♰Chapter 25:夜会の正装

来たる日の夜。

オレは西洋作りの舞踏館の近くである人物を待っていた。


「お待たせ」

「時間には遅れなかったみたいだな」

「相変わらず皮肉の利いた男ね……。あたしはどんなに嫌いな奴との待ち合わせでも時間には間に合わせるわよ」


東雲が車から降りて来る。


「それではお嬢様、次はパーティーの終わり際にお迎えに上がります」

「うん、よろしく」


それから鷹条はオレにも軽く一礼をしてから車に乗り込み、去っていく。

オレはその車影を見届けると東雲に視線を移す。


ワインレッドを基調にしたロングドレスを身に纏い、耳には同色のルビーが煌めく。

足元は彼女の装いによく似合ったハイヒールだ。

普段はポニーテールで纏めている髪も緩くウェーブが掛かり、今夜限りの特別感がある。

同年代とは思えないほど堂に入っている。


「……舐めまわすように見るんじゃないわよ」

「そんなお嬢様みたいな格好もするんだな、と思ってな」

「これでもそこそこ大きな企業の令嬢なんですけど。はあっ」


これ見よがしな溜息を吐かれるのもなかなか気分が落ちるものだ。


「そういうあんたは……へえ、悪くないんじゃない?」

「お前からその言葉を貰えるならかなりいい線なんだな」

「ふん、調子に乗らないことね」


オレの今夜の服装はドレスコードに合わせたスーツだ。

髪についても気持ち程度にワックスで整えている。

辛口の彼女に文句を言われないのなら、それは上出来ということだ。


「あんたはあたしの許嫁。嘘でも真に振る舞ってよね」

「ああ、分かっている」


舞踏館の入り口では招待状を改めていた。


「チケットの方を確認させていただきます」


受付を通り手荷物検査を受ければ、ようやくそこが会場だ。


外装以上に内装も豪奢で華やかなものだ。

着飾った女性に清潔な男性。

中にはオレや東雲よりも幼そうな人物や同年代くらいの人物もいる。

まずは違和感なく会場に馴染めたと言っていい。


東雲をエスコートするように手を重ね、ボーイからノンアルコールのスパークリングワインを受け取る。


「へえ、あんたこういうの慣れてるの?」

「何度か付き合いでな」


暗殺組織に仕込まれたものだが、今でもその技術は健在だ。


「付き合い、ね。ねえ前々から気になってたんだけど、あんたって何者? 武芸から社交マナーまで、ましてパーティーに誘ってもらえるほど地位があるってことよね?」

「勘違いしないでくれ。武術はむかし習っていただけだし、パーティーだって身内でやるような小さなものだ。だからお前の思うような人間じゃない」

「ふーん」


下手な嘘は吐かず、真実ベースに小さな嘘をコーティングする。

水瀬には以前に暗殺者であることを話しているため、そこからバレることもあるだろうがその時はそのときだ。

あえて自分から『オレは暗殺者だったんだ』と吹聴するようなことはない。


東雲は未練がましい視線を向けつつ、ワインに口を付けている。

オレも一口飲めばパチパチと炭酸が弾けた。


「――お集まりの皆様、お待たせいたしました。これより本パーティーの主催者である御法川様よりご挨拶をいただきます」


階段上に姿を見せた人物は左目の目元に泣きぼくろのある男だった。

ただしその両眼は布で覆われている。


「皆さん、こんばんは。このパーティーを主催した御法川伊織です。このパーティーの目的はお付き合いのある企業様やお付き合いがなくとも今後仲良くしていきたいと考えている企業様および各関係者様をお迎えして楽しみましょうというものです。もちろん、皆さん同士での交流も大いに歓迎します。今夜は是非楽しんでいってください」


簡素で短い挨拶ではあったが、会場から拍手が上がる。

それから思い思いに雰囲気が盛り上がっていく。

近況話に花を咲かす者、次回の取引について話し合う者など様々だ。


東雲も例に漏れず何人もの人間から挨拶を受け、その対応に追われている。

オレはと言えば手持ち無沙汰に隅でワインを口にするばかりだ。


「……暇だな」


東雲も挨拶周りが終わらないと御法川に会いに行くことができないだろう。

しばらくは動きそうにない状況に軽く瞼を閉ざしたそのときだ。

オレの意識は瞬時に途絶えた。

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