第五話 唐突なシリアス

~この世の理不尽なものは全部バグだと思ってれば、とりあえずなんとかなる~


「ただいま、オッサン」


 干からびているオッサンに近付き、しゃがんで声を掛けた。


 しかし……

オッサンはピクリとも動かなかった。


「ま、まさか、もう手遅れっ⁉」


《チュ……チュン?》

「はっ? んなバカな……」


 悪ドリが羽をオッサンの口元に寄せた。微かに羽が揺れる。なんとかまだ息はあるようだ。


 びっくりした。まさか間に合わなかったとかシャレにならない。


《チュ―—

「ホントにな――

《グオォォォォ‼》

チュチュチュー⁉》

うおわァァァァ⁉」


「ええェェェェ⁉」


 こっちを見ていた悪ドリ。

その後ろでオッサンがいきなり目を光らせて吠えだした。


 それだけじゃない。


 オッサンは口を大きく開けて悪ドリに噛みつこうとしたのだ…………

こっっっっわっ⁉


「怖ェわ⁉ なに⁉

このオッサン、人間辞めたのっ⁉」


《チュンチュンッ⁉》

「おいおいっ! 動きが人間のソレじゃねェんだけどっ⁉ バケモンか、こいつ⁉」


 おぉ、悪ドリが鳥肌を立てながら私の肩に乗って来たよ。


《チュッ⁉》

「んなこと、言ってる場合かっ⁉

こっち来んぞっ‼」


《ウゥゥゥゥゥ……》


 このオッサン、もう人じゃねェわ……

うめき声を上げてユラユラ近付いて来る様はもはや、ゾンビだ。

やっぱ、死んでたんじゃないっ⁉


《クイモノォォォ…………クイモノヲ、ヨコセェェェェ…………》


 ……地の底からの声だよ。

蘇っちゃいけないモンが蘇っちゃったよ。


 オッサンゾンビとか需要なさ過ぎだからっ⁉

クイモノって人間か? 人間の肉ですかっ⁉


 ちょっ、こっち見てんですけどォォォ⁉


「ま、待って待って⁉ ス、ステイっ! オッサン、ステイっ‼」


《チュン……》

「犬じゃねェんだからそんなの聞く訳…………」


《ガルルルルゥゥ……》


 お、止まった。


《チュン⁉》

「聞くのかよっ⁉」


 そしてよく見ると、私を見てるんじゃなくて私の持っているりんごを見ている。

そうか、そんなに食べたいか。

人間としての尊厳をかなぐり捨ててまで食べたいか。


 ……末期だな。


「よーし、よしよし。いい子だ。

 じゃあ、投げるよ? 空中キャッチだっ!」


《ガルルルル……バウッ!》


 いい返事だ。

 大丈夫! お前ならできる‼

オッサン犬よっ! ……人面犬よっ!


《チュ……》

「人面どころか、体も人間だけどな。

心は限りなく、犬だけど……」


「それいっ‼」


 私、投げましたぁ!

りんごは円を描くように、宙を舞います。


 そこで来ましたっ! オッサン犬‼

目を鋭く尖らせ……行きましたっ‼


《ガアァァァァ‼》


 取ったァァァ‼ しかも歯でェェェ‼


 見事なキャッチです!

これはもう人間ではありません! 犬ですっ!

オッサンは紛れもなく、犬に生まれ変わったのですっ‼


 やったね、オッサン!

 凄いぞ、オッサン!


 私は、オッサン犬と喜びを分かち合う。

それはさながら、飼い主と犬のよう。感動の終幕です。


 めでたし、めでたし。


《バウッ! バウッ!》


「アハハハ! アハハハ!」


 【ホームレスの犬(オッサンだった犬)終演】


 【次回っ‼ オッサン犬、愛の逃避行

乞うご期待をっ‼】


《チュンーッ⁉》

「だから、なにこれっ⁉」


        LOADING・・・




《いやー、まさか本当に食べるもの持ってきてくれるなんて驚いたよー》


「いやー、私もオッサンがそこまで末期だったなんて驚いたよー」


《「あははははっ‼」》


 ベンチで笑い合う、私とオッサン。


 オッサン犬は極度の空腹から逃れたため、オッサンの心の家へと里帰りした。


《ははは…………

本当に悪かったねぇ、お嬢さん。私、どうかしてたみたいだ》


「いえいえ、そんな。

人間、極限になったらあんなになりますよ。気にしないでください」


《チュッ》

「なるか、あんなに」


《そう言ってくれるとありがたいよ》


 正気のオッサンは、意外とまともにオッサンやってるようだ。

 まぁ、正気になってもまだりんごに目が釘付けだが。


 もうあげないからな。私だってりんごで食い繋がないとならんのだ。


《いやぁ、こんなにりんごが美味しく感じたのは初めてだよ。どこで買ったんだい?》


「え? 買ってないですよ」


《え?》


「そこら辺の木に生ってたんで、採ってきたんですよ」


ぽろ


 え、ちょ。

なに、りんご落としてんのーっ⁉


 私がせっかく採ってきてあげたのに‼

残った芯、コーティングして末代まで祀ってくれてもいいくらいなのに‼


《チュン》

「恩着せがましすぎるだろ」


《まずい。彼らが、来る》


「え? 彼らって――


ビュン


 その時、鋭い風が私たちの間を吹き抜けると同時に辺りの空気が一変した。


 オッサンは怯えたような目で空を見ている。


 そして。

空の奥の奥底から、薄っぺらい何かが飛んで来ているのが見えた。


 あれは――――


「トランプ?」


シュタッ


 まるで地球を破壊しに来た戦士のような着地をして私たちの前に現れた三枚のトランプ。


 だが、ただのトランプではない。

手があり、足があり、フォークとナイフで武装したその姿は――


「トランプの兵隊?」


《御伽法14条、ライセンスを持たざる者は不当にりんごを採取するべからず。

御伽法14条、ライセンスを持たざる者は不当にりんごを採取するべからず》


《これを破る者、速やかに捕縛。速やかに捕縛》


「えェェェェ……なにこれ?」


 御伽法? ライセンス? しかもりんご限定で?


訳が分からない単語だらけだけど、一つ分かることは――


「逃げよっ」


 ダッシュです。猛ダッシュして逃げてます。


 怖い怖い怖い。いきなりのシリアス展開に冷や汗が止まらないよ。


 あれ?

トランプの兵隊って悪役じゃなかったっけ。

なんで犯罪者、取り締まってんの?


 …………ていうか私、犯罪者⁉ 犯罪者なの⁉


シュタッ


「げっ」


《無駄だよ。兵隊からは逃げられない》


 え?


 さぁ、ここで問題です。


 目の前にはトランプの兵隊がいます。

なのにそこからオッサンの声がします。


 それはどうしてでしょう。


《それが、この世界の理だ》


 正解は、トランプの体の中に

オッサンが貼り付けられるようにして平たくなっているから。


「いや、えェェェェェェ⁉

 どういうことォ⁉

なんでトランプん中に入ってんの⁉

いつ、捕まったの⁉ 抵抗くらいしようよっ⁉」


 なに、その悟り目は⁉


《チュ!》

「ツッコんでる暇あったら、逃げろっ‼」


 そうでしたァァァ‼


 踵を返してさぁ、ダッシュ…………


しようと思ったけど、後ろにもトランプの兵隊が。


「ですよねぇ」


《【全ては御伽の御心のままに】》


 そうして。


 兵隊の訳の分からない言葉と共にトランプの体が光に満ち、私はそこに吸い込まれ――




 見事、平たくなりました。


 めでたしめでたし。




第五話 唐突なシリアス

~この世の理不尽なものは全部バグだと思ってれば、とりあえずなんとかなる~ END・・・

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