第17話 約束

 起きたのは朝の7時前、腰が痛くて起きた。


「コホッコホッ」


 こたつで寝たせいか、少し喉も痛く咳が出る。風邪薬、切らしてるんだよな。

 私は顔を洗いに洗面所へ向かった。


 今日のご飯は、何を作ろう。顔を洗いながらそんなことを考えた。

 ここ数日の香帆ちゃんは、食べたり食べなかったりと不規則に食事を取る。作っても食べてもらえないなら……作りたく、ないな。でも、お腹空いてるときにご飯がないのは、嫌だろうな。


 顔を洗い終えて、キッチンに立つ。気を抜くと、すぐにまた考え事をしてしまう。

 私は今、ちゃんと里親ができているのだろうか。


『所詮、里親なんてのは赤の他人』

 ──黙れ。


 ここ最近、自分がわからなくなっている。覚悟はできていたはずだ。

 あの日、香帆ちゃんと出会った日、過去の自分と重ねて見ず知らずの少女を助けようとした。その時から、どんなことがあろうとも、私が助けると覚悟していたはずだ。


 それが蓋を開けてみれば、香帆ちゃんのことを蝕んでいるのは、理解しがたい魑魅魍魎ちみもうりょうの類だった。こんなのを見せられてしまったら、かつて自分が経験したものなんて、ちっぽけにも思えてしまう。そんなもので、よく助けるなんて言えたものだ。


『奈緒美さんには関係ありません』っか。ほんと、その通りだよ。

 …………逃げるな。

 そう、自分に言い聞かせる。

 誰に何を言われようが、自分で決めたことから逃げるな。




 ふと、3日前にした買い物を思い出した。

 そういえばあの日、ハンバーグを作ってあげるはずだったんだっけ。いくら冬の冷蔵庫とはいえ、早めに食材は消費した方がよいだろう。今日はあの日作らなかったハンバーグで決まりだ。小さいのを何個か作って、味を変えて3食持たせよう。


 冷蔵庫からハンバーグの材料を取り出した。


「買い物、行かないとな」


 3日前に買ったものは、もう残りわずかだった。流石に、食い物が何もないのは私も困る。


 ハンバーグを作り終えた私は、慎重に寝室の扉を開けた。

 香帆ちゃんは、いつも通りベットの上に三角座りをして布団に隠れていた。


「おはよう、香帆ちゃん。起きてたんだね」

「……」


 香帆ちゃんは小さく頷くだけで、他はなにもなかった。


「朝ごはん、また、ここに置いておくからね」

「……」


 何も反応がない。


「私、ちょっと買い物行ってくるね」

「ダメ」

「えっ……?」


 今度は即答だった。


「どこにも行っちゃダメ。どこにも、行かないで」


 とても、振るえた声をしていた。


「……うん、わかった。どこにも行かないよ」


 たまには、出前を取るのもいいか。

 香帆ちゃんが一緒に居てほしいと言うなら、私はそうするべきだと、思った。


「……約束」

「うん。約束するよ。私、リビングにいるね。扉、開けておくよ」

「……」


 香帆ちゃんは小さく頷いた。

 これが、きっと里親として正しいはずなんだ。と、私は寝室を後にした。


 その後、私は夕方までこたつで寝ていた。起きていようと思ったけど、何もすることがなく、気が付いたらうとうとして寝てしまった。

 窓から夕日が差し込んでいた。


 水を飲もうと身体を起こした時、少し鼻につく匂いを感じた。

 昨日からずっとこたつで寝ていたせいか、汗臭い。


 私はシャワーを浴びた。ずっと家にいるからといってもちゃんとお風呂には入らないとな。さっぱりするし、入って損はない。1つだけ嫌なことを言えば、髪の毛を乾かすのが面倒くさいことくらいだろう。


 ザーッと浴場に鳴り響くシャワーの音。


「私は、何をしたらいいんだろう……」


 お湯を頭から浴びながらシャワーヘッドの前に立つ。 


『いいですよね。家族ごっこは楽そうで』

 ──うるさい。


 私が、しっかりしないと……。里親として、香帆ちゃんを守らないと。

 なのに、ちゃんとしようとして、香帆ちゃんのことを知ろうとして、それで余計に、香帆ちゃんのことを傷つけて……っ。


おまえは結局、何がしたいんだ」


 湯気で白くなった鏡を手でなでる。鏡に写る自分の顔を見て、手で隠す。


わたしは……ただっ……」


 水が流れる音と雑念が、耳鳴りのように聞こえてくる。


「うるさい」

 

 私は水を止めた。


 🔳 🔳 🔳


 その後はちょっと早めの夕食にした。

 香帆ちゃんの分の夜ごはんを持って行ったが、朝持って行ったご飯とハンバーグが半分ほど残っていた。カピカピになっているご飯を見て、少し心がモヤッとした。

 ご飯にラップをし忘れた私も悪いけれど。


「これ、夜ごはん。食べられる所まででいいから食べてね」


 香帆ちゃんはまた頷くだけだった。

 今回はラップを掛けて置いた。

 朝の食器類を持って、キッチンへと戻り、ゴミ箱の前に立つ。


 香帆ちゃんがご飯を残した理由って、美味しくなかったのかな。私が作った料理。

 香帆ちゃんが食べたいって言ってたから。ちょっと、頑張ったんだけどな。


 まあ、何でもいいか。そんなことは。残っていたご飯とハンバーグが乗ったお皿を、ひっくり返した。


 ボトッ……という鈍い音が、したような気がする。

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