第11話 平穏Ⅲ
元旦。私は最悪のコンディション。起きたときから筋肉痛で全身が痛い。
だが、そんな中でも私はおせちと雑煮を作った。香帆ちゃんが起きる前に。
香帆ちゃんも昨日の疲れが出てるのかちょっぴり遅くまで寝ていた。なので香帆ちゃんが起きるまでこたつでだらだらしていることに。
元旦くらいはゆっくりしていたいよねぇ。そう思いながら机の上にあるみかんを指で転がしたり。いつもは剥かない薄皮までみかんを剥いてみたりした。
正月は基本どこもお休みだったりで暇すぎる。テレビも面白いのやってないし。
初詣は元旦じゃなくても三が日以内にいけばいいと思ってる。まあでも、香帆ちゃんは喪中だから初詣は三が日以降になるんだけどさ。
こたつでうとうとし始め、あとちょっとで眠れる。というタイミングで電話が鳴った。
相手はお母さんだった。あけましておめでとうの電話を掛けてきたらしい。
『あなた、今年は帰ってくるの?』
新年の挨拶を終えて帰省するかを聞かれた。
さて、どうするか。実家はそれほど離れていない。西船橋にあるマンション。ここから電車で20分か30分くらいで着く距離ではあるけれど、問題は香帆ちゃんだよなぁ。施設の人たちの話を思い出した。いきなり私の親のところに連れて行っても困っちゃうだろうし。それは私1人で決めていいことではない気がする。
一応お母さんには香帆ちゃんの件を伝えてあるから、そこら辺の理解は得られるはず。
「香帆ちゃんに聞いてみないと分からないかな」
『そう』
淡泊な返事が返ってきた。
その後は近況報告など他愛もない話をし、香帆ちゃんが起きたタイミングで電話を終わらせた。
その日、1歩も外に出ることなく、こたつでおせちと雑煮を食べてごろごろしたりした。
「なほみさん、ほもちすごいのびふぇまふ!(訳:奈緒美さん、お餅すごい伸びてます!)」
「あっはは、本当だ。すごい伸びてるね~」
グリルで切り餅を焼いて食べたり。食べてばかりの元旦になった。
新年は笑いながらのスタートになった。今年は、いい年になるといいな。なんて。
1月も始まって7日目。今日から香帆ちゃんの学校が始まるらしい。
「本当についていかなくて大丈夫? 近くまで送るよ?」
黄色い帽子を被り、ランドセルを背負った香帆ちゃんに私は声を掛けた。
「大丈夫、です。ありがとうございます」
本当は学校まで送って行きたいのだが、大丈夫だと断られてしまった。あまり無理強いするのはよくないけど、すごくもどかしい。
今日は始業式だけらしいので、お昼過ぎに香帆ちゃんは帰ってくる。
「じゃあ、お昼ご飯作って待ってるね」
「……はい。それじゃあ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
手を振りながら香帆ちゃんを見送った。
香帆ちゃんがいなくなった後の部屋をみて、少し広く感じた。
午前中は正月にため込んだ洗濯物を干したり、布団を干したり、掃除機を掛けたり。本当は年末に大掃除としてやるべきだったことなども一気に消化した。
家事もひと段落し、お昼ご飯を作るために冷蔵庫から七草を取り出した。そう、今日は七草の日だ。私が夕方からバイトのため、夜ご飯として七草粥を作り置きして行くとお米が水分を吸ってぐちゃぐちゃなお粥になると思い、お昼に作ってしまおうという考えだ。
研いで水につけたお米をでかい鍋に入れ、お米1合に対して水5合分を入れる。今回お米は2合なので水は10合分になる。強火にかけて沸騰したらごく弱火にし、切った大根やカブを入れて蓋を閉め、30分くらい煮る。その間に残りの七草も切っておき、余った時間で洗い物を済ませる。
と、そこに香帆ちゃんが学校から帰ってきた。ちょうどいいタイミングである。
「えっと、ただいま……です」
「……うん、おかえり」
この家が、香帆ちゃんにとって帰ってくる場所になっていることが嬉しくて、つい頬が緩んだ。
「手、洗っておいで。もうすぐご飯できるよ」
「はい。ありがとうございます」
帽子を取り、ランドセルをソファーに置いた香帆ちゃんは、洗面台に向かった。
料理に戻る。鍋の蓋を開け、ちゃんとお粥になっていることを確認したらここで残りの七草と塩適量、お好みで醤油を適量入れ軽くかき混ぜ、2、3分火にかけたら完成。
「「いただきます」」
味付けが少し心配だったけどちょうどよかった。
「……おいしいです」
「ふふっ、よかった」
香帆ちゃんの口にも合ったようで安心。
「学校はどうだった? ここからだとちょっと遠くなかった?」
「あっいえ、前と、あんまり変わらなかったと思います」
「そっか」
「あ、あの、明日から給食があるのでお昼ご飯は大丈夫です」
「うん、わかった。じゃあ給食セット忘れないよう準備しとかないとね」
「はい」
給食なんてどんなの出てたっけな。印象に残ってるのはミルメークとかいう牛乳に流し込むとコーヒー牛乳みたいな味になるやつくらい? あとプリンとか。
そんな他愛もない話をしながら、私たちは昼食を食べ終えた。
「明日の夜ごはんは何か食べたいものとかある?」
何を作ろうか迷ったので、香帆ちゃんに何かリクエストがないか聞いた。
「えっと、じゃあ、ハンバーグ……食べてみたいです!」
「わかった。じゃあ楽しみにしてて」
「ありがとうございます!」
にへへっと笑ったその顔に、こっちまで笑顔にさせられてしまった。
こんな幸せな時間が、ずっと。ず〜っと続くのだと。そう思っていた。
だけど、幸せな時間は、唐突に終わりを迎える。
『学校から……香帆ちゃんが倒れたと、連絡がありました』
「──────えっ?」
児童相談所の人からの電話を聞いた瞬間、私が持っていたケータイは、手のひらから滑り落ち、画面に大きな亀裂が入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます