♰Chapter 24:『宵闇』から『迅雷』への気持ち

次の日の部活時間になると、真っ先に周防が来て依頼完了のサインを残してくれた。

それから妹に嫌われなかったこと、にゃん帝のご機嫌取りのためにおやつで釣ったことなど、軽い雑談をしてから出て行った。


「色々危ないこともあったけど……何はともあれこれで猫の手部の初依頼は完了ね」


水瀬が両腕を伸ばし、軽く伸びをする。

オレは向かいの席に座り小説を読みつつ、彼女の相手をする。


「最初にしては上々だったと思うぞ。この調子で一週間に何件か依頼が来ると安定だな」


依頼が来ない間はこうしてのんびりと部室を私室化できるわけだ。

部活を新設するまでは気が進まなかったが、これはこれで案外といった感じである。

この階には他の部活の部室や常に使用されている教室はないため、基本的には何をしていようと自由なのだ。


この穏やかな時間に明日のことを伝えておくとしよう。


「そういえばなんだが、明日の18時半から東雲に同席して夜会に出る予定だ」

「夜会……朱音と?」

「ああ」

「どういう経緯でそういう話になったの?」


興味というよりは、単純に心配の表情が伺える。

東雲はあの態度だから無理もない。


「実は水瀬が『調律』でいなかったときに任務があったんだが」

「そうね。〔盟主〕から模造聖遺物の回収を担当したと聞いたわ」

「そこで東雲が普段の様子と違って不調気味だったんだ。それで少し踏み入って事情を聞いたんだが数日経ってから婚約の話が持ち上がってると明かされた」

「ええと……婚約……?」


これが普通の反応だろう。

魔法使いとはいえ蓋を開ければただの高校生。

政略的な男女の付き合いなど表向きは滅多にないものだ。


「東雲の父親が決めたそうだ。それに彼女は不満で他にも色々あったんだが……つい先日お嬢様学校の生徒が誰かを待っていると噂だっただろう。あれが東雲なんだがそこで偽の恋人役を頼まれたんだ。それで東雲父から明日の夜会で婚約者に会って納得できなければ考え直すと言っていたな」

「状況に頭が追い付かないわ……。でもその、大丈夫かしら?」

「何がだ?」

「貴方がそこまで朱音の事情に踏み入っていることは分かったわ。だからこそそれが貴方の重荷になっていないかが心配なのよ。ほら、私だけじゃなくて八神くんにもきつく当たっていたでしょう?」


水瀬はオレと東雲のやり取りを何度か目撃している。

それを指しているのだろう。


東雲の過去――その一部を知ったあとでは、あの性格が形成された理由にも納得できる。

棘のある言動が身を守る術に存在するというのなら、あのきつさも嫌いではない。

もっとも水瀬に対する冷たさには、かつて仲間と一般人を巻き込んだ惨劇に対する怒りもあるのだろうが。


「オレはこのまま東雲に協力するつもりだ。すでに意外な一面を見てはいるが、まだ楽しめそうだからな」

「かなりアブノーマルな発言に寄っていることには目を瞑るとして……分かったわ。……でも少し妬けるわね」


わずかに微笑みの表情を浮かべてはいる。

だがほのかに寂しげな哀愁が漂うのはどうしてだろうか。

たかだか少しの間、東雲に協力するだけだというのに。


こんな時には軽い茶々でも入れるとする。


「もちか?」

「……わざと言っているなら大したものだわ」


ふう、と気の抜けたような小さな溜息を吐かれる。

あまりつまらないことを言うと本当に怒られそうなので、余計なことを言う口は閉ざす。


「水瀬に何も言わずに色々やっていることは悪いと思っている」

「いいのよ。もとは私が固有魔法を制御しきれずに安静を言い渡されたのが原因だから」

「そう言ってもらえると助かる」


オレはそれから東雲についての評価を聞くことにする。


「お前は東雲のこと、どう思う?」

「と、言うと?」


その問いかけに水瀬が困惑している気配を感じる。


「深く考えずにただ思ったことを答えてくれ」

「そういうなら……そうね。私が朱音に抱く印象は出会ってから今に至るまでいつも一緒よ。真面目で何をするにも一生懸命で。傍から見れば取っつきにくく見えるかもしれないけど本当の彼女はとても繊細だと思う」

「なるほどな。だがオレが予想していた答えよりだいぶ意外なものだったな。普段の東雲のお前に対する態度を見ていれば、悪口の一つでも出ていいと思ったんだが」


その言葉に彼女はゆっくりと首を振る。


「まったく……私を見損なわないで。これでも彼女とは結構な付き合いなのよ。いいところばかりとは言えないけれど彼女は他人を思いやれる子よ」


水瀬はオレと出会うよりも以前から東雲との付き合いがあった。

そして以前に聞いた事件をきっかけに二人の関係に亀裂が生じた。

それから東雲に無下に扱われても水瀬は彼女に対する印象を変えていない。


――これを機に二人の関係性を少しでも修復できないだろうか。


「気分を害したなら悪い。いわばプライベートで東雲と行動するならお前の目を通した彼女の姿も知っておきたかったんだ」

「八神くんが……ふふ」


軽快に微笑む水瀬にオレは疑問符だ。


「ええと、ね。あの朱音と八神くんが仲良くなってくれるならそれもいいなと思ったのよ」

「なるほどな」


最近の東雲とのやり取りを思い返してみる。

……軽くカオスだ。


「私もできるだけ早く復帰するからそれまで無茶をしないこと。約束よ?」

「ああ、任せてくれ」


試すような物言いにオレはいつもと同じ簡潔な返事をするのだった。

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