柊 リオ

 救急車や警察などがセットで学校にきた。

 不思議と、みんなは誰かがやったとは噂しなかった。

 堀田君の倒れていた場所が、キャットウォークの真下。


 柵の所に、誰かが鉄アレイを放置したんじゃないか、なんて話しているのを聞く。


 もう来たくはなかった。

 でも、再び体育館を訪れたのは、確認のためだと思う。


 立ち入り禁止のテープが入口に貼られていた。

 体育館を使用する部活動は、休みとの事。


 野次馬が消えても、ボクは体育館の入口から離れられなかった。


「……どうしよう」


 ユイさんがやった。

 あの、ユイさんが。


 無邪気に笑って、屈託のない様子のユイさんが、当然と言わんばかりに鉄アレイを落としたのだ。

 入口から少し離れて、壁の方にもたれ掛かる。


 息を吐けば、全身から力が抜けた。

 さすがに、ここまで弱くはなかったはずだ。と、自分の体が重い現象に、ボクは戸惑う。


 ブー。ブー。


 スマホが震えた。

 画面を見ると、ユイさんの名前が表示されている。

 ボクは黙って、スマホをしまった。


「どうしよう……」


 頭の中で糸が張り詰めている。

 これが切れそうで怖かった。


 床から尻に伝わる冷気に意識を移し、ボクは膝を抱えた。

 それから間もなく、誰かに腕を叩かれる。


「大丈夫ですか?」


 ユイさんじゃない。

 氷室先輩の声でもなかった。

 顔を上げると、つい最近見かけた女子が目の前に立っていた。


「本当に、大丈夫です? 顔色悪いけれど……」

「はい……」


 ポニーテールの髪型。

 紫色のリボン。

 何となく真面目そうな女子。

 名前は分からないけど、上級生だ。


 ボクは再び、抱えた膝に顔を突っ伏す。

 放っておけばいなくなるだろうと思った。


 だが、隣から布の擦れる音が聞こえた。


「名前を聞いてもいいですか?」


 変な質問だ。


「山川リクです……」

「アタシ、ひいらぎリオと言います。よろしく」


 隣に座った柊さんは、ボクに手を差し出してきた。

 相変わらず、受け身なボクは相手の意のままに、出された手を握る。


 ほんのりと温かくて、柔らかい指先だった。

 羽毛みたいに手を包み込んできて、少しだけ体に力が入る。


「実は、こっそり自主練をしようかな、と思ってきたんですけどね。テープ貼ってるから、無理みたいですね。聞いてた通り、入る事できないみたいですし」

「部活ですか?」

「ええ。アタシ、新体操部なので。体育館の隅っこ使うんですよ」


 ボクの学校は、新体操をしている生徒が少ない。

 募集の張り紙を見ても、大抵は無視。

 でも、少ない部員で、それなりの成果を出しているとは聞いている。


「あの、……リクくんって、呼んでも?」

「はい……」

「あはっ。じゃあ、リクくん。アタシと友達になりませんか?」


 話の流れが変というか。

 いきなりな感じがして、ボクはちょっとだけ不信感を持ってしまった。


「友達になれば、悩み事を相談するのって普通でしょう? アタシ、一年生の友達が欲しいので、ぜひ一人目になってください」


 どこかぎこちない様子で、柊先輩はスマホを取り出し、操作する。


「え、っと。早速ですけど、チャットのIDとか教えてもらってもいいですか?」

「……どうして、ボクなんかと友達になりたいんですか?」

「うぇ、あ、えっと、そう、ですね。うーん」


 柊先輩がはにかんだ。


「こ、好み? だからかなぁ。……あはは。何を言ってるんだろう。アタシ。ぐいぐい、いっちゃった。あはは」


 一度前に出したスマホを引っ込め、しょんぼりしていた。

 目を瞑り、つま先をバタつかせて、「あぁ、失敗した」とか、独り言を口にしている。


 その様子を見て、「無理してたんだ」と気づいた。

 慣れない調子で話しかけてきて、友達になろうとしてくれたから、変な距離の詰め方になったのだ。


 ボクは黙ってスマホを取り出し、チャットのアプリを開く。

 間違って、ユイさんに連絡を入れないように気を付け、IDの読み取り画面を開く。


「どうぞ」

「わぁ、ありがとうございますっ!」


 スマホの操作が慣れていなかった。

 画面を食い入るように見つめ、両手で操作し、「あ、あれ?」とか、困った様子だ。


 待たせないように気を遣ってくれているのだろう。

 上目でチラチラとボクを見て、カメラのレンズをボクのスマホの画面に向けた。


「ゲットですっ」


 チャットの蘭を確認する。

 フレンドリストには、二人目の『パペット』さんが登録されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る