♰Chapter 34:覚悟

八神が御法川を巻き添えに落下していくのをただ見ていた。

止める間もなく――いや止めようと思えばあたしの速度で止めることもできたはずだ。

それをただ、呆然と見ていることしかできなかった。


「く……うぅっ!!」


ぎりっと音がしそうなほどに強く歯噛みする。


落下する直前の八神の瞳を見た。


――お前はこれでいいのか。


実際にあの無表情な奴がそう思っていたかは分からない。

でもまるでこちらを試すような視線には見据えた何かがあるような気がした。


「……ごめんなさい」


いまだに御法川の洗脳を受けているお父様。

その背中にそっと手を添えて鋭い電流を流し込む。

すると一度びくん、と痙攣してから自然と拘束が解ける。


脳の運動野から発せられる信号を外側からの電流で麻痺させたのだ。


それからソファに寄りかからせるとお父様を見つめる。

操られていてもその表情には威厳を感じる。


「お父様、わたしは……ううん本当のあたしはこんな風に話すのよ。人と関わるのが下手で周りにはいつもきつく当たって。気遣いなんて全くできなくてそのくせ人には気遣わせるようなことばっかりしちゃう」


魔力に帰していた二本の刀を再び具現化する。


「裏切られるのも怖いの。信じていたものが途端に信じられなくなる時の絶望が、あたしは怖い。だからお父様に養子として迎えられたあの日からいつも自分を偽っていたし、あたしの過去のこともお父様と鷹条以外には、一生誰かに話すことはないと思ってた。でも……でもね」


思い浮かべるのは自らの身を顧みず、飛び出していったあいつのこと。

本格的にあいつと関わりを持ったのは本当にここ数日のことだっただろう。

それまでも魔法の訓練に付き合ったことはあるけど自分のことなんかこれっぽっちも話さなかった。

話す気も、無かった。

それなのに。


「不思議と自然体で話せる奴ができたんだ」


特徴的な紅の雷があたしの脚部に纏わりつく。


「だから、行ってくるね――」


意識がないお父様には聞こえていなかったと思う。

それでも偽ることなく、等身大の自分の言葉を紡げたことはきっと良かったんだ。

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