第三話 悲劇のオッサン

~見た目じゃない。中身バグだ~


 あれがホームレスの末路か。福利厚生、保険。それらがどれだけ大事か体を張って学ばさせてくれているのだろう。


 せめて、黙とうくらいしよう。


《チュン》

「一応、まだ死んでねェけどな」


 いやいや、あれはもうご臨終しちゃってるよ。

 社会的に。


 だってオッサンが地面に倒れてるんだよ?

うつ伏せで。山の傾斜でななめで。

仰向けだったらワンチャン、日光浴かもだけど

うつ伏せだよ?


 これを社会的、死と言わずになんて言うんだよ。


《チュン……》

「あんま見んなよ。俺達にはなにも見えねェ」


 そうだ。私たちにはなにも見えない。人生どん底オッサンなど見えない。




 …………なんか、こっち見てない?


《……チュン》

「……気のせいだ。なにも見えねェ」


 ……うん。なにも見えない。なにも…………




 いや、やっぱこっち見てないっ⁉

絶対、見てるよ⁉

冷や汗、タラタラなんだけどっ⁉


《……チュン、チュン》

「……見てるな。

俺もタラタラだぜ。毛が湿りそうだ」


 だよね。見てるよね……って、わァァァァ⁉ 近付いてないっ⁉


 これ、確実に近付いてるよねっ⁉


《チュンチュン⁉》

「なんで寝ながら近付いてくんだよ⁉ ほふく前進かよっ⁉」


 へ、変質者だァァァァ⁉

声、上げるっ⁉ これ、声上げた方が良いっ⁉


《チュ、チュチュチュン‼》

「待て待て待てっ‼

ここでお前が声上げたらこのオッサン、

マジで人生終了だぜっ?

そんな大役、背負っていいのか⁉

オッサンの人生は儚いんだぜ⁉」


 悪ドリはオッサンのなにを知ってるんだよっ⁉


 じゃあどうすんの?

もう、足元くらいまで来ちゃってるよ?

猫とかなら大歓迎だけど、これ人間だよ?

オッサンだよ? 人の底辺だよっ?


《チュン……》

「俺は小鳥、俺は小鳥、俺は小鳥……」


 ちょっとォォォォ⁉

現実逃避してんじゃねェよっ、クソ鳥ッ‼

丸焼きにして食ってやろうかっ⁉


《ウゥゥゥ……》


「ヒィ……⁉」


 うめき声だよ……人間どころか獣だよ……


 足、掴んでこようとしたから思わずベンチに足、上げちゃったよ。

これはもう、通報レベルじゃない?


《ク、ク……クイ……モノォォォォ…………》


 お、おぉ……オッサン、お腹空いてるのか。

地の底から鳴るような腹の音を出して食い物を求めている様は……惨め過ぎる。


「あ、あのぉ……」


《!!!?》


 あまりの惨めさに思わず声を掛けたら、物凄い勢いで顔を上げてきた。

割れたメガネが悲惨さを更に引き立てて、おまけに物欲しそうに口をパクパクさせるオッサン。


 引くわ……


「わ、悪いんですけど……

私、食べ物持ってないですよ?」


《!?!?》


 ショックを受け、石のように固まったオッサン。

そして、無いけど耳の垂れた犬のように四つん這いで後ろの茂みに還って――


 いやいやいやっ⁉


「待ってよっ! オッサン!」


《! …………》


 手を伸ばしてオッサンを呼び止める私。

オッサンは、ゆっくりとこっちを向く。


 その構図は、さながらミュージカルのようだ。きっと照明が当たっているはず。


《……チュ?》

「少女と犬の、か?」


「少し待っててっ! 私が……私が食べ物、探してきてあげるからっ!」


《!!》


《チュン》

「なんか喋れよ。オッサン」


「だからっ。そこでいい子に待っているんだよっ! オッサン!」


《!!!》


 オッサンは輝きのエフェクトを貼ったような顔で頷いた。


【私は、オッサンのため、未知の世界で食料調達に挑むっ‼

ホームレスの犬(オッサン) 近日公開予定‼】


《……チュン?》

「……は? なにこれ?」


        LOADING・・・




 とまぁ、茶番はここまでにして。


《チュチュ……》

「俺、もうお前がこえェわ……どんなテンションだよ……」


 仕方ないじゃないか。

ふざけるくらいしなきゃ、

あの局面は乗り切れなかったっ!

よくやった、私っ!


《チュン?》

「で?

本当にあのオッサンの食料、探すつもりか?」


 まさか。あれは変質者から逃げる為の演技だよ。せっかく逃げられたのにまた戻るバカなどいない。


 さらば、オッサン。強く生きてくれ。


《チュ……》

「ひでェ……

つーか、お前が呼び止めてなかったか……?」


 ハッハッハ……


 とはいえ、食料調達は必須。それも衣食住の中でも食が一番大事だ。

衣は、もう着てるし。住は……最悪、誰かの家で泊まらせてもらえば問題ない。


《チュンチュン》

「いや、それは色々とダメだろ」

 

 まさか……悪ドリ。

私を心配してくれているのか?


 いやぁ~、大丈夫だよ。

包丁研ぎそうなばばとか、化け狸じじとかに気を付けてれば安全だって。


《チュチュン》

「ヒロインとして」


 …………え?


 えっと、それはどういう意味で?


《チュンッ》

「お前ってだけでヒロインとしての格が下がりに下がりまくってんだ。

 なのに、そこら辺の名もないモブの家に泊まるなんてしたらお前、ヒロイン詐称で賠償金払ってもらっからな?」


 ……そっち⁉

私の心配じゃなくて、ヒロインのキャラの心配ですかっ⁉


《チュンチュンッ》

「たりめェだ。少しの間、お前といて分かったぜ。お前の頭はゲーム並みにバグってるってな」


 酷いっ‼ 史上最高の悪口‼


 天使! 天使っ、戻って来てェェェェ‼


《チュッ。チュン?》

「うるせェ。

 で? 食料調達とやらは具体的に、どうするつもりなんだよ?」


 あ、うん。


 フフフッ。

私は歩き回っていて気付いた事がある。


 なんと、私とすれ違うありとあらゆる人が私の方を振り返るのだ。

これって多分、ていうか確実に……


 私、めちゃくちゃ可愛いんじゃね?


《チュー……》

「へぇー……」


 いや、分かっている。絵本の世界だからといって、ピンク髪に蒼目なんて中々いないから目立ってるのもあると。


 でも、それを無しにしても私って可愛いんじゃないだろうか。

なんせ、ヒロインだし。


《チュ……ン》

「まぁ、そりゃ……ヒロインだしなー……

 結構、上玉だぜ……外見は」


 …………そりゃ、なんだい?


 私の中身は、悪いと?

下玉だと言いたいのかい?


《チュンチュン》

「ちげェよ。まっ、日本昔話風に言うと、醜女だって言ってるだけだ」


 醜女……醜い女…………合ってんじゃん⁉

意味、合ってんじゃん⁉

中身、ブスって事じゃん⁉


《チュン?》

「んで?

中身、醜女だけど外見、上玉のお前がどうやって食料調達すんだよ?」


 それ、ブーメランだからな……


 まぁ、いい。

中身も外見もパーフェクトなこの私が、実践して見せよう。


        LOADING・・・




 私は早速、町を歩いている茶髪の男に声を掛けた。


「あの、そこのオニーサン?」


《あ? 俺?》


 何故、この男かって? そんなの簡単だ。

この男、柔らかそうなパンを食べていたのだ。

これは成功率上がりまくりだろう。

なんせ、パン。しかも柔らかそうなのだよ?

そういう事だ。


《チュン》

「どういう事だよ」


「私。とってもお腹が空いてるの……

よかったらそれ、分けてくれませんか?」


 どうだ。


 全クリまでやり込んだ乙女ゲーで学んだ、男をオとす技。

上目遣い目うるうるで男の細い目を見つめる。


 名付けて、【羞恥と吐き気のオンパレード】である。


《は? あぁ、すんません。これ、俺のなんで》


 …………え。


《チュチュチュン‼》

「ハハハハッ‼ 断られてやんのっ‼

中身の醜女さ、滲み出てんじゃねェの?」


「ちょ、ちょっと待ったァァ‼」


《え、なに……まだなんか用スか?》


 当ったり前だよっ‼


 私は【羞恥と吐き気のオンパレード】を

軽々かわされて、悪ドリに笑われて、怒りが噴火寸前だよ。


 よし。君に決めたっ。

絶対、お前からパンゲットだぜ! してやる。


「えーと……じゃあ」


 次の技だっ!


 男が着ている黄色の着物をチョイっと掴み、照れたように見上げる。

名付けて、【精神的ダメージの嵐】である。


「一口だけ……ダメ?」


《しつこいッスねェ……

無理なのもんは無理なんスよ》


 …………


《チュッチュッチュッ‼》

「アッハハハハハッ‼ は、腹いてェっ‼

おまっ、変質者かよっ!」


ムギュッ


《チュッ⁉》

「ぐえっ⁉」


 おっと、あまりの怒りに黒い塊を握りつぶしてしまった。

おかげでスッとしたよ。良かったね、私の役に立って。


《チュチュンッ⁉》

「テメっ⁉ 殺す気か⁉」


 チッ。仕留め損なったか……


《チュ⁉》

「あァ⁉

テメェの髪、ハゲ散らかしてやろうか‼」


ココココココココッ‼


「いっ、イテテテテッ⁉ ちょっと⁉ ホントにハゲたらどうすんのっ⁉

 ハゲインなんてマニアでも喜ばないよっ⁉」


《チュチュンッ‼》

「うるせぇ‼ 大体。自分、可愛いとか思ってたのに全然上手くいかないからって、八つ当たりしてくんじゃねェよっ!」


 な、バレてやがる。


「ち、違うしぃ?

別に自分、可愛いとか思ってないしぃ?」


《なんだ、こいつ……》


 あ、ドン引きされてる。

 悪ドリが。


《チュン》

「百、お前だろ」


 あ゛?


《チュ?》

「あ゛?」


《…………やべェ人間に絡まれたな》


「あ、ま、待ってっ……!」


 ぐーきゅるるるるぅぅぅ。


「…………」


「…………」


《…………》


 え、このタイミングで鳴るかな、普通。


 止まってくれたけど、止まってくれたけどさ。

恥ずかしいんですけど。めちゃくそ恥ずかしいんですけど。


 どうする――あ、こうしよう。


「ちょ、ちょっと悪ドリくーん?

いくらお腹が空いたからってそんな音、ねェ?」


《チュ》

「ああ、おう。悪いな」


 …………え、本当に謝るのっ⁉

こっちに向かって頭まで下げて⁉

やめてっ⁉ すぐやめてっ⁉


 悪ドリのせいにしようとした私の心が薄汚く見えるじゃん⁉


《チュッ》

「最初っから丸見えだろっ」


「え…………」


 ガーーン。


 そ、そうだったのか。


 私は、薄汚れた人間だったのか。

この世界でいう天罰を受ける側の人間だったのか。


 今まで清廉潔白、聖者の如く生きてきたと自負していたのに、まさか。


《チュン》

「嘘だろ。今まで気付かなかったその神経の図太さに感服するわ」


 そして今、

こうして一文無しで誰かに食べ物を恵んでもらおうとしているなんてっ……

惨めだ。どっかのオッサン並みに惨めだ。


 ぐーきゅるるるるぅぅぅ……


 はい、私です。

この地の底から湧き出るようなお腹の音も、さっきのも全部、私です。

その気持ちを込めて手を上げます。


 この情けない姿はまるで、どっかのオッサンのようだ。

ごめん、オッサン。見捨てた私が悪かったです。


「行こっか……」


《チュン》

「まぁ、元気出せよ。

こっから正しい人間になりゃあ、神様がなんとかしてくれるぜ。多分」


 そうして、反対方向を向いて歩き出そうとした。


 その時だ。


《そんなに腹減ってるなら、そこらの木に生ってるもん食べたらどうッスか?》


 神は、貴方のすぐそばにいます。


 きっと――――




第三話 悲劇のオッサン

~見た目じゃない。中身バグだ~ END・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る