最後の選択

 ボクを差し置いて、話した内容はとても衝撃的だった。

 援助交際、と聞くと、体を売り、いかがわしい事をしたと想像する。


 でも、柊先輩のそれは、想像の遥か斜め上をいくものだった。


「SM、って言えば、体を差し出してくれました」

「へえ。事件になったものね。でも、あなたの場合、被害者として扱われたのよね」


 事件?

 何のことを言ってるんだ?


「大方、んでしょう」

「わあ。鋭いですね。そうですよ。お人形ですから。アタシの言うことを聞いてくれないと困ります」

「この際だから、この子の前で教えてあげたら? あなた。どうせ、同じことをするつもりだったんでしょう。あなたが話さないなら、ワタシから教えてあげてもいいけれど」

「……意地悪ですね」


 柊先輩の話を要約すると、こんな感じだ。


 柊先輩は、地方都市の私立に元々通ってたらしい。

 偏差値が高く、新体操部だった。

 親が厳しすぎて、何かあれば必ず説教が始まる。


 度重なるストレスに耐え切れなくなった柊先輩は、いつしか人形に語りかける事が日課になっていた。


「でも、ぬいぐるみじゃ、アタシの声に反応してくれないんですよ。当たり前ですけど。だから、ずっとが欲しかったんですよね」


 生きた人形。――人間のことだった。

 自我を持つことは許さず、自分の意のままになる人形が欲しい。

 そこで、柊先輩は思いついたとの事。


「おじ様なら、……アタシを買ってくれるじゃないですか。ふふ」

「怖い女」

「そうですかね。アタシを食い物にしようとした大人に比べれば、可愛いものですよ。社会的に見ても、大人が悪いではないですか。そんな人がどんな目に遭っても、誰も同情しない」


 天使のような笑顔が、黒く染まっていく。

 妙に艶のある舌先が、唇を舐め回した。


「だから、……。あはっ」


 氷室先輩は、何も言わずボクを見た。

 その目は、「あなたを狙っていたのは、これよ」と言っていた。

 さっきまで、ボクを殺そうとしていたくせに。

 氷室先輩の目には、黒い感情以外に、別の何かが宿っている。


 援助交際に応じた中年男性は、氷室先輩いわく、お酒を飲んで女子高生に乱暴した。――という事になっているらしい。


 真相は――。


「皮膚が焦げるまで、スタンガンで遊んでただけなんですけどね。ふふ。結構、脆いですよね」


 柊先輩は口元に手を当てて、クスクスと笑った。


「催涙スプレーを目に浴びせるとすごいんですよ。真っ赤になるんです。本当に感動したなぁ」


 ボクは今まで何を見てきたのか。

 自分の記憶を疑ってしまう。


 清らかな笑顔を浮かべる柊先輩は、まるで天使だった。

 なのに、冷血な一面は、血も涙もない悪魔のようである。


「同じことを山川君にしようとしたのね」

「いいえ。リクくんは違います」

「へえ。本当かしら」

「だいたいは、氷室さんと似てますよ。好きな人ができたら、セックスはします。子供欲しいですし。外堀埋めれるじゃないですか」


 上級生とはいえ、学生の会話とは思えなかった。

 人間を相手に会話しているとは思えない。


「リクくんは、いっぱいお洋服を着せて、アタシだけのお人形にするつもりです。いっぱい愛して。ずっと傍に置いて。部屋にいてもらうつもりです」


 氷室先輩が言った。


「監禁でしょ」

「はい。そうですよ」


 尻餅を突いた体勢で、ボクは叫びそうになった。

 柊先輩が来たとき、助けに来てくれたと信じていた。

 でも、違った。


 獲物の横取りだ。


「ふ~ん。あら、そう。だったら、山川君に選ばせるのはどう?」

「お忘れです? こちらには、動画がありますけど」

「そのオモチャの動画をワタシも持ってる。どのみち、あなたは対等以上にはなれないわ」


 柊先輩が少しだけムッとして黙った。

 そして、二人がボクの方を見て、近づいてきた。


「山川君。選んで。最後のチャンスよ」

「アタシと一緒になりませんか? 幸せにしてあげますよ」


 怪物が冷たい笑みを浮かべていた。

 追い詰められたボクは、声を絞り出す。


「い、いい加減にしてよ」


 二人が目を細めた。


「ボクはオモチャじゃない。血の通った人間だよ。二人とも狂ってるよ。だいたい、ユイさんが、死んじゃったかもしれないんだよ? 川野君だって。堀田君だって。誰かを傷つけて、何とも思わないの⁉」


 二人は顔を見合わせ、一歩近づいてきた。

 挟み込むようにして、ボクの隣にしゃがみ込む。


「どうでもいい」


 氷室先輩は、ハッキリと切り捨てた。


「アタシとリクくんには関係ないですよ」


 柊先輩は、存在を無視した。


 ここまで、徹底して人間を捨てられるのか。

 ボクには信じられなかった。


「だいたい、山川君。あなた、イジメられていたでしょう」

「それとこれとは……」

、……って。思わなかったのかしら」


 くす、と柊先輩は笑った。


「思ったはずですよ。自分の人生に邪魔なら、誰だって殺したいと思いますよ」

「そのお手伝いをしてあげたのだけど。この期に及んで、何を言っているのかしら?」


 汗粒が、まつ毛から落ち、目玉に染み込む。

 滲む視界の中で、ボクは二人を見つめた。


「……狂ってる」

「普通よ。

「まあ、意見が合うのは癪ですけど。アタシも同意見ですね」


 二人は、それぞれ手を握って、こう言った。


「どうするの?」


 ボクは目を瞑り、声を絞り出した。


「ボクは――」


 ボクは狂ってない。

 怪物じゃない。

 先輩たちとは違う。


 ましてや、オモチャじゃない。


 声が掠れても、ボクは必死に訴えかけた。

 先輩たちは、ボクを許してくれなかった。

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