第18話 分厚い雲の下。

 23時、香帆ちゃんが完全に寝ているのを確認した。昼寝をしてしまったせいで私は眠くなかった。


「……コンビニでも行こ」


 昼間は買い物に行かなかったし、コンビニで何か買ってこよう。さっきは出前を取ればいいやと思ったが、気分が乗らなくなったので自分で買いに行くことにした。


 ついでにずっと家に居て溜まったゴミもあるしちょうどいい。ゴミ捨てついでに夜の散歩だ。


 黒いコートを着て、私は外に出た。

 相変わらず、外は寒かった。まあ嫌いじゃないけどさ、冬の寒さは。

 ゴミ捨て場にゴミを捨て、その足でコンビニへ向かった。


 コンビニに着いて色々商品をみていたが、意外とコンビニの惣菜とかお弁当って日持ちしないな。まあどこもこんなもんか。


 私はカゴにお弁当を2、3個入れた。お弁当をカゴに入れてから気が付いたけど、日持ちに関しては最強のカップ麺が目に入った。

 手に取って見てみる。やっぱどれもカロリーやばいな。


 あーでも、ワンタンメンスープとかはいいかもな。朝は冷えるし、味噌汁系も何個か買っていこう。


 ……問題は香帆ちゃんだよな。インスタントのスープとか味噌汁を用意しても飲まなかったら意味ないし。かといって飲みたくなったら自分で作ってって言ったら、限界まで飲まず食わずでいそうだからなあ。


 まあ、いいか。その時考えれば。


 私はそのまま会計をしようと思ったが、無性にあるものが買いたくなりそれをカゴに入れた。これで会計しよう。


 レジへと向かう。


「いらっさーせー」


 店員は大学生くらいの男性だった。すごくやる気がなさそうなのが見てわかる。


「袋お願いします。あと──────」




 会計を終えてコンビニを出た。


「ありざーしたー」


 ここまでやる気のない店員に会ったのは初めてだな。まあ、どうでもいいけど。


 というより、買ってしまった。酒とタバコを。さっきカゴに入れたのはストロング02という1本だけでもめっちゃ酔いやすい酒とライターだった。


 普段買わないけど、今日だけ無性に飲みたかった。

 先にタバコでも吸おう。ご親切にも灰皿が入り口横に置いてあるんだ。使わない手はないだろう。人生初のタバコがこんな時でいいのかな。


 タバコを1本口にくわえ、火を付けた。


「スゥーーーーーハァーーーーー」


 ああ、これがタバコの味ね。


「ははっ。不味いね、最悪の味がする」


 舌を刺激する煙が苦い。

 まるで今の自分の感情を口に含んでいるかのよう。実体のないそれが口の中に広がり、不快感を煽る。かなり気持ちわるい。


 私はすぐにタバコを灰皿に捨て、箱に入った残りのタバコもゴミ箱に捨てた。


「私には、要らないかな。タバコは」


 自分への罪として、タバコを吸いつづけることを強制するべきだっただろうか。なんてことを考えながら帰路に着いた。


 行儀は悪いけど、歩きながらストロング02を飲むことにした。『プッシュ!』という酒の缶独特の音を聞き、グビっと結構な量を喉に流し込んだ。


「はぁ……なにしてるんだろうな、私」


 酒を一気に流し込んだ後にくる。喪失感。それが嫌で、かき消したくて、缶に入った残りの酒もグビっと飲み干した。でも、喪失感は増しただけだった。


 なんで酒とタバコなんて買ったんだっけ。今の糞みたいな現状を、忘れたかったのかな。


 なんて考えながら歩いていたら足が絡まって転んだ。自分が酔っているのかもわからない。


 私はそのまま仰向けになって空に手を伸ばした。

 手を伸ばした先に見えるのは、暗い空だけ。


「月が、見えない」


 雲が空を覆い、月も、星も。みんな、私を照らさない。


「あーあ。何にも、見えなくなっちゃった」


 ただ空を眺める。なんにもない。まるで、私みたいに、何もない。




『所詮、里親なんてのは赤の他人』

 ──黙れよ。


『いいですよね。家族ごっこは楽そうで』

 ──うるさいって言ってるだろ。


『奈緒美さんには関係ありません』

 ──わかったから、静かにしてよ。


 缶を持った手を、地面に叩きつける。


 最近は、ずっと頭の中をこの3つの言葉がぐるぐる回ってる。

 ふとした時に思い出して、そのたびに、何も考えないようにしてた。


 身体を起こし、電信柱に手をついて立ち上がる。

 私は誰もいない道で、電信柱に向かって独り言を漏らした。


「ああ森永、お前の言ってたことは合ってるよ。悔しいくらい合ってるよッ。所詮私は、香帆ちゃんとは赤の他人で、はたから見た私らの関係が、家族ごっこだってことも、里親の私には、香帆ちゃんの家族については関係ないってこともさァ! 全部わっかてんだよッ! そんなことはァ! わかってるから、私はあの時、お前に言い返せなかったんだよ。怖かったんじゃない。わかっていたけど、認めたくなかったから。だから、ただ怒ることしかできなくて、香帆ちゃんの、なんの役にも立ってやれないんだよ……! ……クソッ!」


 手に持っていた酒の缶を握り潰し、その手で電信柱を殴った。

 誰かに聞いてほしい訳でもない。誰かに肯定されたい訳でもない。


「里親が、家族になろうとしちゃダメなのかよ……ただ私は……香帆ちゃんのことを、家族として、幸せにしてあげたいだけなんだよ……!」


 何件もはしごして飲みつぶれたサラリーマンのように、私は電信柱を背もたれにして、また地べたに座っていた。


 こんなことをしても何にもならないと知っている。周りは助けてなんてくれないから。


 だから、どんなに苦しくても、自分の足で、進み続けなきゃいけないことも。

 ……けれど。


「私には、無理だ」


 私は、あの子を幸せにしてあげられない。

 私には、香帆ちゃんを守ってあげることなんてできないんだ。


 ただあの子が傷ついていく姿を間近で見ていても、それだけで、あの子の支えになることも、支えてあげることもできない。


 頑張らなきゃって思っても、空回ってあの子を傷つけて……。

 なんにもできない。


「私、要らないじゃん……」


 足を丸めて、うずくまる。

 その時、私は自分が涙を流していることに気が付いた。


「ぁ」


 手の平で涙を拭う。冷たい空気と一緒に鼻水をすする。冷たい空気を沢山吸ったせいで鼻先が痛い。


『帰りたくない』


 無意識のうちに、そんな言葉が自分の口からこぼれていた。その言葉に自分自身が驚いていた。


「……えっ?」


 今、帰りたくないって言ったの? 私が?


「ぅっ────」


 両手で口元を押さえる。

 その言葉に含まれていた意味を、私は理解してしまった。

 …………─────。


「フーッ……フーッ……フーッ……」


 呼吸が荒くなる。

 違う。私はそんなこと思ってない。私は、違う。私は、そんなこと……。

 違う。違う、違う違う違う違う違う。あの子のことをそんな風に思ったことなんてない。

 違う……!

 ァ。


「ぅ”──ォ”ェ──」


 私は側溝で嘔吐した。喉の奥が張り裂けるような、あるいは燃えるような痛み。



「はぁ……はぁ……」


 側溝で四つん這いのまま、呼吸を整える。


 最低だ。私。


 ……………………帰らなきゃ。家に。


 一番つらいのはあの子なんだ。


 私が逃げちゃダメだ。


 私は里親なんだ。


 逃げるな。


 進め。

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ハッピーエンドの終点を君へ 海月 灰 @Umituki_Kai

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