散歩

 氷室先輩を避け、ボクは途中まで徒歩で帰った。

 ユイさんも一緒に帰る事になり、事情は説明できなかったが、ボクらは汗だくになって、途中からバスに乗った。


 そして、夜。


 ボクは脱がされた。


「やっぱりぃ。思った通り、可愛いよ」

「ユイさん。これ……」


 部屋にきたユイさんが持ってきたのは、首輪だった。

 半ば強引に服を脱がし、首にハメてきたのだ。

 裸を見られるより、この異常な事態に戸惑ってしまう。


「散歩行こ」


 首輪にリードをつけたユイさんが、信じられない事を口にした。

 裸で首輪をつけるなんて、変態もいいところだ。


「いや、……無理だよ」

「散歩に行く約束でしょ」


 ぐいっ、ぐいっ。


 首輪が首筋に食い込んで痛かった。

 リードを両手で引っ張られると、力負けしたボクは、ズルズルと引きずられて部屋の外に出てしまう。


「ゆ、ユイさん……っ」

「大丈夫。ただの散歩だから」


 いくら、田舎の集落とはいえ、誰と会うか分からない。

 そんな状況の中、裸でうろつくのは正気ではなかった。


 階段の前で四つん這いになったボクは、頭をユイさんに抱えられた。


「かわいい。かわいい」

「こんなの、おかしいよ」

「普通だよ。だって、ユイとリクくんは、恋人なんだもん」


 鼻先を唇でついばまれ、頬を撫でられる。

 薄暗い空の下で微笑むユイさんが、ボクには得体の知れない怪物に見えた。


 その瞬間、ボクは悟ったのだ。

 ああ、だ。


 人の形をした、別の何か。

 社会の常識から抜け出た何か。


 氷室先輩は、自宅で言っていたっけ。

 無自覚なだけで、みんな狂ってるとか。


「行くよん」

「ちょ……」


 階段の前で、立ち上がる。と、ユイさんがムッとして振り返った。


「リクくんっ」


 頬を膨らませて怒るが、なぜ怒られたのかが分からない。


「立っちゃだめだよ」

「階段から落ちちゃうよ」

「だめ。リクくんは、ころりなんだよ。立ったら、犬じゃないよ」


 肩を掴まれ、無理やり四つん這いにさせられる。

 落ちないように、階段に手を突いて、ボクはユイさんに誘導された。


「えらい、えらい」

「……おかしいって」


 リードを引っ張られると、本当に落ちそうになるため、引っ張られる前に手を突いて、自分から下りていくしかなかった。


 抵抗虚しく、車庫の下に着いた。

 ボクは誰かに見られそうで、気が気じゃない。

 ユイさんは臆することなく、堂々と道を歩き出した。


「ねえ。誰かに見られたら……」

「大丈夫。この時間、村は誰も歩かないから」

「分からないじゃないか」

「分かるもん。だって、ユイはずっと見てきたから。いつか、リクくんと一緒に散歩して、回りたいなって考えてたもん」


 つまり、ユイさんは予め計画していたことになる。

 ボクがアスファルトの上で固まっていると、目の前でユイさんがしゃがんだ。


 外灯の明かりを頭上から受け、暗い陰の差した顔は、妙に艶のある笑みを浮かべていた。


「散歩が終わったら、いっぱいご褒美あげる」


 耳をくすぐるように摘まんできて、ユイさんが頬を擦り付けてきた。


「彼女だもん。彼氏のしたいこと、分かってるから。今だけは、ころりでいて。……ね?」


 吐息が耳の穴を湿らせて、


「んぁ……っ」


 ちろり。

 舌が、耳たぶを舐めた。

 まるで、犬のように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る