第16話 公爵令息は相変わらず気持ち悪い

 

 ◇◆◇◆◇◆



「お兄ちゃん、今大丈夫?」


「ディア!」


 その夜、ディアナがカレンと共に兄の部屋を訪ねるとヘリオスに喜色満面で迎えられました。


「ああ、我が美しき妹が自ら来てくれるなんて。まるで空の月がこの地上に下り立ったようではないか。今日は素晴らしき日だ」


「もうすぐ今日、終わるけど」


「ヘリオス様、フェリア嬢の件いかがでしたでしょうか」


 カレンに尋ねられ、笑みが消え嫌そうな顔をするヘリオス。


「……ああ、話してみたがやはり路傍の石だ。あの女のどこがいいものか。ディアのような美しさ、優しさ、魂の輝きなど何一つない」


「うわ、きっしょ」


「他には? どんな会話を致しましたか?」


「……いや、特に中身もない」


 カレンは礼をしました。


「左様ですか。引き続きよろしくお願い致します」


「カレン、お前まだ俺を使う気か?」


「お嬢様のお役に立ちたいのでは? まだ中身がないんでしたら何か成果があるまでは続ける必要がございましょう。では失礼致します」


「待て! ディア、ちょっと話をしよう。お前がよく眠れるようにハーブティーでも飲みながらどうだ?」


「いらん。ハーブティーなら自分の部屋で飲むわ」


「じゃあ俺がそちらの部屋に行こう!」


「ヘリオス様、いくらご兄妹とは言えこんな時間に淑女の部屋に押し入るとは感心致しませんね」


「押し入るとは失礼な」


「うん。私が拒否してるのに無理やり入ろうとしたら押し入りや。行こ、カレン」


「ディア! 俺の女神! 行かないでくれ、君のいない世界はなんの色もなんの香りもしない!!」


 大げさに目に涙を浮かべて絶望の表情を見せる兄を放置して二人は自室に戻りました。

 カレンがハーブティーを淹れてくれ、それを飲んでホッと一息をつくディアナ。


「あ、これ美味しいわ」


「それはようございました。王立茶葉研究所の店舗から仕入れた新作ブレンドです」


「ああ、あそこのなら間違いないわ。……確か茶葉研究所は昔エドワード殿下の鶴の一声で設立されたんよね。こんな美味しいお茶が飲めるのも殿下に感謝せな」


「え?……私はドロランダさんから、お嬢様の功績と聞いたような」


「ドロランダが???……いやいやいや、私の功績なら王立やのうて公爵家うちが一枚噛むやろに、なんでそんな事言ってんのかな。今度帰ってきたら聞いてみよ」


「来月ですよね? 赤ちゃんと一緒に帰ってくるのが楽しみです。……あと、ヘリオス様のシスコンぶりが最近ますます酷くなってますから彼女に注意して貰いましょう」


 ドロランダは公爵家に仕える侍女(兼シノビ)です。ヘリオスやディアナが小さな頃は彼女が世話係だった為、ヘリオスが頭が上がらない数少ない女性なのです。

 今は三度目の出産で産休と育休の暇を与えています。


「そやね、もーお兄ちゃんホンマきっしょい。よくあんな歯の浮くようなセリフ言えるわ。フェリア嬢にも演技で言うてんのかしら」


 ディアナがヘリオスの言葉を思い出し、両手で自分の肩を抱きながら震えて言うと、カレンの瞳が見開かれチカッと瞬いたように見えました。そのまま目を閉じ息を吸い込んで、半眼で長く息を吐き出しています。


「カレン? どないしたん?」


「いいえ。ちょっと思いついたんですが、私の考えが正しいのかまだ証明はできないので」


「ふーん? フェリア嬢の事で?」


「はい。ちょうど良いのは、今週末が王立学園の創立記念パーティーの日と言うことです。お嬢様は欠席とお返事されていたかと」


「あんなじゃまくさいもん、出なくてすむんなら出るわけないわ」


「ちょうどいい機会です。社交に少しは慣れていただきます。まだ変更できる筈です。明日の朝一番に出席とお返事を出し直します」


「え!? 嘘ぉ!? だって、誰にエスコートして貰うん? 殿下はあんな感じやのに!?」


 カレンがそれはそれは美しい、花がほころぶかのような笑顔を見せました。


「ちょっとヘリオス様に、フェリア嬢を探るのを頑張って貰いたいので"ご褒美"を設定しようかと」


「……まさか」


「ええ。上手くいったらヘリオス様のエスコートでご参加ください」


 ディアナの顔に絶望の色が浮かびます。


「ほ、ほらドレスはどうすんの? 一週間じゃ無理やし!」


「お嬢様、そんなごまかしが通用すると? あまりにもパーティーに出たがらない為にまだ着ていないドレスもいくつかございますよね?」


「うっ……」


「まさか高価なドレスが一度も日の目を見ることなく無駄になるなんて勿体ない事をなさいませんよね?」


「……でも私やのうてお母様オカンが勝手に仕立てたドレスやもん……」


「あら、仮にも死に金・無駄金を最も嫌うアキンドー公爵家のご令嬢が、ドレスが『無駄』になってもいいと。お母様の愛を『無駄』にされると?」


「……それは……」


 ぐっと言葉に詰まるディアナ。しかし頭の中の算盤と、嫌だと言う心情がせめぎ合った結果、割と早く答えが口から飛び出ました。


「でも嫌や!! あのお兄ちゃんとパーティーなんて、そんなん絶~~~~っ対に、嫌やぁーっ!!!」



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