黒い太陽

 堀田君は、いつも川野君の隣にいる男子だ。

 喧嘩っ早くて、誰彼構わずに殴ったり、夜になれば隣町をうろついていたり、良い噂を聞かない。


 体育館に呼び出されたことで、ボクは殴られるかな、と身構えた。


「おう」


 堀田君は、体育館の二階にある狭い通路キャットウォークの真下で、バスケットボールをバウンドさせ、ボクを待っていた。

 体育館は貸し切り状態で、他には誰もいない。


「おせぇよ」

「ごめん」


 バウンドさせたボールをリングに投げる。

 勢いよく跳ね返り、ボールはボクの所に転がってきた。


「ヘイ。パス」

「んっ!」


 ボクの腕力は、たかだか知れている。

 ふわりと飛んだボールはすぐに落ちて、堀田君の足元に転がった。


「下手くそ」


 器用に足で拾いあげ、またバウンドさせる。

 来る前は怖かったけど、堀田君を目の前にして心境が変わった。


 川野君といない堀田君は、大人しくて、普段とは別人だった。

 どこが違うのか、説明が難しいけど。

 声の調子で分かる。


 ――あぁ、こんな人だったんだ。


 素直な感想だった。

 普段の様子を見れば、極悪人に見える。

 でも、別の一面を見てしまい、ボクは黙ってシュートする姿を眺めた。


 何度かリングにシュートを決めるが、全部外れ。

 やがて、落ちたボールを拾う事もせず、大きくため息を吐いた。


「山川さ」

「うん」


 入口から少しだけ進み、声が正確に聞き取れる場所まで移った。

 堀田君はボールを足で転がし、渋い顔を浮かべた。


「何か知らない?」

「何かって?」

「川野のこと」


 心臓が飛び跳ね、ボクは静かに生唾を嚥下えんげした。


「おかしいでしょ。階段から滑るとか。あいつ、ああ見えて運動神経良いし」


 ボールに座り、堀田君がこっちを見た。


「もしかしてだけどさ。氷室って先輩に何かされたとか」

「どうして、……そう思うの?」


 ボクらしくない。

 緊張すると、逆に口数が多くなる。

 なるべく平静を装って聞くと、堀田君は頭を掻いて、「うーん」と唸った。


「あの先輩さ。見てくれは良いけど。なんか、キモくね?」


 容姿端麗ようしたんれいな女子に向けて放つ言葉ではなかった。

 少なくとも、ボクは美人に対して、気持ち悪いと言う人間を見たことがない。


 だから、意外な一言だったのだ。


「動く人形って感じだよ」

「そんなこと……」

「つか、お前に水ぶっかけたの、オレ見てるし。普通にありえないでしょ」


 言葉に詰まってしまった。

 本当に言うことは、至極ごもっとも。

 普通は初対面の人間に水を掛けるなんて、やるわけがない。


「異常だよ」


 昨日、ボクが感じたことを嫌いだった人の口から聞いてしまった。


「まあ、いいや。何か知ってたら教えてほしかったけど。知らなさそうだし。……じゃあな」


 ボールを持って、堀田君が立ち上がる。

 体育倉庫に向かう姿を目で追い、ボクは声を掛けた。


「堀田君。川野君の容態は?」

「知らね。家に行ったら、打ちどころ悪いとか言ってたけど。オレ、医者じゃねーし」

「そっか」


 鼻で笑い、堀田君は言った。


「まあ、大丈――」


 ごちんっ。


 変な音が体育館に響き、言葉が消えた。


「え?」


 堀田君は鼻で笑った顔のまま、首を傾げていた。

 上体は斜めに傾き、頭には鉄アレイが乗っていた。

 体が倒れるより先に、鉄アレイが床に落ちて、鈍い音を鳴らす。


「ほ、堀田君?」

「ふ、ぐ、ぐぐ、ふん、ぐ……」


 歯を食いしばったまま、変な動きをしていた。

 片手が頻りに床を叩き、両足は寝ながら走るみたいにバタついている。

 胴体はビクビクと激しい痙攣を起こしており、ボクはその場に座り込んでしまった。


「……堀田君。……はぁ……は……うそ……え?」


 何で、鉄アレイが落ちてきたのだろう。

 当然の疑問だ。

 鉄アレイが置いてある場所と言えば、体育館の二階だ。

 キャットウォークを通り、ちょうど体育倉庫の真上に位置する場所には、トレーニングをするスペースがある。


 主にバスケ部が使っているが、雨が降っている時は陸上部なども使うらしいけど。落ちる場所にわざわざ置いておかないだろう。


 息を詰まらせ、ボクは視線を持ち上げた。


「ぷふー。……命中っ」


 キャットウォークにいたのは、ユイさんだった。

 グローブをはめた手で、ピースサインをボクに向けてくる。


「なに、してんの?」

退だよっ。ふふん。偉いでしょ」


 胸を張って、ユイさんは得意げに笑った。

 ボクは叫びたいやら何やらで、言葉が渋滞していた。

 言ってやれることは山ほどある。

 でも、喉につっかえて、何も出てこない。


 ――バカじゃないのか?


 突然のことで尻餅を突いてしまったが、すぐに立ち上がった。


「ひ、人呼ばないと……」

「待って!」


 グローブを脱ぎ、ユイさんは機材のあるスペースに走っていく。

 トレーニング器具の置いてある場所には、階段があった。

 体育館の舞台から見て、中央部に下りてくる出入口がある。


 小走りで下りてきたユイさんは、グローブをどこにやったのか、手ぶらだった。


「今呼んだら、リクくんが怪しまれちゃうよ!」


 両手を振って怒ってくるのだ。

 でも、そういう問題じゃない。


「いや、死んじゃうってば……っ!」

「そう、だけどぉ……」

「早く先生呼ぼうよ!」

「ダメっ!」


 走るボクの手を握り、体全てで制止してくる。

 力では敵わず、ボクは少しだけ後ろに引きずられた。


「放っておこうよ」

「……なに言ってんの? 自分が何したか、わ、分かってるの?」

「ユイは悪い人をやっつけただけ」


 後ろから抱き着かれ、完全に身動きができなくなった。


「もうイジメられなくて済むんだよ。ハッピーエンドだよ」


 狂ってる。


「さ。昼食続きっ」

「ねえ。ユイさん!」

「行くよ!」


 ユイさんがボクの手を引いて走り出す。

 振り向いた笑顔は、変わらず無邪気な太陽のままだった。

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