約束

 屋上で、ボクはユイさんと一緒に昼食を食べる事になった。


「リクくんっ」


 片方の肩は、ユイさんの大きな胸に挟まれ、首には両腕を回される。

 夏の日差しもあり、汗で蒸れた果物の香りが、ユイさんから漂ってきた。


 暑くて仕方ないけど、ユイさんが屋上にしたいというので、従ってしまった。


「はい。あーん」

「あ、あー」


 今日は、買ってきたパンやお菓子ではなかった。

 ユイさんが弁当を手作りし、お菓子も自分で作ってきたという。

 ボクは片腕を固定され、箸で持ち上げたブロッコリーを口に運ばれる。


 相変わらず、力が強かった。


「次は、タコさんウインナー。あーん」

「あー……」


 ボクのスマホは震えていた。

 たぶん、氷室先輩だ。


「暑い? もうちょっと日陰に寄ろっか」


 お尻で日陰の場所まで押してくるユイさん。

 ボクは顔や鎖骨の辺りに、大量の汗を掻いていた。


 昨日の告白で、いよいよ歯車が変な方向に回り始めた。


 原因は分かってる。

 ボクが受け身で、放置した結果だ。

 ヤバい、って分かっているのに、「何とかなる」なんて現実を見ないで、ずっとダラダラと流された結果だ。


 氷室先輩は、ボクを使って川野君を病院送りにした。

 ユイさんは、自分の手で鉄アレイを落とし、堀田君を病院送り。


「ふふっ、かわいいっ」


 ハンカチで頬や首筋を拭かれた。


「リクくん。お手~」

「ボク、犬じゃないよ」

「知ってるよ。ほら。恋人同士のスキンシップ~」


 気が付けば、片腕は胸の奥に固定され、手の平は股の間に挟まれていた。

 ボクが何もしないでいると、口を尖らせて拗ねてしまう。

 でも、何か閃いたのか、にっこりと笑った。


「え、えいっ」


 顔を引き寄せられ、頬が胸に当たる。

 正直、暑くて、感触まで気が回らない。


「知ってるよ~。男の子って、……胸、好きでしょ?」

「いや、そんなことは……」

「だってぇ。みんな見てくるんだもん」


 ユイさんは、クラスの中でもかなり発育が良い。

 だから、男子達は自然と目が行くのだと思う。

 ボクはそれどころではない。


 ブー、ブー。


 また、スマホが震える。


「怖いの?」

「え?」


 どうして、そう思ったんだろう。

 目だけをユイさんに向ける。

 鼻と鼻が擦れ合う距離で、ユイさんが悲しそうな表情を浮かべていた。


「リクくん。怖いと、すぐに震えちゃうもん」

「別に、……怖くないよ」

「ほんとかなぁ」


 ユイさんは、さりげなくボクの胸に手を回してきた。

 胸から腹を撫でて、上下に往復する。

 それは、まるで犬の腹を撫でるかのようだった。


「う、……や、やめて」

「素直になるまで。やめてあげないっ」


 熱い指が、胸やへその辺りを撫でまわし、ユイさんが笑う。

 耳に息が掛かり、安心させるようにユイさんが言った。


「よし、よし」


 汗で濡れた頬が、こめかみに当たる。


「ユイが守ったげるからね」

「……ユイさん」

「リクくんは、心配いらないから。あ、そうだ。リクくん。今日、暇かな?」

「今日って、夜?」

「うん。一緒に散歩したくて」


 ――断れ。断れ。断れ。


「……どう、だろ」

「夜。部屋に行くね」


 ボクは、本当に意気地がない。

 本当に、バカだった。

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