正気に戻そうと肩を揺さぶる。


「御法川っ……お父様になにをしたの!!?」


月明かりだけが差し込むその状況にオレもようやく理解する。

彼女の父親は白目を剥いており、確実に気絶している。

だがまるで意識があるかのように彼女を拘束し続けている。


「本当に……人の愛というのは単純でいい。従順で盲目的で、植え付けられた仮の感情であっても逃れられないんだ。まるで自分の娘など覚えていないようじゃないか」


愉快そうに口角を吊り上げている。


「くっ!! 放して、放してよお父様!!」


最優先対象であるはずの父親に刀の切っ先を向けている。

そのままわずかに体重を傾ければ束縛からは解放される。


「はは、君にそれができるのか?」

「……!」


手は震え、泣きそうなほど苦しげな視線がオレと交わる。


東雲は人との交流を嫌っていない。

口の悪さに象徴される態度の横柄さも全ては怖いから。

人が怖いから好きなものに素直になれず、人が恐ろしいから好きなものに近づけない。

過去によって強制的に外面と内面が乖離させられてしまった少女。

ここで守りたいものにさえ手を掛けてしまえば、戻れなくなる。

後悔を、取り戻せなくなる。


「……これだけじゃ分からないか。ならこうしよう」

「っ」


銃口がオレに向けられ、一発の弾丸が頬を掠めていく。


「八神っ!!」

「朱音、君が父親を殺さなければ五秒ごとに八神に風穴を開けていくよ。今度は脅しじゃない」

「なんで、なんでなのよっ……! こんなこと!!」

「君が君の父親を殺したとき、どんな反応をするのか、あるいはしないのか。それにすごく興味があるんだ。あの人の命令を遂行する目的とは離れるけどさ。それに彼以外にも山ほど人質はいる」


御法川はそれからカウントダウンを始めた。


「5」


――東雲は意識なく操られる父親を前に苦悶の表情を浮かべる。


「4」


――彼を包み込むように掻き抱く。


「3」


――「あたしは――」彼女の消え入りそうな声。


「2」


――震える切っ先に一筋の雫が載り。


「1」


御法川がおもむろに引き金に力を込めていく。


――一刻の猶予もない。


そう判断したオレは即座に東雲と御法川の間に割り込み、距離を詰める。


「八神⁉」

「っ! 動くなと俺は言ったはずだ!」


急接近してくるオレと東雲を拘束している人質の両者間で一瞬の迷いが生じた気配。

この場に及んでオレではなく人質を撃ち殺すことが脳裏に浮かぶとは、彼女に何らかのショックを与えたいのか。


――今はそんなことはいいか。


だがそれでもオレが御法川に接近するよりも引き金を引く方が早い。


再び月が雲に隠れたのか、室内は陰っている。

駆けているオレが集中するのは彼の銃口だ。


最終的に定まった照準は――オレだ。

人質を狙われるよりは遥かに良い選択。

だがオレのどこを狙っているかまでは判別できない。


咄嗟の判断で致命傷になりうる頭部と心臓部に短刀を構え、風魔法でさらに前方への加速を加える。


――合計二発の発砲音。


「っ……!!」


大きな手ごたえと共に頭部に構えていた短刀が弾かれる。

そして眼前を散る火花。

もう一発は狙いを逸れたと直感する。


さらにもう一度発砲しようとするが、そこはもうオレの間合いだ。


「まだだ……!」

「っ」


短刀は御法川が銃体で瞬時に防ぐ。

二撃、三撃と追撃するが後退と防御を繰り返し、傷を負わせることができない。

それどころかオレに隙があろうものなら即座に撃ち抜こうとする前動作が見える。


東雲は――まだ無理か。


「セアッ!」

「ぐぅっ⁉」


狙いを『御法川へ手傷を負わせること』から『銃を手放させること』に変更する。

力いっぱい銃体を狙ったものの、それでも御法川の手から離すことはできない。


だが――大きく弾くことはできる。


「がら空きだぞ……!」

「くそっ!」


相手を大きくノックバックさせた隙に三本の短刀を投擲、前方への加速を強化する。

御法川も無理な態勢から何とか防御姿勢に切り替えるが、三本の短刀は通り過ぎていく。


「どこを狙って――」


――ビシッ。


その瞬間、背後から聞こえた嫌な音に気付かないはずもない。


「お前――まさか⁉」

「――そのまさかだ」


投擲しきって空いた両腕で彼の身体を掴み。

それから亀裂の入った窓硝子を突き破って。

四十階の高層から自由落下を開始した。


「いや……いやよ!! 八神!!!」


落ちる寸前に東雲を見る。


――悲痛な表情だ。


残響を伴って遠退いていく彼女の声はすぐに聞こえなくなった。

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