第17話 公爵令息と侍女カレンの攻防

 ◇◆◇◆◇◆



 その週末。ディアナは公爵邸で侍女達に支度をして貰いながらブー垂れていました。


「カレン……せめてエスコートなしじゃ駄目?」


「駄目に決まってるでしょう? 往生際が悪いですよ。今もこうして守って差し上げてるじゃないですか」


 カレンも王立学園の生徒なので一緒に参加するため黒を基調としたドレスに着替え済です。普段は地味にまとめているのですが、こうしていると白い肌に映えてとても美しく……


 コンコンコンコン!!ガチャッガチャッ


「ディア! まだなのか?! こちらの支度が間に合わなくなってしまう」


「いい加減にしてください! あなたがたご兄妹揃って往生際が悪いです!!」


 ……美しい筈のカレンが鬼の形相でドアを開けさせまいと体当たりで止めています。

 さっきからヘリオスが妹のドレス姿を見ようと必死なのです。どうやらディアナとできるだけお揃いの衣装にしようという魂胆のようです。


「諦めてご自分の支度にとりかかってください!!」


「ディア~、一目で良いからその美しい姿を見せておくれよ~ぅ」


 哀れっぽさを滲ませた兄の口調がディアナの全身に鳥肌さぶいぼを立たせました。彼女の人生史上最も気持ち悪い瞬間と言っても過言ではないでしょう。思わずドアに向かって叫びます。


「お兄ちゃん、1ミリでもドアを開けてみ。私絶対に行かへんようになるからね!!」


 ドアの向こう側がピタリと静かになりました。


「……わかったよ……」


 やっと騒ぎが収まったのでドアを他の侍女に任せ、カレンがこちらにやってきます。


「はぁ、ドロランダさんさえ居れば、こんなに手間取らないのに……」


 そうこぼしつつ、部屋の端に用意してあった衣装を手に取り、いつもより気持ち大きい声で言います。


「では、この赤いドレスに着替えましょう」


「えっ……? でも……」


「大丈夫です!パパッと着ちゃいましょう」


 カレンはそれだけ言って人差し指を口に当て、そのあと徐にドレスを脱ぎ出しました。


 ディアナはそれを見つつ、他の侍女たちに支度をして貰う……というかされるがままです。メイクをされ、髪を右側に流しながら結い上げて一房を垂らし、そこに黒のリボンが編み込まれました。

 このリボンは偏光の繊維が織り込まれていて、光を浴びると玉虫色に輝きます。


「ディアちゃん、入るわよ?」


 そこにディアナの母が入ってきました。娘と同じ艶めく銀の髪に、瞳は息子と同じ淡いブルーグレーの美しい公爵夫人。

 彼女は長年その美貌を保っている事とドレスや宝飾品の流行の一端を担っている事で貴族女性達の「憧れの夫人」として名前を挙げられることもある女性です。


「あら、やっぱり思った通り! ディアちゃんにこのデザインのドレスは良く似合うわ~」


 今日のディアナは母が仕立てさせた銀色のドレスを身に纏っています。色は一色でシンプルですがそのぶんデザインは凝っていて、腰から下はアシンメトリーに付いたフリルが揺れるようになっています。


「ありがとう、オカ……」


「え!?」


一瞬だけ、母の目が元の色に金色の狂暴な光を混ぜたように見えました。


「ううん! 素敵なドレスをありがとう、お母様」


 公爵夫人は娘がカンサイ弁を使うのをあまり好ましく思っていません。領地や公爵邸の中で喋るのは許してくれるのですが、彼女自身が「オカン」と呼ばれると、それはそれは後が恐ろしいのです。


「この間あなたが話していたネックレス、ちょうど出来上がったのよ。是非つけていきなさい」


「わぁ……綺麗」


 夫人の侍女が手にしていた黒い革張りのケースを開けると、金の四角いプレートを角同士で繋げた幾何学模様のネックレスと、更にお揃いのブレスレットとイヤリングが現れ目映い光を放ちます。


 これは石畳模様、またの名をイチマツ模様というデザインです。

 今、王都で庶民に大変人気の大衆演劇で主役を張っている役者のイチマツ氏が二色の正四角形を組み合わせた石畳模様の衣装を好んで着ている所から、大衆にこの柄が「イチマツ模様」と呼ばれ親しまれていると聞いたディアナは、先月お忍びでその演劇を見て来たのです。


 演劇はとても素晴らしく、また衣装のモダンさにも感激をしたので母にその事を話したところ、ドレスだと派手すぎるので宝飾品に取り入れてみては? というアイデアになったので試しに職人に作らせてみることにしたのでした。


 公爵夫人は手ずから娘にネックレスやイヤリングをつけた後、ちょっと距離を取り全身を眺めて満足そうに言いました。


「ああ、やっぱりうちの娘は私に似て美人だわ。最高よ!」


(嬉しいけど、そんな事を言うてくれるのは家族と使用人だけなんやけど……)


「でもそのリボンでいいの? カレンやヘリオスから聞いてるけど……」


 夫人がディアナの髪に編み込まれた黒のリボンを見て言います。

 流石に学園内で三度も婚約破棄騒動を繰り返しているのに、王子の髪の色を連想させる黒を身に付けるのはどうなのか、と指摘されたのです。

 ディアナはこの一週間で何度も思い出した先日の密談をまた思い浮かべました。


『君とのいる。反対する者もわけでは無いが―――』


 そしてセオドアのあの笑み。


『殿下のお心をご理解下さいました事、深く感謝致します』


 その二つのシーンが幾度もディアナの中で繰り返し甦るのです。

 エドワード王子を信じたいという気持ちが、あの笑みを思い出すと何故か揺らぎそうになります。

 もし、あの指の上げ下げになんの意味も無いか、『意味がある』とディアナとカレンにだけ思わせる策なのだとしたら。


(……ううん。殿下は卑怯な手を使うような方やない……むしろ、盗み聞きを警戒するほうがわ)


 フェリアを公爵家のシノビが探れなかったように、王子の方でも怪しいと思っているのに正体が掴めていないのでしょう。どこかから送り込まれたスパイなのだとしたら相当の手練れです。

 だからこそ敢えてフェリアに籠落されて婚約破棄をするフリをし、フェリア側の反応を探っていると考えれば辻褄が合います。

 しかし探るためとはいえ、疑惑の相手を常に横に置くというのはどんなに不安で心細い事でしょうか。ディアナはそんな王子の力になれれば良いと思う事にしました。


「いいのです。本当は悩んでいたけど、ふっ切れました。殿下を信じたいと思います」


 ディアナが笑顔で言うと、母の美しい顔がふっと柔らかくなりました。


「……そう。じゃあ殿下に宜しくね。パーティー、楽しんでくるのよ」


「楽しむのは全く自信ないけど」


 思わず本音を漏らした彼女に、母は苦笑します。


「まぁそういわないで。、これから社交が増えて大変になると思うわよ」


「えぇ~……」


 ディアナが嫌々カレンと玄関前のホールに行くと、銀色のタキシードに、タイを幾つも持つヘリオスが待っていました。


「おお、ディアの美しさで目がつぶれそうだよ。今夜も夢に見てしまうな」


 と言いながら、ディアナのリボンとお揃いに見える黒のタイを選んで結ぼうとする兄に、カレンが別のタイを持って突っかかります。


「兄妹でお揃いの盛装なんて、何処の漫才コンビですか!! こっちにしてください!!」

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