文化祭を楽しもう!①

 いよいよ文化祭本番だ。オカルト研究部創立から培ってきたモノをみんなに見せるときがきた。


「まあ、今から気合いれても疲れるだけだし、気を抜いていきましょ」


「おれたちの出番は午後からだしな」


 そういえばそうだった。たしかに今から張り切ってもしょうがない。


「……じゃあ、店でも回るかね」


 とは言ったものの、同級生がいる屋台に行くのも緊張する。食の安全性とかではなく、注文のやりかただ。タメ口でいいのか、敬語で言うべきか。


「サトル、また余計なコト考えてるでしょ」


 明璃が指を差してきた。


「なんでそうカンがいいんだ?」


「すっごいわかりやすいから。ひとりなのが不安ならさ、夕七ちゃんとふたりで回んなよ」


「あ、そっか。樫見さん、いい?」


「はい、喜んで」


「ありがとう。明璃と真島は?」


 明璃は目をつむり、唸りながら唇をトガらせた。訊かれたくないコトがあるとする、いわゆるクセだ。


「そういえばたしか……明璃のクラスの出し物って」


「みなまで言わんでいいわ!」


「あーはいはい、了解しやした。それで真島は?」


「おれは中学の頃のダチと回ってる」


「そうか」


 健全な楽しみかただ。人生を変えるくらいの気合いは入れないのが、文化祭のふつうなのかもしれない。だから、今はふつうに祭りを楽しもう。


「それじゃ行こう、樫見さん!」


「はい!」


 ふたりで部室から中庭へ向かった。校内放送から流れる流行りの曲、屋台のにおいと、たくさんの大人、見慣れない制服を着た高校生に、子供も騒ぐ。非日常な空間が広がっている。


「にぎやかだなあ。マジにいつも通ってる学校とは思えん」


「あ、あの……」


「どしたの?」


「……いえ、やっぱりなんでも」


「んー? そっか」


 なにか言いたいようだが、経験上こういうときは深く訊かないほうがよさそうだ。うまいモノでも食べて楽しい気分になれば、きっと言ってくれるだろう。


「そうだ、なんか買って食べようぜ。いまさらだけどアレルギーとかって大丈夫?」


「え、はっ、はい」


「よかった。んじゃチョコバナナ買ってくるから、そこのベンチで待っててよ!」


 どう注文すればいいか考えていたとき、声を掛けられた。


「あっ、禅院じゃん」


「あ、お、おう」


 この屋台は同じクラスのヤツが出しているモノだった。すっかり忘れていた。会話するという覚悟を決めなきゃどもってしまう。


「いやあ、イベント楽しむタイプなんじゃん!」


「意外とって……」


「だって入学したてのときなんかこう、エグい近寄るなオーラめっちゃ出てたし」


「そう見えた? あれはさ、ほら……中二病だったんだよ」


「ンだそれ。じゃあちょっとは成長したってコトか?」


 チョコバナナを1本だけ差し出された。いいにおいがする。


「そうかも、な」


 笑いながら2本ぶんの代金を出す。


「おっと、失礼しました。……仲がよろしいようで?」


「午後の野外ステージ、ぜひ来てくれよな」


 ふつうに会話できたし宣伝も言えた。なかなか成長できている、気がする。鼻歌を歌いつつ、樫見さんにチョコバナナを手渡した。


「はい、どうぞ」


「あ、お金は……?」


「ん、いいよ。あとはゴンのおみやげも買って……。次はどこ行こうか。」


「あ、ありがとうございます……。じゃあ次は……」


 樫見さんが言いかけたとたん、白い布を被った生徒が看板をかかげお化け屋敷の宣伝しているのを見かけた。それを見送ってから、樫見さんのほうを見ると、偶然合った。


「ようし、行こうか!」


 入口に暗幕が敷かれた教室に着くと、さっそく子供の悲鳴が聞こえた。余裕などとタカをくくっていたが、それを聞いてふたりは驚いた。なにより、校舎の中に人が少ないのも怖さに拍車をかけている。それでも――


「……行こうか、オレたちゃマジモンの怪奇現象にあったんだ。作りモンのヤツなんていまさらビビらないって。ヨユー、ヨユー」


「そ、そうですよね……」


 ふたりは意を決して、暗闇の中へ入っていった。


「うおおっ、足をつかんできた!?」


「ああ、つめたっ……!? えっ、こ、こんにゃく……!?」


「うわ人体模型だ!」


「逃げ、逃げま……! 手を、手をつないでくださいぃ……!」


 ふたりはかたく手を握り、光が差すほうへ一目散に逃げ去った。のちにとんでもないバカップルがやってきたとこのクラスで話題になるのは、またほんの少し先の話……。


「マジモンの幽霊にだって会ったのに……。どうなってるんだ、ふつうに怖いじゃんかよ」


 ふたりは息を切らし、やっとの思いでお化け屋敷から脱出した。


「あ、あの……手」


「あ、ゴメン。すぐ離すよ」


「いえ……、そのままがいいです」


「え?」


「さっきも手をつなぎたいって言いたかったんですけど、こんなカタチでも……」


 樫見は目を逸らし、恥ずかしげに言った。


「わたしにはお兄ちゃんがいるんですけど、禅院くんといっしょにいるとなんだか似ているカンジがして落ち着くんです。もし禅院くんがいいのなら、回る間はこうやって……」


「……うん。オレでよければ」


 こんなふうに距離が近づけるなんて、ちょうど20日前までは思わなかった。あのとき変わりたいと言った彼女の手助けはできたようで、サトルはうれしくなった。


「ありがとうございます。それで、次は……?」


「それじゃあ……明璃のトコに冷やかしに行こうぜ!」


「えっ、いま、いまからですか!?」


「もちろん直行―!」


 この姿を明璃さんに見られたらどう言えばいいのだろう、そんな樫見の思いはつゆ知らずサトルは手を引き、明璃のいるHRに着いた。入口にはメイド喫茶と書かれた紙が貼っている。


「ホントにいるんですか……?」


「あの朝のときの反応はそういうコトだろうなあ」


 確信の強さを手に乗せ、その扉を開いた。


「お帰りなさい……ませ、ごすずん様と……おぜう様?」


 扉の向こうには、笑顔ではあるが、しかし眉間にシワを刻んだ明璃がいた。そんな顔はよく見るがメイド服を着ているのは新鮮だ。


「そんなコワい顔すんなよ、似合ってるのに」


「そりゃどうもありがとうございますですねェ、ご主人様ァ!」


 雑にテーブルへ案内されると、小声で素を出してきた。今の体裁を保った感謝もだいぶ素が出ていたが。


「理由はいくつかあるけど、あのね……、女連れでメイド喫茶に来るヤツがいる?」


「いや知らんなあ。マニュアルにないの?」


「メイド喫茶でマニュアルという言葉はご法度でしょうがッ! ご主人様を現実に引き戻しちゃあいけないッ!」


「明璃って意外とマジメだよな」


「まあ例外がアンタたちでよかったけど、みんなと相談してきめなきゃ。幸い、他のお客……じゃないや、ご主人様はお帰りになられてないし」


 明璃は制服に給仕係と書かれたバッジのメイドを集め、相談した。その間、樫見は不安げにしていた。


「明璃さん、怒ってましたね……」


「いや、あれは怒っちゃいないよ。充分コワいけど怒り半分、冗談半分ってカンジかな」


「え……?」


 サトルは明璃の飼いネコの幽霊を探したときを思い出した。明璃が本気で怒るときは、泣く。悔しさや怒りが涙に変わり流れるのだろう。


「本気で怒ったら……?」


「……まあ、うん。もう2度と会えなくなるのを覚悟したけどさ。でも、やさしいんだ。明璃って」


「そうですよね、わかります」


「あのときは明璃にとって言われたらイヤなコト言っちゃったんだけど。結果的には許してくれて」


「きっと、明璃さんも同じコト思ってますよ。禅院くんはやさしいって」


「あはは、だと安心するなあ」


 談笑していると、明璃が慌ただしく戻ってきた。


「お待たせいたしました、ご主人様。厳正な協議の結果、カップルとして扱うコトとなりました」


「ひえっ、カ、カップル!?」


「マジに? それは恥ずいな、明璃を冷やかしに来たのに。オレが恥ずかしがるとは……」


「軽い気持ちでお帰りになっては大ヤケドしますよご主人様ァ!」


 明璃の笑顔は、今年見た中でイチバンいい表情だった。


「それに、あの……悪いですよお……」


「誰に悪いのでございましょうかお嬢様ッ!?」


「ひえっ! す、すいません!」


「ふふ、3人して顔真っ赤になっちゃって~。おもしろっ!」


「コラそこの給仕係、キチンと仕事しなさい!」


 和やかな時間は祭りらしく、にぎやかに流れていった。

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