文化祭を楽しもう!②

 学校内をぐるりとひと回りしたサトルと樫見は、オカ研の部室に戻った。モノは少ないけれど、いつもと変わらない静かさが安心する。


「だいぶ歩いたけど疲れてない? 今のうちに休んでおこうか」


「いえ……楽しいのでまだまだがんばれますよっ」


「ん、オレも! もう昼だから、買ってきた焼きそばでも食べよう」


 パイプイスに座って、ふたりはプラスチックのフタを開けた。温かく香ばしい湯気が食欲をそそる。


「では、いただきます!」


 サトルはすぐさま割り箸を息で冷ましながら口に運んだ。


「ん……おいしいです」


「だね!」


 祭りのときや、海の家で食べる焼きそばのおいしさは、いつもの4割増しにはなっているハズだ。汗をかいた身体がちょうどいいしょっぱさを求めているのか、はたまたその場の雰囲気か。ともあれ、もう完食間近だ。


「いっぱい立ち食いしたのにペロッと食べられちゃうなあ」


 名残惜しいが最後に大きく口を開けて完食しようとすると――


「それうまそうだな! オラにも食わせてくんろ!」


 カッパのゴンが入口からやってきた。皿がカラカラに乾いているが、ゴキゲンそうだ。


「どんだけほっつき歩いていたんだ? 騒がれなかったか?」


 サトルは容器ごと手渡した。


「そりゃもう子供から大人にもキャーキャー言われてよお、いやあ気持ちよかったべよ……。焼きそばうめえ」


「もしかして、学校の中の人が少なかったのって……」


「ゴンさんを見に行っていたんですかね?」


「へへっ、オラも人気者になったモンだなあ」


「いやあ人気者というか、悪目立ちというか……」


 この後の野外ステージを考えると、いい広告塔になってくれたのではないか。見た人たちもきっと、カッパのコスプレとでも思ってくれただろう。それよりも気になるコトがある。


「ごちそうさまだべ、禅院山ぜいんやま


 ペロリと焼きそばを平らげたゴンは気づいていないようだが、いちおう訊いてみよう。


「誰かに尾けられてないか?」


「うんにゃ、ンなコトねえべ?」


「なんか足音が近づいてくるぞ。歩幅が短いから明璃や真島のじゃない、子供のだ」


 耳をすましていると、足音が部室の前で止まった。明らかに話し声も聞こえる、入口のドアを開けるか迷っているような会話だ。


「ほえ、すごい……。わたし、全然気づきませんでした」


「まあ、そりゃ気になるよな、カッパがどこ行くのか」


「どうすっぺ?」


「こんな目立っちゃえばな……。相手できるか?」


「昔はよく遊んだモンだ。オラに任せてくんろ」


「ちなみにどれくらい昔?」


「150年くらいだべな。なしてそんなコト訊くだ?」


「ひとこと。時代は変わったからな! それだけ!」


「違えねえな」


 ゴンは水かきのついた手でノブをしっかりつかみ、ゆっくりとドアを開いた。差し込んでくる日の光にふたりの子供の驚く顔が見えた。


「おうおう、オラを追っかけてたのはお前らかー?」


「うわ、でたあ!」


「お兄ちゃん、どうしよう!?」


「ここまで来てくれたんだ、オラと遊んでくだよ! そら禅院山、土俵の準備だあ!」


「はいはい。うわ、ドア湿ってる」


 サトルは手ごろな木の棒で地面に円を描くと、兄妹らしき子供ふたりを一瞥した。どこかで会ったような気がする。ふたりはサトルを凝視し、「あっ」と声を挙げた。


「この人、公園で犬と遊んでた人だ」


「そうだ、カメムシくさかった人だ!」


 サトルは思い出した。公園で人面犬とのケンカを見ていたふたりだった。事実ではあるが、なんとも散々な言われようだ。


「禅院くん……」


「なんも言えねえ」


 静かに部室から出てきた、樫見の悲しみを向ける目線が刺さる。


「ねえ、そのカッパと知り合い?」


「そう、オレはこのカッパと知り合いなんだ」


「じゃあ、あのイヌは?」


「あれは……ふつうのイヌだ」


 サトルは首筋を掻きながら言った。あの人面犬、ギルにも生活がかかっている。今はどこにいるのかはわからないが、覚えているから生きているというコトだ。きっと、パートナーとどこかで暮らしているのだろう。


「じゃあ、このカッパはホンモノなの?」


「それはオラと相撲をすればわかるべさ! 土俵につくだよ、わっぱ!」


 ゴンと子供の兄は土俵の中で向かいあった。取り組んだのを思い出すと、子供相手に手加減してくれるかヒヤヒヤする。


「禅院山、行司も頼むべ!」


「あいよ。では見合って見合って、はっけよい……残ったッ!」


 声と同時にふたりは音もなくぶつかった。兄はゴンの手を必死に押しているが、少しも動かない。が、徐々に後ろに下がっていった。しっかりと手加減してくれている。


「これは力強いっ、オラが押されてるべや!」


「がんばって、お兄ちゃん!」


「んん……うおおおおっ!」


 妹の声援で兄に力が入る。それを感じたゴンは素早く後ろに退き、ゴロンと土俵の外に横たわった。


「えーと、お兄ちゃんの勝ちー!」


 サトルは声を張り上げた。


「やったね、お兄ちゃん!」


「なんで知らん人にお兄ちゃんって言われなきゃいけないんだよ!」


 そりゃそうだと思った。名前を知らないのだからしょうがない。


「いやあ、参った参った。強いべな、わっぱ!」


 ゴンは立ち上がり、くちばしのついた口角を上げた。


「ところで、ホンモノだったの?」


「たぶん。なんか、すごいびちょびちょしてたし」


「んだば、せっかくだ、コレでも持っていくといいべ」


 ゴンは頭の皿を手渡した。まるで食器棚から持っていくかのように当たり前に。


「おいおい、それいいのか!?」


 見守っていたサトルだが思わず口出した。


「勝者への贈り物だ、ヘンな気使わんでいいだよ。でも、みんなにはヒミツだべよお」


「ありがとう。バイバイ、カッパさん!」


「そこのカメムシくさかった人もな!」


「おう、気をつけてな!」


 ふたりは兄妹を手を振って見送った。見えなくなったら、急いでゴンに訊いた。


「で、その皿がチカラの源とかじゃないのか!?」


「ンなコトねえだよ。これ、どっかの山で拾ってきたヤツだ」


「え……。なんだ、そうか」


「おーい、ゴン。実は旧校舎の家庭科室から皿をパクってきた、役に立つと思ってな。どうだ、添えるか?」


 相撲を見守っていたバクが、器用に舌に皿を乗せている。


「おお、ありがてえな!」


「ねえバク? なに気軽に学校の備品パクってんの?」


「どうせ使ってないんだし、空妖にニンゲンの法は関係ない。そうだろ?」


「おまえの身体はオレなんだぞ。まったく……」


 サトルは手を背中に回し、舌に乗せられた皿をゴンの頭に乗せた。思ったよりも平べったい頭をしているから、机に置いたように安定している。


「へへっ、ありがとさん。おかげで楽しかっただよ。久しぶりにあんな子供と遊べただ。いつの時代も、子供ってのは変わらないべな」


「オレは散々は言われようだったけどな……」


「ふふっ、あれはたぶん照れ隠しだと思いますよ。わたしのお兄ちゃんも、よくあんなふうにしていました」


「そういうモンかあ。うらやましいな、兄弟」


「じゃあワタシを兄だと思っていいんだぞ、サトル?」


「えー? 気持ちだけね」


 3人は顔を見合わせて笑いあった。


「いやしかし、長生きはするモンだべ。神秘が失われた現代に、ニンゲンとこんなに楽しい思いができるなんて」


 空妖はなにも残せない。ゆえにみな孤独だ。ゴンが見つめる先には遠い過去が映っているのだろうか。


「ゴン……」


 今はただ、同情しかできない。


「――おいおい、なにみんな揃ってしんみりしてんだよ~」


「そういうのはまだ早いんじゃない?」


「真島、明璃。来てくれたか」


「軽音部のライブが終わったらおれたちの番だ。負けないくらい盛り上がるステージにしようぜ!」


「……ってなワケだ、ゴン。まだまだお楽しみはこれからだ。なっ?」


「……おう、もっと楽しむだよ!」


 ゴンの目に光が宿った。


「さあいこうか、野外ステージッ!」


 オカ研メンバーは野外ステージへと向かう。緊張と高揚とともに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る