第10話 平穏Ⅱ

 年末、私は香帆ちゃんを連れて千葉県袖ヶ浦市にある『東〇ドイツ村』に行った。

 カフェのバイトは年末年始休業なのでゆっくりできる。ドイツ村に来た理由はそこそこ近場で子供も楽しめるテーマパークに行ってみようと思ったから。


 ドイツ村が年中無休で助かった。遊園地とかテーマパークって年末年始休みなのかなって思ってたけど案外やっているところが多いらしい。山梨の某富士Xは園内で年越しカウントダウンとかがあるとか。


 ドイツ村はイルミネーションがすごいことで人気だ。関東3大イルミネーションに入ってるらしい(ネットで知った)。県外からもイルミネーションを見るために来る人もいるみたい。


 でも千葉県民からすると千葉なのか〇京なのかドイツなのか、ここはどこなんだって感じが強い。なにかと東京に食われることの多い千葉でも海外にまで浸食されているのはどうなんだと思う。いや、県内に夢の《国》がある時点で諦めたほうが早いんだろうけど……。


 ドイツ村園内は子供も大人も楽しめるアトラクションが沢山あった。香帆ちゃんと一緒に色々遊んでみてわかったけど、楽しいけど体力がすんごく吸われて疲れる。楽しみたい気持ちもあるのに既に休みたい……。


「奈緒美さん、次はあれやってみたいです!」

「ちょ、ちょっとまって……」


 私のわがままにより、休憩がてらに観覧車にのることにした。冬は観覧車に乗るのに適していると言える。

 夏の観覧車は中が暑すぎてサウナに入っているのかと錯覚してしまうほど暑い。その点、冬はただ寒いだけだから着込めばなんとかなる。やはり冬。冬しか勝たん。


 観覧車が頂上に到達すると香帆ちゃんは窓に張り付いて景色を眺めていた。ただただじっと。


「ここから奈緒美さんのお家は見えますか?」

「ん〜どうだろうねえ。見えてもこんなにちっちゃい豆粒みたいな大きさかも?」


 私は親指と人差し指がくっつくかくっつかないかのギリギリまで近づけた。


「わあっ、じゃあ、私たち今は大きな大きな巨人さんですね!」


 なんて、無邪気に笑いかけてくる。


「あっはは、そうだね~」


 観覧車に乗ったあとは、売店で白ブドウジュースとリンゴジュースを購入した。


「……私が席まで運びたいです!」

「ありがとう。じゃあお願いしちゃおうかな」


 店員さんが香帆ちゃんに飲み物2つを手渡した。私がお釣りを貰っている間に香帆ちゃんは席まで走っていった。

 席まではそこまで離れていないから大丈夫だと思ったが、香帆ちゃんは椅子の足につまづいてしまって顔から転んでしまった。

 そのせいで手に持っていた飲み物も地面に勢いよく落ち、蓋が開いて中身がこぼれた。


 私は急いで香帆ちゃんの所に駆け寄った。


「香帆ちゃん!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」


 頭を覆い隠すようにして謝る香帆ちゃん。その様子に少し違和感というか、モヤっとする所があった。だけど今はそんなことを気にしてる場合じゃない。


「大丈夫? 怪我してない」


 私は香帆ちゃんの顔を見たが鼻の先が少し赤くなっているだけでどこも血などは出てなかった。


「わ、私……飲み物、ダメに……ごめっ、なさっ……」


 今にも泣きそうになっている香帆ちゃんを私は抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫だから。また同じの買いにいこう、ね。それより、香帆ちゃんに大きな怪我がなくてよかったよ」

「…………はい」


 また飲み物を買って今度は2人で1つづつ持って手を繋ぎながら席についた。

 その後は夜のイルミネーションをみるまで遊んだり、お土産屋さんをみたりして時間を潰したり、晩御飯を食べたり。

 そのあとはイルミネーションを堪能した。


「すっごく綺麗ですね奈緒美さん!」

「うん、そうだね~」


 昼間もあんなに動き回ったのに香帆ちゃんはすごくはしゃいでいた。嬉しそうにはしゃぐ姿が見れただけでも来てよかったと思える。


 こういうイルミネーションだったりが人気な所は10月から12月が1番混む期間らしい。10月はハロウィンで、11月12月はクリスマスのイベントだったりでいろんな人が来るんだって。こないだまでバイト先に居た夢の国で働いてる人が言ってた。まあ、ドイツ村がそうなのかは知らないけど。


 帰りの電車で香帆ちゃんは眠ってしまった。1日中遊んでいたから疲れたんだろう。

 座席に座りながら、香帆ちゃんの寝顔を眺める。

 こういう生活も、悪くないなと思ってしまう。


 私は香帆ちゃんをおんぶして帰った。

 ここ数日、香帆ちゃんを外に連れ出してみても特に異常は見られなかった。私が外に行こうと言うと積極的に行く姿勢を見せているし、毎回すごく楽しそうにしてくれる。香帆ちゃんが楽しそうなのを見るとこっちまで楽しい気分になる。


 こんな日々がずっと続けばいい。

 そんな淡い期待を胸に、私は今日もベットで眠る。

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