♰Chapter 26:心象風景の声
“……また来るとは思ったが今か”
ここはオレの心象風景。
それが形を持って構築された世界。
不気味に紅い紋様を蠢かせる黒い鎖。
両手足に加えて首までがんじがらめにされている。
“やあ、また会ったね”
姿の見えない声の主も健在なようだ。
“できれば二度と会いたくなかったけどな”
“それはひどい言い草だね。〈 〉だって好き好んで君と話しているわけじゃないし、もっと言うなら君のせいでここにいなくちゃいけないんだよ?”
“その理由を聞いてもお前ははぐらかすだけだろう?”
“はは、よく分かってきたじゃないか! これは君自身の手で〈 〉が誰なのか、なぜこんなところにいるのかを当てなきゃいけないんだ。そういうゲームだったよね?”
“そうだったな。それで今回の用件は?”
その言葉を待っていたとばかりに声だけの存在は咳払いをする。
“こほん。急かす男はモテないわよ?”
“……”
静寂な空間にさらに無音が広がる。
耳が痛くなるほどに静かだ。
“……あれ? あんまり受けなかったか”
“随分と人の中で楽しんでたようだな”
先程の言葉は東雲からオレに向けられた言葉を完全コピーしたものだ。
何らかの手段でこの存在はオレが体験したことを知っているらしい。
“それはそうだよ。だってこんな場所になんの面白味もないしね”
非難がましい嫌味を吐かれるがどうしようもない。
オレはこの存在が誰なのか、何の目的があるのか、むしろ男女のどちらなのかさえ分かっていないのだ。
そして心象風景は現実に戻れば跡形もなく消えてしまうため、調査のしようがない。
“それよりもだよ? 君は〈 〉にお礼の一つも言えないのかな?”
“礼?”
“うーん、その様子だと〈 〉が君の使えない固有魔法を代替行使してあげたことを忘れているのかな”
“忘れてない。それについては確かに感謝している。だが――”
“使い勝手が悪い。でしょ? まあ自分の意思で魔法が使えないと大変だよね。うん、それは理解できるよ。でも”
“でも?”
“固有魔法は願望、あるいはその個人を象徴する概念だ。その行使には必ず代償がある。でも今の君は何かの代償を払う価値を持っているのかな?”
オレに差し出せる価値。
痛いところをついて来るものだ。
“その無表情。君は感情一つとってもそもそも存在しないのだから代価に能わない。当然君自身の命ですら君は価値を置いていないから代価に相応しくない。何なら自分の命はあの時の少女に復讐されるまでの繋ぎとしか思っていないよね”
全てが図星だった。
オレにとっては自分の価値はゼロに等しい。
姿なき声にはオレの中身が見透かされている。
“だから固有魔法を扱い切れない。君に行使する権利を預けてしまったらすぐに暴走してしまうから。あくまでも〈 〉が力を貸すという形しか取れないんだよ。本当に馬鹿馬鹿しくなるほど腹が立つよ”
まただ。
またこの声は矛盾をはらんでいる。
オレに死を与えようとするくせに、ゲームと称してオレの変革を望む。
オレに腹を立てながらも、魔法が暴走しないように制御を担っている。
言動と行動が乖離してしまっているのだ。
“ならなぜオレを見捨てない? 最初にオレを絞め殺すこともできたはずだ”
“……そうだね。でも〈 〉はできなかった。さてここにはどんなロジックがあるんだろうね?”
“やはりほとんどまともに話す気はないんだな”
“ううん、違うよ。〈 〉は今回一つだけはっきり伝えたいことがあるんだ”
今まで空を舞う綿毛のように曖昧だった声が明確な意思をぶつけてくる。
“君は少しずつ変わらなければならない。〈 〉もそれを手伝うためなら協力もする。他者を受容する勇気を持つことができれば君が鎖から解き放たれる日も来るかもしれないね。だからそれまで〈 〉に君を見守らせてほしいんだ”
それだけが伝えられると急速な意識の覚醒を感じる。
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